第三話 笠井潔 『青銅の悲劇 瀕死の王』 (講談社)

 卑劣な男だった。

 利用できるものは親であろうが子であろうが全て利用しつくし、見ず知らずの通行人すら道具として扱うのを躊躇ためらわない男。

 最後の最後まで悪足掻わるあがきを続け、死体の山を大量生産し、やっと路地裏の袋小路まで追い詰めて銃弾の餌食えじきにすることが出来た。

 俺の手の内にあるオートマチックにはまだ熱がもっている。

 一発だけ残っていることに気がついて驚いたぐらいだ。

 ――もうこんな悪魔のような奴の相手はしたくない。

 俺は息を吐いて、男だったものに近づく。

 しかし、十メートル手前でただならぬ気配に気がつき、足を止めた。

 男の指が動いている。

 信じられなかった。

 俺が撃った銃弾は、確かに男の心臓をえぐったはず。

 それなのに、男は立ち上がってゆく。


「ふははは、残念だったな。こんなこともあろうかと、この本をふところに忍ばせていて正解――」


 俺は男の眉間みけんを正確に打ち抜いた。


( 終わり )

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