第4話ガートリル研究所

ラグナーンにとって、アーリアであることは、誇らしくもあり、また、プレッシャーでもあった。子供の頃、両親の存在を知らずに育てられたが、乳母と執事に大切に育てられたぶん、あまり悲しい思いはしなかった。しかし、自分の生の意味を受けとめ、この世界のことを理解しだしてから、自分の両親について考えることが度々増えた。別に、自分が捨てられたとか、そういう感情はむしろ全くなく、ただ、自分のルーツを知る意味でも両親の存在が気になっていた。ラグナーンの最も好きな教科は、生物の授業であった。子供の頃から、生き物が好きで、生物がどのように繁栄していくかを考えるのが気になってしょうがなかった。そんなある日、執事のナグアから、遺伝子の存在を知ることになり、それ以降、遺伝子工学にどんどんのめり込んでいった。ガートリルの訓練以外の時間はもっぱら、学術論文を読み漁っていた。ラグナーンが、特に一番興味があったのは、アーリアの存在である。自分がアーリアであることもあるが、アーリアの発現性の不規則性にもっぱら興味を抱き、アーリアの発現メカニズムを解明することが、最終目的となっていた。これは、イコール自国の大繁栄につながることでもあり、トルチェの最重要機密プロジェクトとなるのにさほど時間はかからなかった。

 ラグナーンは、二十歳の誕生日を迎えると同時に、レジナーディアとして就任し、その際に、ガートリル研究所を設立した、表向きには、ガートリルの能力向上を掲げた研究機関として機能していたが、その労力の半分は、実際のところ、アーリアの発現性を発見する研究に費やされていた。全民の遺伝子サンプルを収集し、すべての民の遺伝子塩基配列を決定することからプロジェクトはスタートして、現段階まで、約全民の75%まで、すでに終了していた。その中で、同時にラグナーンが、探求していたものは、自分の両親、家族を探し求めることでもあった。ラグナーンは、自分が最も信頼でき、かつガートリルとしても優秀な友人でもあるサーキアをこのプロジェクトの最高責任者におき、時間があるときは、いつも二人でデータ解析に没頭していた。

 サーキアは、ラグナーンの右腕とも言える存在で、ラグナーンとは、訓練生時代からずっと暮らしをともにしてきた。アーリアは、特別な存在であるため、通常のラグナーン訓練生とともに訓練を受けることはなかった。ただ、ラグナーン訓練生の中でも特に優秀な訓練生三人だけが、アーリアとともに訓練を受ける権限が与えられた。そのうちの一人が、サーキアであった。サーキアは、トルチェ部族の中では、珍しく、肌は白く、髪は金髪で、青い目をしていた。しかも、その端正な顔立ちから、どこにいても目立つ存在であった。サーキアのガートリルとして突出した能力は、その探索能力の高さである。その能力だけに関していえば、ラグナーン以上であった。これまで、サーキアが発見したルーセは数十にも上り、稀生物種、および植物の発見に貢献している。特に、大発見となったのは、現在のトルチェで移動手段となっている“ガーラ”と名付けられた、大きな翼を持った鹿のような生物であった。ガーラは、元来、ヒトに従順な生き物で、手懐けるのが楽であった。しかも、水だけを摂取し、光合成らしき生化学反応で生命を維持する大変使用勝手の良い生き物であった。

 ラグナーンとサーキアは、お互いを認め合い、同時に良きライバルでもあった。天才肌のラグナーンに対し、サーキアは、努力家であった。そんなある日、いつも何でもすぐに熟してしまうラグナーンに対して、サーキアは、

“そのアーリアの遺伝子の発現の仕組みを解明して、前民が、アーリアの能力を開花できれば、みんな楽になるのになあ。。”

とよく愚痴っていた。

“そうだな。なんで俺は、アーリアになったんだろう”

と、ラグナーンも答え、二人は、お互いの顔を見合わせた。

その瞬間、同時に、

“やればいいじゃん、な!”

と叫び、それ以降、二人の目的であるアーリア発現性に関するプロジェクトが開始し始めたのである。

 ガートリル研究所設立五年目にして、ついに、ラグナーンは、自分の両親らしき存在を発見した。この時ばかりは、血が沸騰したかのうように奮い立ち、、サーキアとともに泣いて喜びを分かち合った。しかしながら、実際には、両親を見つけ出しただけであり、どういった特殊な遺伝子配列があるのか、科学的な根拠はまだ、なにも得られていなかった。まず、ラグナーンが最初に行ったことは、科学的ではない、単なる好奇心とも捉えられるが、現地調査である。アーリアである自分自身が行くことはできないため、調査員を派遣して、その両親と思われる老夫婦の身辺関係を探りに行った。数日後、調査員の報告書が、ラグナーンのもとに届いた。

“調査された老夫婦に関する報告書”

と書かれた数枚に及ぶ報告書をラグナーンを緊張した面持ちで受け取った。そこには、こう書かれていた。

男の名前は、ジムナ、その妻の名前は、アデル。ともに、年齢61歳。家族名は、シガールバ。二人ともガートリルの資格なし。ジムナは、三人兄弟の末っ子であり、上の兄の息子が現在、ガートリルであるが、階級無の隊員。アデルはに弟がいたが、三年前に病死。配偶者も子供もなし。老夫婦には、三人の子供がいる。一人目は、長男のガルヴァン、22歳。現在、ガートリルとして勤務しているが、極秘遠隔業務に携わっているため、所在不明。長女、アシュメ、18歳。ガートリルではなく、現在、看護学校で勉強中。次男のクリフトフ、15歳。同様に、ガートリルではなく、植物学を専攻している学生。“

と明記されていた。

 当然のことながら、ラグナーンの素性を示すような記述は一切なかった。いかにも一般の家族構成であり、ラグナーンは少し落胆しながらも、自分と同じ年のガルヴァンに興味を注がれた。極秘遠隔業務についているからには、確実に優秀なガートリルであることは一目瞭然であった。しかしながら、極秘遠隔業務については、レジナーディアであるラグナーンですら、皆目見当がつかなかった。極秘遠隔業務は、元レジナーディアで構成されているジストバンニャに属する秘密機関であり、その情報の開示は、レジナーディアですら、アクセス不可なのである。ジストバンニャは、トルチェの全権限を持つレジナーディアのお目付け役であり、ジストバンニャの承認なしには、レジナーディアであっても、自由に動き回ることはできないのである。

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