第18話 対面


 百澄の別荘に着いた都季は、門の前で車から降ろされた。

 武家屋敷を思わせる高い外壁と重々しい木の門扉。外壁の上からは手入れの施された松が見えている。別荘ではあるが、都季の記憶にある百澄の本家とよく似ていた。

 都季と疾風、伊吹が車から降りたが、駐車場が別に指定されているから、と慶太は乗ったままだ。駐車場の位置を疾風が説明し、傍らで伊吹は眠そうに欠伸を漏らす。

 その様子を見ていると、反対方向から澄んだ女性の声が掛かった。


「お待ちしておりました」

「えっ。お二人とも、どうしてここに?」


 振り向けば、都季に歩み寄ってくる蒼姫と蒼夜がいた。

 到着したときに二人の姿は見えなかったが、蒼姫は「到着まで暇でしたので、屋敷の外に異変がないか巡回していました」と笑いながら言った。車が到着したときにはまだ外周を歩いている途中だったようだ。

 やや遅れて、慶太を送り出した疾風が都季の体ごしに二人を見て声を上げた。


「げっ。調律師と警邏がなんでいるんだよ!?」

「月神から緊急の伝達があってな」

「つっきーからの?」


 手短に答えた蒼夜の言葉を聞き、三人の視線が月神に集まる。

 月神は勝ち誇ったように笑んだ。


「こやつらはからの。来ても問題はなかろう?」

「神様が揚げ足取ってんじゃねーよ!」

「それに関しては同感だが……まぁ、こちらにはこちらの事情があるんだ。念のため、警備に同行させてもらう。更科の一言があったとはいえ、十二生肖を無視するのは違約だ。同行に関してそちらの反論は受け付けない」


