第3話 ライオン世話係解任
それからはあっと言う間に過ぎ去った。女々しい俺の更生と理央の男嫌い克服は続き、カレシカノジョとして二人でいる時間は多くなった。
今も昼ご飯は一緒に食べるし、下校も一緒だ。偽物の恋人とはいえ休日を一緒に過ごすこともあった。佐々木さんもとい史華も混ぜて三人で女子会と称して集まることも。いや……俺男子なんだけど。
努力した甲斐あってか理央が俺を投げることはなくなり、張り手やビンタの数も減ってきた。最近はもっぱら冗談を言った俺にツッコミを入れるかのように小突く程度だ。夫婦漫才なんて揶揄されることもある。
『懐いてきたことによる甘噛み』なんて例えられたら可愛いものだけど、彼女の場合はまだなにかしら殴ってないと収まらないという感じだろう。
——激動の一学期が終わった。
テスト返しと終業式が済み、クラスメイトは「明日遊びに行こ!」だの「この後カラオケ行こうぜ」だのと夏休みの始まりに昂りを隠せないでいる。
そんな中、理央はというと……男子たち——クラスの中核である園崎とその取り巻きと談笑していた。
女子の友達を間に挟んでいたり、距離感がぎこちなかったりと問題は依然として残っているが、克服の成果は目に見えて出ているようだった。
その光景を遠目から見る。
——今、俺はどんな顔をしているだろう? 微笑ましく見ているのか。はたまた心配そうな顔をしているのか。
答えはどちらでもない。一言では言い表せない、複雑な気持ちを抱いている。
理央が男嫌いを克服して男子と話せるようになり始めたのは嬉しいし、微笑ましい。でも、なんだか腑に落ちない。
あいつらと話している時の方がカレシである俺と話している時より親しげに見えて仕方がない。なにより殴られていないし、理央の言葉が丁寧過ぎて目眩がしそうだ。
「なんだよ『ええ〜すごーい!』って。君、そんなキャラじゃないでしょ」
これで話の内容が夏休みに遊びにいく話だったら尚更いたたまれない。漫画のような男女グループに憧れを持っている彼女ならあり得る話だ。
今の状況を例えるなら……そうだな。噛まれても引っ掻かれても受け止めて、躾を施してきた飼い犬が御主人とは別の人間に尻尾を振って媚びているような。新しい飼い主を見つけてほいほいついて行ってしまうような。そんな感じ。
「なんだ、これ。俺は噛まれ損、引っ掻かれ損じゃないか。今まで親身に接してきたのは誰だと思っているんだよ。俺はなんでカレシごっこなんてしているんだか」
途端に腹立たしく、馬鹿馬鹿しくなってきた。眺めながらぼやきが止まらない。「嫉妬」とでも言うべきだろうか。
——でも、あれ? おかしいな。理央のことをカッコいいと思ったことはあってもカノジョとして『可愛い』なんて思ったことなんてないはずなのに。カレシとは言えお互いに心は惹かれてないはずなのに。
「ねえ、ちょっといいかな〜?」
そんな脳内モノローグにピリオドを打ったのは史華だった。ドアから教室を覗きこんでいた彼女が手招きしていた
俺は手招きに応じることにした。今、教室にいては虫の居所が悪くなるばかりだ。
*
「どうしたの? こんなところにまで連れてきて」
史華が連れてきたのは屋上だった。
最近は佐々木さんのことを「史華」と呼ぶようにしていた。また理央が呼称について文句を垂れ流してくるかもしれないというのもあるが、俺たちの関係を知っているからなんの気兼ねなく話せるのだ。
「それは大道くん自身の方がわかってるんじゃないかなぁ〜?」
いたずらな笑顔を見せる史華。心の底から笑っているのではなく、どこかで俺を小馬鹿にしている……いや、見透かしている顔だ。
「わかんないね」
怒り混じりの声で報いる。理央といい、史華といい、今日は不愉快な言動が目につく。
「やっぱり言わなきゃわかんないのか〜」
