その一

 惑星ピースメイカーもの、と呼ばれるジョークの分野がある。

 例えばこんなものだ。

「ある日の夕方、ピースメイカー発の星間連絡船がある星に着いた。百人の乗客が船から降りて、翌日の朝には全員が船に戻った。それで、その星の死体の数はきっちり百人分増えていた」

 昔からある有名な馬鹿話だが、実際にピースメイカーに行ったことがある者は鼻で笑いながらこう言うだろう。

「馬鹿言え、最低でも乗客の三倍は増えないとおかしいだろ?」


 ところで、人が二人以上集まれば、そこにはおのずから流儀が生じる。それは、全ての無秩序が自然発生的に凝縮したピースメイカーでも同じことで、郷に入ったら郷に従わなければならない。

 ピースメイカーに足を踏み入れた、人の中でも最低ランクに位置するどうしようもないくずどもが守らなければならない流儀は、さほど多くない。なぜなら、多過ぎると屑が覚え切れないために死体が山ほど出て、大変に面倒だからだ。

 さて、ここではその中の一つを紹介しよう。

「甘い夢、見てもよいのは一人だけ」

 他の者に甘い夢は似合わない。

 厳しい現実のほうがお似合いだ。


 *


 多星籍企業『イグドラシル』社の上席執行役員新規事業領域開発部長という、同社取締役候補の最前列にいたアドルノ・アドリアーノは、三ヶ月前突然に社長から呼び出されて異動を申し渡された。

 社長曰く、

「君の次の仕事は、ピースメイカーの観光部門統括責任者、支店長だ。赴任は可能な限り早くして欲しい」

 という。

 それを聞いた彼は平然とした顔で、

「承知しました。それでは三日のうちに」

 と即答し、自分のオフィスに戻るやいなや、速やかに荷物をまとめ始めた。

 あまりの急な出来事に、アドルノの周囲は「彼が何か大きなあやまちを犯して更迭された」ものと考えた。しかも、殆どの者が大きな過ちとして同じことを想定していた。

 特に、アドルノ直属の部下として無茶な指示(アドルノは出来て当然と考えていたが)に泣かされてきた新規事業領域開発部企画課長は、これで次期部長の席が自分に回ってきたものと早合点した。

 小躍りせんばかりに浮かれた企画課長は、そのために軽率にも笑いながらアドルノに、こうストレートに訊ねてしまったのである。

「まさか、社長の奥様を寝取ったという噂が本当だったということではないでしょうね。それがバレて左遷させんですか」

 それに対して、アドルノは特に気を悪くすることもなく、こう答えた。

「まさか。そんなことはないよ」

「じゃあ、どうしてこんなに急に異動なんですか。しかも、行き先は辺境惑星の支店長だって話じゃないですか」

「ああ、確かに急だし、辺境だね」

「だから、部内ではアドルノさんが何かやらかしたんじゃないかって、もっぱらの噂ですよ」

「ははは、それはそう思われてもしかたがないね。しかし、別に私は何も失敗なんかしてはいないよ」

 確かに、異動の直接原因は不倫ではない。実のところアドルノは社長の妻を寝取っていたが、そんなことはお互い了解済みの話である。

 それに彼が業務上の失態を犯したという話も聞かない。社内政治に精通している企画課員達も、何も情報を掴んではいなかった。

 企画課長がしきりに頭をひねるのを横目で見ながら、アドルノは荷物を整えると、実際に三日以内に引き継ぎその他の後始末を完璧に終わらせて、ピースメイカーに向かって出発した。

 なお、その後始末には社長夫人の件が含まれており、さらには企画課長の隠れた性的嗜好を社内に暴露して、彼を再起不能にすることも当然含まれている。

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