その三

 そしてその日、アドルノは目の前に立っている若い男を、事業の将来性を見定める時と同じようなフィルターを使って眺めていた。

 多星籍企業のオフィス、しかも幹部クラスの執務室を訪れるにはラフすぎる――というより、ストリートからそのまま沸いて出たようなTシャツとジーンズという布地の少ない服装の男。

 アドルノが最初に条件反射的にチェックした足元は、堅牢さだけがとりえの無骨なワークブーツで固められていた。

 服が歩いているように見えるほどサイズがあっていない上着は、ピースメイカー正規軍の正式支給品で、複雑に編みこまれた流体繊維が受けた衝撃の半分を吸収するという優れものである。

 ワークブーツといい、上着といい、軍から非正規ルートで市場に横流しされたものを、若くて頭の軽い連中が個性的なファッションと勘違いして、高値で購入していることの多い代物である。

 ――レインタウンの街角によく立っているアーミーかぶれの餓鬼か?

 一瞬、そのような思考が脳裏を掠めたので、アドルノは軽く頭を振った。その仕事の性格から、アドルノは最初から決めてかかることを極力避けている。確証バイアスは碌な結果に繋がらない。

 それに、若い頃の自分もそのようなスタイルを好んでいた。彼は思わず眉を僅かに下げる。

 ――しかし、今はビジネスの時間だ。

 TPOをわきまえない若造を指導するのも、年長者たる自分の役目の一つだろうと思い、アドルノは顔を引き締めて、目の前の男を本格的に値踏みする。

 そして――驚かされた。

 その男の外見から受ける印象が、あまりにちぐはぐだったからだ。

 長く伸ばした金髪の向こう側に覗く男の表情は精悍そのもので、青い瞳から放たれている生気も生半可なものではない。

 野生の獣のような鋭さだったが、ティーンエイジャーにしか見えないつるりとした童顔が、それを和らげている。

 それで、恐れ知らず世間知らずの若造かと思っていると、上着の袖についている軍の階級章が目に入る。

 アドルノは仕事の性格上、任地の軍組織に関して一通りの知識を入れるようにしている。

 それによれば階級章は「軍曹」のものであり、ピースメイカー正規軍では後ろ盾がない者が到達できる最高位で、どんなに優秀であっても二十歳を超えなければ任命されることはないはずだった。

 となれば、上着は他人のものであるという推論が、この時点では最も蓋然性がいぜんせいの高いものになる。思わずその結論に飛びつきたくなるところをアドルノは再び押さえ込んだ。

 なぜなら、頑健そうな身体からは男がかなりの手練れであるという情報が流れ出ている。

 ――これは、軍曹で間違いなかろう。

 アドルノはそう判断した。厳しい鍛錬によって絞り込まれた身体であることが服の上からでも充分分かるし、しかもそれが見た目だけのものではないことも雰囲気で分かる。

 それは、軍の精鋭部隊か荒事が日常茶飯事の非合法組織の構成員、いわゆるプロフェッショナルな連中が纏っている空気と同じだった。

 彼がこの星に着任してから私費で揃えた新しい配下も、そのような空気を纏っている。その男を監視するようにオフィスに入ってきたアドルノの部下も、まさしくそうである。

 ただ、アドルノの部下は全員が二メートルを超える巨漢だった。そうでないと迫力が出ない。

 目の前に立っている、百五十センチあるかどうか怪しい男から同じ気が発せられると、まるで二百センチある部下の男を百五十センチに縮小したかのような、どこかしらコミカルな感じを受ける。なんだか虚勢を張っているようにしか見えない。

 しかし、

 ――彼は本物だろう。

 アドルノの結論はそこに落ち着く。

 そのため、彼は対等な相手と商談する際の声を使った。

「それでは用件を伺いましょうか」

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