森の中のバレエスクール

花井ユーキ

第1話 怪奇猫人間

「おいおい、こんなもんかにゃ人間様よお」

 左目に眼帯を当てたトラ猫が横腹を蹴り上げてきた。やつらは二足歩行している。俺はうめき声を漏らした。

 俺は血まみれだ。至る所に爪痕が皮膚を裂き、黒い制服が生昆布の様に血で湿っていた。

 こいつらは獣だ。躊躇がない。捕まえたスズメの羽をかきむしる様に俺をいたぶってくる。こっちが動いたら動けなくなるまで飛び掛かり組み落として引っ搔いてくる。大きさが人間ほどある猫が馬乗りになって入れ替わりメタくそに搔きむしってくる。

「…おい、おまえら、俺が、なにしたって、、こんなことするんだ?」

 恐怖で口が引きつってうまく動かない。泣いていたのかもしれない。集団にひっとらえられて血だまりの雑巾のようにリンチされたんだ。レイプされた女性はこんな気持ちなのか。


「こいつ覚えてないにゃー」

「にゃ~? お前マジで言ってんのかにゃ?」

 いつしか仰向けの俺を馬乗りしてたトラ猫が左目の眼帯をめくってみせる。そこには白く濁った眼玉が泳いでいた。

「お前らの撃ったBB弾が眼球に食い込んでにゃあ、ただの野良猫だった俺はひたすら逃げて逃げ延びて、痛みで昏睡して目が覚めたら片目が見えなくなっていた」

 トラ猫の右腕の人差し指が俺の左目をまっすぐ指している。血のりがついた鋭い爪が光っている。

「一緒に逃げたはずのお母さんとは二度と会えなかったにゃあ」

 トラ猫の爪が俺の左目にゆっくり近づく。俺の頭は二匹の猫の爪が食い込み、がっちり押さえられているので動けない。

「聞く話ではコンビニ袋に包まれて車道に捨てられたらしいじゃにゃいか」

「やめえええ!!」


 近づいて来た爪がブチっと弾けて一気に眼球に食い込む。何かがじゅるりと漏れてる様だが痛くてわからない。

 ぞくぞくぞくぞく

 痛みと共に絶望が脳裏を支配する。後戻りできない、死ぬかもしれない、むしろ殺されるのだろうという、快感にも近いあきらめの様な気持ち。

 家にかえればよかったはずが、家族にも二度と会えない。

 俺は死ぬ。


 ひゅっ

 遠のく意識の目前に3本の斬撃が走る。左目が潰された上に引っ掻かれたのだ。切り裂くに近い。俺の意識が逃げる事を許されず悪夢に帰る。

「た、、たすけてください」

 このとき俺はなさけないことに失禁していた。左目を失おうと、命は惜しい。気が付いたら俺は命乞いしていた。

 トラ猫は馬乗りの状態から立ち上がり、ナイフを拭くように爪をなめ上げる。

「心配するにゃ。お前はまだ殺さにゃい」


 寝てたら不意に目が覚めた。窓のカーテンは開いていて、朝焼けが目に入る。目覚ましはまだ鳴っていないらしい。

 ふと左目に手を添えてみた。なんともない。

 なんともない。なにもなかった。何もたいしたことはなかった。

 目の集点が徐々に鮮明になってきて。やっぱり、開いた手の平に血が赤黒くベタリと付いていた。

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森の中のバレエスクール 花井ユーキ @kimugn

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