第4話

「俺、家まで届けてくるから、ちょっと待っててくれ」


 車の後部座席に私はいた。若い男の膝を借りて横になり、ぼうっとしていた。時折激しさを増す動悸に耐えながら、早く家に着くことを願った。運転していた明るい髪の男の言葉を聞いて、やっと車が自分のアパートの前に止まったことを知った。


「分かった。ほら、後少しだ。起きれるか?」


 若い男は私の身体を起こす手助けをした。気分が悪くなった時のために持っていたビニール袋が、くしゃくしゃと音を鳴らす。


 後部座席のドアが開き、明るい髪の男が屈んで私に背を向けた。


「背負ってやるから、しっかりつかまれ」


 頭が働かない私は、躊躇することなく男の首に腕を回し、身体を預けた。初めて男の人に背負われた。……いや、違う。私はこの感覚を知っている。ただ、こんなにも骨格がしっかりした人に背負われるのは初めてだった。


「落ちんなよ。お大事に」


 若い男は私に幼い笑顔を向けた。私は、本当に迷惑なことばかりした。だが、今も混乱していてよく分からない。どこかで、これはやはり夢なのではないかと思っている。そう思いたいのだ。


「雅臣、聴取みたいなこと、しちゃだめだよ。後日やればいいんだからね」


 年上の男が助手席から、釘を刺すように言った。私を背負った明るい髪の男は「分かってる。すぐに戻って来るから」と言ってゆっくり歩き出した。


 夕日は沈み、僅かに残光が西の空を漂っているだけで、東の空は静かに暗くなりはじめていた。もうすぐ、夜が訪れる。


「部屋の場所は?」


 彼は小声で私に尋ねてきた。


 あぁ、そうか。私に気を遣っているのだ。近所の人間に私が男といることを噂されないように、私が男に背負われているという滑稽な姿を気づかれないように、配慮してくれているのか。「二○四」と辛うじて私は答えた。


「二階だよな?」と男が小さな声で聞く。辛うじて頷く仕草をすると、彼は返事をすることなくアパートの階段を上りはじめた。


「鍵は? 持ってるか?」鍵という言葉を聞いて、私は青ざめた。


 持っていない。先ほど、薬を探すためにポケットの中を漁った際、何も入っていなかった。同時に、私は家を出た記憶がない。鍵をかけたかどうかも分からない。


「持ってないのか?」


 私の部屋のドアの前で立ち止り、彼は私へと振り向いた。明るい髪が私の頬をかすめる。


 家に入るのが怖くなった。記憶がない。部屋の中がどんなことになってしまっているのか、見当もつかない。


「記憶が、なくて……」


 彼がどんな顔をしたのか、見えなかった。私から顔を逸らし、ただドアを見つめている。何か考えを巡らせていたのか、彼は僅かに動きを止めただけで、すぐにドアノブへと手をかけた。








 急に恐怖が差し迫ってきて、思わず彼の首に回す腕に、力を込めた。

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