「わかんないね。話がそれだけなら俺、戻るよ」
踵を返す。戻るとは言ってはみたが、教室に戻る気なんて毛頭ない。どこか……体育館裏とかで黄昏るつもりだ。
「妬いてるんでしょ」
その一言で足は凍ったように動かなくなった。いつもの彼女の間の抜けた声とは打って変わり鋭い語勢。
「俺が? なんで? 俺はそもそも男嫌いを克服するためにカレシをやってたわけだし、理央が普通に話せるようになってよかったんだよ。だから、用済みなんでしょ? いいよ、別に。俺だって理央から見習うことだいぶなくなってきたし。普通の女の子の理央からはなにも学べないし。なによりもう投げられも、殴られもしなくて清々するよ」
なるべく平静を装い、憤りを悟られないように坦々と言葉を紡ぐ。ここで怒りを露わにしたら史華に八つ当たりすることになる。それはダメだ。
「ふふふふふ! なにそれ! 思いっきり妬いてるって言ってるようなものじゃない! 最近、男らしくなったなぁとは思ってたけど、そういう感情の女々しさは相変わらずだね〜」
「なんだと!!」
史華が腹を抱えていた。口では否定してみせても彼女の言うことはごもっともだった。そうだ。理央がカレシの俺以外の男子と話しているのが気に食わない。
でも、いつからだ? こんなにカレシとして固執するようになったのは。
「理央がどんな人間かよく知っている大道くんならわかると思うけど、さっき園崎くんたちと夏休みに遊びにいく約束してたんだと思うよ」
事実を改めて突きつけられ戦慄が走った。本当にカレシのお役御免じゃないか。学校行事では主体的に行動し、クラスメイトと遊ぶのを積極的に企画する園崎なら誘うだろうとは思った。
「『美女で野獣』な理央から『野獣』が取れればただの『美女』だからねぇ。男子からの誘いも多くなるよね〜でもでも! これじゃカレシくんは面白くないよね〜!」
「なんだよ。冷やかしてるの?」
再びいたずらな笑みを浮かべる史華に苛立ってしまう。さっきからなにを言いたいのかわからない。ただただ現実を突きつけるためにやっているのならわざわざ屋上に逃げてきた意味がない。あの場で充分だった。
「だから……じゃーん!! 一緒に行くんだよ。花火大会!」
史華が見せたのはスマートフォンのチャットアプリだった。グループ名に「2-D 花火大会」と表示されており、招待中に俺の名前があった。
慌ててスマホを取り出す。メンバーはクラスメイトだけで、全員見知っていた。理央も入っている。
「どういうつもり?」
「大道くんには私も感謝してるんだよね。今、そんな大道くんがヤキモチをやいてる。自分はお払い箱だと思ってる。でも、本当にそうなのかなって私は思うの。それを確認するためにも理央と一緒に花火大会に行こう。そのヤキモチの正体がなんなのか。理央はもう大道くんを必要としてないのか。はっきりさせよう」
史華がゆっくりと諭すように語りかけてくる。普段の何十倍も真面目な感じで人が変わったんじゃないかと思った。
彼女の言う通りだ。俺はまた勝手に人を決めつけていた。自分の主観だけで物事を判断していた。だからその場にいてはっきりさせなければならない。例えつらい事実が告げられようとも……別れることになろうとも。
「わかったよ」
「ありがとう〜カレシである大道くんが理央のそばにいれば被害は最小限で済むもんね」
「むしろそれが本音でしょ」
「大正解!」
チャットを開き、「グループに参加する」をタップした。今まで二人または三人だった関係が急激に広がっていくのがわかった。もう俺と一緒にいるだけの理央じゃない。カレシだけが唯一話せる相手だったカノジョじゃない。
別の男とも仲良くできるカノジョなんだ。
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