 依月ではあまり話さなかった蒼夜だが、喋るときはそれなりに喋る。ただし、かなり一方的だが。

 しかし、疾風や伊吹には効いたのか、二人ともが何も返せずにいた。最も、伊吹は元々喋らないのもある。

 笑顔を浮かべていた蒼姫は、表情を引き締めて言う。


「ご安心ください。更科様の面談に口を挟むつもりはありません。その証に、屋敷内へは一歩も入りませんから。非常事態以外は」

「非常事態、ね。分かった。総長には報告しとくぜ」

「……ご自由にどうぞ」

「? 蒼姫さ――」

「遅い! 到着したならば、早々に……ん?」


 疾風の出した「総長」という単語に、蒼姫の表情が一瞬だけ険しくなった。

 不思議に思った都季が訊ねようとするも、門の横にある潜り戸から出てきた七海の声で遮られた。

 彼は外にいたメンバーに蒼姫達の姿があることに気づき、怪訝な顔をする。


「なぜ、この二人がいる」

「有名人だのぅ」

「嬉しいやら悲しいやら、よく分かりませんね。……更科様の護衛です。屋敷には非常時以外は入りませんのでご安心を」


 蒼姫は茶化す月神を見ずに返すと、七海には先ほど疾風達に言ったものと同じ内容を告げた。

 すると、七海は「なるほど」と何かに納得して疾風達を見る。


「伊吹は更科様を連れて中で待機。疾風は私と岸原と共に屋敷周りの警備だ」

「えー! 俺も中がいい!」

「総長のご命令だ」

「ちぇっ」


 駄々を捏ねた疾風だったが、誠司の命令と聞けばすぐに引き下がった。

 そこへ、車を停めた慶太が帰って来た。


「あれ? 七海先輩、中の警備は……」

「つい先ほど、『山寺』さんが帰って来たんだ。総長のそばには副長と滝宮もいるから問題はない」

「え」

「マジか!」

「…………」


 七海が出した名前に、慶太達特務のメンバーは三者三様の反応を示した。月神や蒼姫、蒼夜も顔は知っているのか、その様子に疑問を抱いてはいなかった。

 都季だけが誰なのかと首を傾げる。


「帰って来たんですね、セーラさん……」

「セーラちゃんいるなら楽しいかな! あの人、戦い方豪快だし!」

「どちら様ですか?」

「ええと……とても個性的な方、ですかね」


 慶太は表情を引きつらせ、疾風は嬉々としている。伊吹は相変わらずの無表情で、「山寺」という人物に対してどう思っているのかは分からない。

 都季は慶太にこっそりと訊ねるも、明確な人物像は描けなかった。他の特務の面々もなかなかに個性的だが、その中でも飛び抜けているとはどういうことか。

 顎に手を当てて考える都季だったが、突然、全身に襲いかかった見えない力の圧に顔を上げた。

 門にいた七海はとうに端に避けている。


「皆さんお揃いで賑やかなのはいいですが、時と場所は考えましょうか」

「「…………」」


 七海の後ろから現れたのは、特務の総長である誠司だった。以前、面談したときとは違い、色は白だが軍服を連想させる服装だ。黒で縁取られたその服が正装のようで、左の胸ポケットには特務自警機関の扉で見た物と同じ紋章がある。

 彼の姿を見た途端、疾風達も七海と同じように姿勢を正して敬礼をした。

 唖然とする都季の隣にいた蒼姫と蒼夜が一歩下がる。誠司に怯んだわけではなく、屋敷内部に干渉しないと表すためだ。

 しかし、誠司は二人を視界に収めると、初めて怪訝な表情をした。

 それに気づいた蒼姫が、問われるよりも先に説明する。


「諸事情により、十二生肖が不在のため、一時的に更科様の警護に当たっております。ですが、非常事態が起こらない限り、屋敷内には踏み入りませんのでご安心を」

「十二生肖の代わり、ですか」


 説明をする蒼姫の声音がいつもより硬い。まるで、何か別の感情を押し殺しているようだ。隣の蒼夜に至っては視界に入れることすらしていない。

 誠司も誠司で、淡々とした言葉には棘があった。

 ただならぬ空気に、都季は内心で月神に訊ねる。


(この人達って、何かあったの?)

(元許婚だ。家同士が決めた、な)

「は!?」

「更科様?」

「ご、ごめんなさい」


 さらっと爆弾を投下した月神に、都季は思わず声を上げて驚いた。

 都季は訝る慶太に謝りつつ、こっそりと三人を見ながら違和感に納得する。

 その声に反応するように、誠司は都季を見ると小さく笑んだ。


「更科様。ご当主様がお待ちですよ」

「は、はい」

「総長直々の出迎えとは、骨が折れるのぅ」

「…………」

「雲英、よしなさい」


 部下の不手際を揶揄する月神に七海が苛立って反応するも、誠司の静止が一歩早かった。

 都季は肩にいる月神の額を指で小突く。


「何をする」

「余計なこと言うなよ」

「お主はどちらの味方だ」

「平穏平和の味方だ」


 ぶすっと不貞腐れた月神にそう返して、都季は百澄の別荘の敷居を跨いだ。

 家は塀の様相と同じく昔ながらの日本家屋。入口までは石畳の道が続き、左右には手入れの行き届いた庭がある。

 都季が中に入って数歩進んだところで、伊吹と入れ代わりで外に出た七海が扉を閉めた。


(ああ、この空気……。やっぱり、百澄だ)


 扉が閉まっただけだというのに、ずしりとのし掛かる空気は久しぶりの感覚だ。

 足を止めて家屋を眺める都季の肩を、後ろから来た誠司が軽く叩いた。


「大丈夫ですよ」

「……はい」


 進むように促され、重い足を動かす。

 誠司が出て来てからそのままなのか、玄関は既に開かれていた。

 都季は誠司に案内されるがまま百澄の家屋に入り、回廊を進む。


「誰もおらんのか」

「ええ。使用人も必要最低限の用を済ませて、一旦帰しています。今、屋敷にいるのは百澄ご当主様と我々特務。そして、更科様方だけです」


 静かな邸内を異様に思い、月神は問いを口に出した。

 それに対し、誠司は業務内容を述べるかのように淡々と答える。まるで、これから行われるのはただの話し合いだけではないかのような警戒ぶりに、都季は一層身が引き締まるのを感じた。

