第3話アーリア

ガートリルの中には、極々稀にではあるが、目の色が朱色の子供が誕生することがある。その朱色の目を持った赤子は、アーリアと呼ばれ、すでに100%ガートリルとしての能力が解放されており、その一族の安泰を啓示する存在として、人々から羨望の眼差しで崇められる。アーリアは、すぐに母親のもとから離され、レジナーディアのもとで育てられる。次世代のレジナーディアとしての英才教育を施されるのである。アーリアの保有民族は、他の民族を凌駕するため、アーリアの存在は、アーリア自身が自分の身を守れる年齢になるまで、極秘で行われる。これまでに、アーリアの誘拐、暗殺などが頻繁に起きたため、アーリアが誕生しても、アーリアがガートリルとして成長するまで、その開示は行われない。

 現在、アーリアをレジナーディアとして統率されている部族は、3つ存在しており、その部族は、3大国として認識され、国々から多くの寵愛を受けている。そのうちの一つが、トルチェと呼ばれる部族で、民族数としては、最大で、千人近い人々が暮らしており、ガートリルの部族の中でも、最も交易の盛んな民族である。基本的に、トルチェ民族は、褐色肌で、鮮やかな黒髪が多く、目鼻立ちもはっきり、彫りの深い顔立ちで、目はグレーを主体とし、中には、ブルー、グリーンも存在する。この部族の習慣として、植物を愛するものが多く、町中も見てもわかるように、数多くの木々、植物で溢れかえっている。また、植物から抽出した香料、染料、および薬草などが特に、特産品として重宝されている。

 この部族のレジナーディアであり、アーリアでもあるラグナーンは、年齢は50歳前後で鮮やかな褐色肌の大男であり、長い黒髪を後ろに束ねており、目は、アーリア特有の朱色をしている。その体格とは裏腹に、手先が器用で、細かい作業を好み、アクセサリー作りを特に好み、芸術センスにも秀でている。彼には、妻と二人の娘がいる。妻のシューラーは、同様に、優秀なガートリルで、ラグナーンと釣り合った背の高い気品のある女性であり、前レジナーディアの娘でもある。長女のラールは、20歳の優秀なガートリルで、容姿は、母のシューラーににて、背の高い気品のある女性である。ただ、その容姿とは裏腹に、格闘技を好み、いくつもの格闘技を会得し、様々な格闘大会にも男性と混じって参加するほどで、父親のラグナーンは、いつも生傷の絶えないラールを心底心配している。次女のラシアーナは、17歳の学生で、別に男勝りでもなく、女性っぽくもなく、普通の女性である。容姿は、両親に似ず、ごく平均的な身長で、これと言って秀でた資質や趣味もなかった。ただ、大変心の優しい子で、孤児院や老後施設といった場所に足しげく通い、周囲からの評判は抜群であった。

 ラグナーンのアーリアとしての能力は、歴代のアーリアを逸脱するほどであり、その真の潜在能力は、50歳を超えた今も未知数であり、本人のラグナーン自身も図りかねているぐらいである。ラグナーンの両親は、ごく普通の家系の出身であり、これまで何人かガートリルを輩出したことがあるが、それも数える程度であり、その皆が、優秀というにはほど遠い存在であった。ラグナーンが生まれる数日前に、母親のアデルは、奇妙な夢を見た。一匹の狼が丘の上にたち、アデルのことをしばらく見つめていた。しかし、アデルは、別段恐怖を感じることもなく、ただ、じっと静かにその場に佇んでいた。すると、狼は、ゆっくりとしかし、気品のあるいでたちで、アデルの方に歩いてきた。狼の鋭くも一点の曇りもない朱色の目に魅入られながら、じっとしていると、アデルの腹部に鼻をつけて、一言、“この子は、いずれ世界を確変へともたらすであろう”と言った。アデルは、その言葉の意味を理解できなかったが、ただ、我が子の運命の偉大さを肌で感じ取った瞬間であった。

 ラグナーンの朱色の目は、一転の曇りもない朱色であり、これほど鮮やかな朱色を見たことがないほどであった。ラグナーンが生まれると、すぐに周りの女達がざわめき始め、ことの偉大さを皆、痛感し、狂気とも解せる叫び声が響き渡っていた。すぐに、当時の長であるレジナーディアが、部下を連れて、アデルのもとへやってきて、一言、

“でかした!”

