第28話 ドライブ

 丘の頂に向かって、車を走らせる。ヘッドライトだけを頼りに砂利道を入っていくと、京は少し不安気に窓の外と俺の顔に視線を往復させた。


「何処に行くの?」


「着いてからのお楽しみだ」


 京のリアクションが楽しみで、軽く流し目をくれると、それが伝わったのか、京もつられるように微笑んだ。そろそろ頂上だ。俺は、より京を楽しませたくて、穏やかに言った。


「京、ちょっと目ぇ閉じろ」


「え……うん」


 僅かに疑問符を滲ませた京だったが、俺の邪気のない横顔を見ると、素直に言葉に従った。しばらくあって、俺は車を停めると、ヘッドライトを消す。


「もう良いぞ」


 丘の頂に停めた車のフロントガラスからは、宝石を散りばめたような、まばゆい夜景が眼下に見てとれた。京の顔がパッと輝く。


「うわあ……」


 そのまま言葉を失って食い入るように夜景に見入っている京が愛しくて、俺は項に手をかけ引き寄せて、頬に軽くキスを贈った。


「真一……んっ」


 首筋を撫で上げると艶っぽい呻きが上がり、それをもっと聞きたくなった俺は、思わず顎を傾けその白い喉に口付けた。


「やっ……ちょ、真一……」


 首筋が京の性感帯なのは知っている。俺はそのまま、顔を背けようとする京の項を根元から舐め上げた。ビクリと肩を竦ませて、京は限りなく嬌声に近い悲鳴を漏らした。


「ヒ……んっ」


 その反応は、俺の予想を遥かに超えて色っぽかった。場所は、ひと気のないプライベートスペース。ムードのある夜景も揃っている。俺は、シートベルトのせいで身体を捻るのがやっとな京を背中から抱き締めた。


「真一、やっ……!」


 後ろ髪に鼻を埋めると、リンスの微かな残り香が嗅覚も刺激し、俺の身体は熱くなった。いや、抱き締めている京の体温も、同じほど。だがまだかろうじて残る理性が、京が震えているのを感じ取っていた。


 これ以上は、こんな所で許して貰えないだろう。俺も、初めてを車の中で済ませるのには抵抗があった。その時は、京が許しをくれて、二人とも幸せに迎えたい。


 そしてふと、帰り道をドライブに変えた時の言葉を思い出す。安心させる為にいつもより柔らかい声で京を労り、俺は彼の身体をこちらに向けた。


「悪りぃ。もう何もしないから、安心しろ」


 ホッとしたような、戸惑ったような、複雑な色に色素の薄いブラウンの瞳を揺らし、京は俺を見上げた。


「……ホントに?」


 いつもの、誘われてしまいそうな蠱惑的な表情をする。京はしっかり者だったが、その辺が天然なのにはいい加減慣れてきていたから、俺は征服欲を抑えて笑ってみせた。


「ああ。その代わり、『手当て』してくれ」


「え、絆創膏とかあるの?」


「言ったろ。『舐めときゃ治る』って。でも自分じゃ舐められねぇ」


「えっ……」


 夜景を見た時と同様、京は再び絶句した。顔色は、全く違っていたが。


「駄目か?」


 シャイな京に念を押す。ややあって、京は生真面目な声音で囁いた。


「傷を見せて」


 言われた通り、助手席に身を乗り出すようにしてまなじりの痣を差し出すと、


「……痛い?」


 と注意深く指先で触れてきた。


「いや」


「ごめんな、真一……」


 言葉と共に、京の柔らかな唇が触れたと思ったら、滑らかな感触に変わった。僅かにピンク色の舌を覗かせて、京が痣を舐めたのだった。


「……これで治る?」


 しきりに照れて上目遣いに聞いてくる京に、俺は会心の笑みを贈った。


「ああ。もう治った」


「真一ったら……」


「綺麗だろ、ここ」


「うん。この街がこんなに綺麗だなんて、思わなかった」


 二人共に正面のフロントガラス越しの、煌めく地上の星を眺める。少しの静寂の後、とん、と肩に何かが当たった。見ると、京が頭を肩に預けていた。その初々しさに片頬を上げ、二人でしばらくの間、黙って夜景に包まれていた。京となら、こんなうぶなデートも有りかもしれない。

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