 やがて、誠司が足を止めたのは、障子を締め切った部屋の前だった。


「ご当主様。都季様がご到着されました」

「……入れ」

「!」


 障子を隔てても感じる、誠司が放つものとはまた別の威圧感。そして、厳かな声。

 都季は反射的に肩を跳ねさせた。

 ゆっくりと開かれた障子の先には、久しぶりに見る祖父、百澄宗一郎の姿があった。白髪や顎に蓄えた髭が、厳格な雰囲気を助長している。ぴんと背中を伸ばして正座をしている姿は、老いを一切感じさせない。

 だが、都季には最後に見たときよりもやや痩せているように思えた。それが老いによるものなのか、それとも別の要因なのかは分かりかねたが。


「では、私は引き続き警備に戻りますが、何かあればお呼びください」

「ああ」


 誠司は都季に中へ入るよう視線で促す。

 躊躇いながらも室内へと足を踏み入れれば、後ろで障子が閉められた。誠司の気配が遠退くが、都季は一歩入った位置から動くことができなかった。

 そこで、宗一郎が初めて都季に向かって声を掛けた。


「座りなさい」

「……失礼します」


 誠司が百澄は変わったと言っていたが、今のところその気配はないように感じた。

 正面にあった座布団に正座し、宗一郎と対面する。

 押し潰されそうな圧迫感に萎縮している都季に、彼はゆっくりと口を開く。


「久しぶりだな、都季」

「……お久しぶりです」


 都季は視線を膝先の畳から離さずに答えた。

 彼が月神を初めとする幻妖を視認できるとは聞いていないが、もし、視認できないのなら、月神が同席していることを言ったほうがいいのだろうか。

 一人思案する都季に、宗一郎はやや語調を和らげて世間話を始めた。


「その後、変わりはないか?」

「は、はい。おかげさまで、不自由なく暮らせています」

「そうか」


 都季はバイトをしてはいるが、それは百澄からの仕送りがなくとも生活できるようにしたいがためだ。当然ながら、学生の今は実現不可能だが、仕事の経験は後に役立つため、決して無駄ではない。

 会話が終わってしまい、再び沈黙が部屋を満たす。幻妖を視られるか訊くタイミングを逃した上、他に話題も見つからない。

 だが、話題はすぐに宗一郎から切り出された。


「新しい学校では、友人はできたか?」

「え? あ、はい。とても良い友人に会えました。たまに喧嘩もしますけど……多分、これが普通の友達なんだと……思います」

「そうか。ならば良かった」


 心から安堵したという声に、小学生のような回答を返してしまったと悔やんでいた都季は、恐る恐る宗一郎を見る。

 そこには、記憶にある厳格な初老の男性ではなく、孫を見る祖父の姿があった。穏やかな眼差しは今まで見たことがない。


「のう、宗一郎や」

「え、ちょ……」

「都季。月神様は、視えない私を気遣い、視えるほどにまで霊力を強めてくださっている」


 宗一郎が幻妖を視認できるかどうか確認していないままに話しかけた月神を制するも、それを止めたのは宗一郎本人だった。

 普段はともかく、現在は視えるならば心配することはないか、と都季は大人しく引き下がる。


「お主、どうして今になって都季を連れ戻そうとする?」

「…………」

「おい、いきなりすぎるぞ」

「世間話をしている場合ではなかろう?」

「まだ来たばかりだろ。なに焦ってるんだ?」


 部屋に入ってまだ数分しか経っていないというのに、月神はなぜか先を急かす。

 だが、そんな月神の反応に宗一郎も頷く。


「そうですね。では、本題に入りましょうか」

「そうしてくれ」

「まず、都季には言っておかなければならないことがある」

「は、はい」


 都季は、急に畏まった宗一郎の雰囲気に気圧されつつも言葉を待つ。

 宗一郎が取った行動に、思考がフリーズした。




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