とだけ言うと、ラグナーンを抱えて出て行ってしまった。

アデルが言葉を発する前に、その周りの者たちにより、さえぎられ、

“あの子は、お前の子であって、お前の子ではない。我が民の希望になるのじゃ”。

そう言われて、名誉であることと同時に、我が子をこの手に抱くこともできずに、ただ、受け入れるしかない深い悲しみにどうしようもなく打ちひしがれたアデルであった。

 ラグナーンは、10歳になるまで、乳母と執事の二人とともに、何不自由なく暮らしていた。ラグナーンが暮らしていた場所は、田園風景豊かな静寂とした場所であり、周りは美しい湖が囲むように存在し、外界から一切断ち切られた場所であった。ラグナーンは、時よりやってきた紳士に大変興味があった。彼の名前は、ルバーン。当時は知る由もなかったが、彼は、当時のレジナーディアであった。彼は、細見であったが、筋肉質で、子供であったラグナーンですら、ある種の威圧感を感じるほどであった。少し白髪が混じっていたが、きれいな黒髪を後ろに束ね、いつも紳士的ないでたちであった。元来、笑顔を作ることがない人間であったのであろう。人と接する時も無表情で感情を読むことが難しい人間であった。そんなルバーンも、ラグナーンの前では、少しぎこちなさもあるが、時折笑顔を見せていた。ルバーンの話すことは、いつもラグナーンを魅了していた。ルバーンを含め三人の大人としか接したことのないラグナーンにとっては、国単位の話はあまりにもスケールの大きい話で、心の底では、この世界は、自分を入れてもこの四人の人間しかいないと信じ切っていたであるから。

 ラグナーンが、ガートリルの存在、自分が、アーリアであることを知ったのは、十歳の誕生日を迎えた日のことであった。ルバーンにより自分の目の色のこと、自分が封印術を施されていることなどであった。アーリアはその潜在能力の高さから他の民族から狙われる存在であり、封印術を施さないと外敵に感知されてしまうことであった。十歳という年齢はガートリルにとって成熟を意味し、力の開放を許される歳であり、また、自ら自分の身を守ることもできる年齢でもあった。この日のために、外界との接触を断ち、静かに暮らしてきたことを理解したラグナーンであったが、あまりにも現実離れした事実を目の当たりにして、ただ、ただ、戸惑うラグナーンであった。解封印の儀式が行われたのは、いつも湖畔を眺めていた岬で行われた。乳母のヤーナと執事のナグアもサポートとして儀式に参加していた。まず、ヤーナとナグアにより、ラグナーンの周りに結界が張られ、その結界の中にラグナーンとルバーンが対座した。ルバーンが、呪文を唱えて、暫くすると、ラグナーンの体から、紫色の煙が出始め、その瞬間、体の自由が一切きかなくなり、体が痺れ始め、いろいろな声やら叫びのようなものが聞こえ始めてきた。意識が薄れていく中で、鮮やかな朱色の目をした狼が、ラグナーンを凝視し、一言、“時来たり”とだけ言って、消えていった。

 気が付くと、ラグナーンは、ベッドに横になっていた。まだ頭がボーっとして、自分の体が自分の体ではない感じだった。横をちらりと向くと、乳母のヤーナが傍にいて、そっと一言、

“お気分はどうですか?まだ、体がしっくりこないはずです。もうしばらくお休みください。私が、お傍にいますから、ご安心ください。”

そう、言葉をかけられて、また、すぐに、深い眠りに落ちて行った。どれだけの時間が経過したのか、皆目見当もつかなかったが、かなりの時間眠っていたことだけは、なんとなくわかった。まだ、はっきりとしない意識の中で、静かではあるが、力強く、頼もしい声がどこからか聞こえてきた。

“―――るのだ。。”

最初の言葉は、語尾だけしか聞こえなかった。

“――解放し、――人々に――与えるのだ。。”

それ以後、声は全く聞こえなくなった。おそらく、あの声の主は、あの朱色の目をした狼であることは、ラグナーンにはわかっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る