第6話 それぞれの思い


「“猫”に会ったぁ!?」

「魁、うるさい……」

「あ。わり」


 翌日の昼休み。

 教室で昼食を摂りながら、都季は昨夜の話をした。

 登校途中でも良かったのだが、様々な人とすれ違う場所より、生徒しかおらず、尚且つ賑わっていて会話が紛れるような場所のほうがいいだろうと判断しての結果だ。

 驚きから机を叩いて立ち上がった魁を、彼から見て右斜め前にいた琴音が軽く注意した。

 琴音の正面にいる悠は、あっさりした様子で「それで、どうなったんですか?」と続きを促す。


「局を離れてから、外から局の在り方を見ていたとか、あと、前任の午の……紗智さんって人のこともちょっとだけ聞いた」

「「「!」」」


 局の地下で朝陽が名前を出したときも、十二生肖達の表情は強張っていた。まるで、その名前がタブーのように。

 琴音が悲しげに視線を落とし、悠が感情の読めない表情になる中、魁は恐る恐る訊ねる。


「どう、聞いた?」

「暴走してた依人や幻妖を抑える作戦で非常事態が起こって、それで……」

「亡くなりましたね」


 出しづらい単語を、悠はさらりと述べた。

 当時がフラッシュバックした琴音は、下唇を噛みしめて膝の上で両手を強く握った。俯いてしまって表情は見えないが、僅かに震える肩は泣くのを堪えているようだ。


「能力が発動できなかったのは、つっきーが制限していたんじゃないかって……でも、つっきーは相手に能力を打ち消す人がいたからできなかったって」

「月神の言うとおりです。紗智姉は能力を発動しようとしていました。でも、相手が悪かったんです」

「だから、俺達も救出に手こずったんだ」

「やっぱり……」


 局が紗智を見捨てたわけではないと知り、都季は安堵の息を吐く。同時に、なぜ一夜は納得がいっていなかったのか、と疑問に思った。

 月神が何かを視せたことで一夜は帰ったが、それも何を視せたのかは聞いていない。

 この場で訊いてもいいものだろうか、と琴音の様子を見て迷っていると、それは月神のほうから明かされた。


「争いの中で消えた証拠など、当てにはならん。特に、紗智と親しかったあやつは、彼女があっさりとやられたことに納得がいかんのだろうな。故に、彼女の宝月から得た当時を視せた」

「それ、出て行く前に視せられなかったのか?」


 一夜が局を出たのが月神に伝えられていなかったとはいえ、視せるタイミングはあったはずだ。

 だが、月神は渋面を作ると首を左右に振った。


「当時のあやつの精神面を慮って視せておらんのだ。下手をすれば、より悪い事態を招きかねんからのぅ」

「報告を信じていてくれたら、一夜さんは今でも頼もしいお仲間ですよ。僕は嫌いですけどね」

「はっきり言ったな」


 どうりで淡白なわけだ、と合点がいく。

 嫌いというだけで十二生肖のトップが遠ざけてもいけないだろうが、今までこれでうまくやってこられたのだから驚きだ。最も、魁と煉も顔を合わせれば喧嘩をするような仲なので、今さらではある。


「今まで、一夜さんやその前の猫と喧嘩しなかったのか?」

「あんまりないな。猫は俺ら血統組と違って転生組なんだ。だから、どこに生まれるかも分からない上に、いないときだってある。だから、見つけたときには丁寧に扱うんだよ。ある意味、俺らよりも」


 俺らよりも、というのは、恐らく一夜の言っていた「危険なこと」に対するものだ。

 紗智の件も外されていたということから、扱いの違いを察することはできる。

 裏支が稀少なのは分かったが、都季は魁が言った「いないときがある」という発言に首を傾げた。


「補佐なのに、いないときがあっていいんだ?」

「裏支は猫以外にもいくつか役がいるんですよ。裏支の各役に穴はあっても、裏支自体に穴が空くことはありませんでした」

「そうなんだ」

「あと、僕らの補佐だけでなく、月神から密命を受けて内偵に入ることもありますよね」

「左様。最も、裏支が丁重に扱われるのは、唯一、十二生肖を見張れる立場だからでもある」


 昨夜は裏支や猫についてあまり聞けなかったが、そんな役目を背負っているとは思わなかった。

 確かに、十二生肖は局の中でも他を圧倒する存在だ。

 そんな彼らが何らかの理由で暴走してしまわないよう、同等の存在で律する者が必要になる。

 しかし、血統組から選ぶのでは補佐役に目処がついてしまうため、先に手を打たれて根回しをされてしまえば終わりだ。

 そこで選ばれたのが、猫をはじめとした裏支たる者達だ。彼らならば転生組で何処に生まれるか分からないため、十二生肖が私欲で何かを起こそうとしても根回しはしにくい。

 内偵にも入るからこそ、一夜は局の違和感に気づいたのかもしれない。


「どうします? 裏支の離脱だけでも前代未聞なのに、局を壊そうとでも思われたら一大事ですよ」

「ふむ……。一夜に関しては、本人も思うところがあるようだ。まだ放っておいてやれ」

「……分かりました」


 放置することに不満を隠せない悠だが、それでも渋々頷いた。いくら十二生肖のトップとはいえ、やはり、さらに上には逆らえないようだ。

 都季は三人を見て、昨日、一夜が言っていたことを思い出す。


 ――十二生肖は危険を伴う任務が多い。お前の護衛を含めてな。


 命を落とそうとも、守るべきものを守るのが十二生肖の役目。彼らは裏支の扱いに対しても、自身の役目に対しても不満を抱いていない様子だ。

 それを見ると、自分が月神を受け入れたことが正しいのかと疑問が浮かぶ。


「ごめん。俺がつっきーの器に馴染んだから、余計に皆を危ない目に遭わせてるんだよな」

「は?」

「更科君?」

「どうしたんですか、唐突に」


 脈絡のない話に、一夜との会話のすべてを知らない三人は不思議そうに都季を見た。

 月神は何かを考えているのか口は出さない。ただ黙って四人を眺めている。


「一夜さんから、十二生肖は命を捨てても守るべきものを守るのが役目だって聞いたんだ」


 都季が保有する器に宿った月神は、局にとって最も重要な存在だ。局どころか、世界にとっても均衡を保つために欠かせない。

 『巫女の末裔』というだけで月神の器を持つことは、周囲にとって良かったのか。

 周りの雑談が遠くに感じる中、都季は言葉を続けた。


「俺がつっきーの力を使わなければ、離す方法も見つかって、こんな事にはならなかったんじゃないかって思って……」

「都季……」

「だから、ご、めっ!?」

「ストップ。謝んな」


 謝ろうとした都季の口を、正面から魁が手を伸ばして塞いだ。

 突然の素早い動きに、都季だけでなく悠や琴音も驚いている。


「これを言ったら、十二生肖としてどうなんだって感じだけどな」


 魁はすぐに手を離すと、困ったように指で頬を掻いた。視線を逸らすのは、今から言う言葉が月神を前にして口にするものではないからだ。

 しかし、意を決したのか、再び都季を見据えると真剣な表情で言った。


「俺が守るのは月神じゃねぇ。都季だ」

「お、俺? だって、つっきーは……」


 突然の名指しに混乱する。

 巫女の末裔といえど、今までは一般人として過ごしていた。優先順位は月神より下になるはずだ。

 魁が「十二生肖としてどうなのか」と言うあたり、やはり、十二生肖は月神を優先しなければならない。

 だが、それでも魁が否定をするのは理由があった。


「月神は……まぁ、確かにそうだけど、俺は月神を抜きにしても都季を守りたいから一緒にいるんだ。今までどおり、普通の友達でいたいから」


 魁と出会ったとき、彼は煉と喧嘩をした後でケガをしていた。その手当てをして始まった交友関係だが、魁には『普通の友達』に対する思いが強かった。


「前に、都季が『普通の友達ができた』って言ってたけど、それは俺らにとっても同じなんだよ」

「僕らはどうしても人とは違いますからね」


 体に流れる血から、一般人とは異なる質を持つ。異形とも異能とも言われ、それを知った人の末路は大抵同じだった。

 怖がったり不気味がったりして遠ざける者、興味を抱いて力を目当てに近づいてくる者、どこかのマスメディアにリークして富や名声を得ようとする者など。どれも最終的には記憶を書き換え、関わりを持たないようになっていた。

 だからこそ、存在を知っても受け入れ、普通に接してくれている都季を守りたいと思ったのだ。


「この前、更科君がいなくなったとき……イノ姐に、『友達でいたいなら、あたしらより先に見つけろ』って言われて、魁は真っ先に探してた」

「もちろん、僕や琴音先輩も探しましたよ。見つけたのは僕でしたが」

「そんなことが……」


 都季はその場に居合わせなかったため、知るはずもない。

 局へ入るか、登録だけにするか、その話が出たときの魁が慌てていた理由がやっと分かった。


「友達っていうのは、『互いに助け合う』ってのがあるんだろ? 俺も、お前には助けられることが多いし、迷惑もかけてる。だから、お互い様ってやつだよ」

「魁は、勉強でお世話になりすぎ」

「うっ」

「これだからバ魁先輩は……」

「うるせぇ!」


 呆れる悠に魁が吠える。

 格好をつけて言った魁だが、事実、彼の成績はあまり喜ばしいものではない。最近では、近づく中間テストの勉強に頭を悩ませている。

 悠は魁をさらりと流すと、時計を見て話を切るように言った。


「ま、何はともあれ、あまり深く気にしないでください」

「そうそう。猫に何を言われようと、俺達は好きでやってるんだし」

「……うん。ありがとう」


 話が終わると、タイミング良く予鈴が鳴った。

 周囲の生徒は片づけを始め、授業の準備をする者もいる。

 悠も教室に戻ろうと立ち上がり、持って来ていた弁当を片手に三人を見た。


「じゃ、僕は戻りますね」

「おー。また放課後な」

「…………」

「卯京さん、大丈夫?」

「……平気」


 悠に軽く手を振る魁に対し、琴音は何か考えるように悠を見て、また視線を膝に落とす。

 そんな彼女を案じて問えば、俯いたまま小さく返された。

 とても平気そうには見えないが、そう言われた以上は都季も追究できず、自分の席に戻る琴音をただ見送るしかできなかった。


「詰めが甘いなぁ」


 誰かの、苛立ちと呆れが混じったような声が聞こえた気がした。

 すぐに辺りを見回しても、その主は見当たらなかった。


「……?」


 聞き覚えのある少年の声だったが、思い出そうとすると聞いたばかりのその声に雑音が混じる。

 はっきりしない気持ち悪さから、思わず眉間に皺が寄った。

 すると、異変に気づいた魁が都季の目の前で軽く手を振る。


「おーい、どうしたー?」

「忘れ物かのぅ? 小さい物なら取ってきてやるぞ」

「……いや、大丈夫。何でもない」


 不思議そうに見つめてくる魁と月神にぎこちなく微笑んで返し、昼食だったパンの袋を捨てるために席を立った。

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