第13話 京が倒れた!?
遅番の京に対して、その日俺は早番だったから、深夜一時には眠ろうとしていた。電気を消し、何通か溜まっていた携帯のメールをチェックする。そんな事をしている間に、いつも眠りに落ちるんだ。
今日も携帯を枕元に置き、まさに意識が遠のこうとした時だった。携帯が鳴ったのは。一度深く寝入ってしまえば携帯が鳴っても起きない事が殆どだったから、不幸中の幸いと言えただろう。寝ぼけ眼で出ると、相手は見知らぬ女の声だった。
「
「はい」
「あたし、
もやがかかっていた頭が、その名前で急激に冴えた。
「実は、京が倒れて……自分で帰れるって言ってきかないんだけど、心配だから、携帯の着信履歴の一番多い、貴方に電話させて貰ったの」
「京が倒れた!?」
その言葉尻に、俺は噛みついた。
「いえ、症状は……」
「すぐ迎えに行きます!」
言って、俺はやや一方的に携帯を切った。京のバイト先は、駅前の大きな居酒屋だったから、知っていた。急いで服に着替え、家を出る。車で行けば、ものの五分だ。
店に着くと、週末で賑わう店内に入る。俺の顔色から、すぐに悟って奥からロングヘアの女店員が歩み寄ってきた。
「真一さん? 遅くにご苦労様」
「いえ。京は?」
京の事だけが気がかりだった。バックヤードに通されると、休憩室の絨毯の床に、クッションを枕にして京が寝かされていた。
「京! どうした?」
「……真一……!」
彼は驚いて起き上がろうとし、失敗した。ひどく弱っているのが分かった。
「熱が三十九度あるのよ。ひどい風邪」
京の代わりに、女店員が答えた。
風邪。風邪か……。慌てて飛び出してきたから、車中の五分間、色々な悪因を考えてしまったが、風邪と聞いて少しだけ安心した。
「俺の家に風邪薬があるんで、連れて帰って飲ませます」
一刻も早く京を連れ帰りたくて、横抱きにして従業員出口から車へ急ぐ。後部座席へ寝かせる際、京が耳元でごめん、と呟くのが聞こえた。ブラウンの髪を撫で応じると、京が僅かに力なく微笑んだ。来た道を戻りマンションに着くと、また横抱きにして俺の部屋のベッドに横たえる。
「京、大丈夫か? 今、薬飲ませてやる」
そして水と薬を含み、唇を寄せて与えた。
「んっ……」
やや戸惑ったような掠れ声が上がる。頬が上気し、瞳も潤んでいた。いくら熱のせいだとしても、昨日の今日では目に毒だった。それを見て幾らか早くなる鼓動を無理矢理押し殺し、でももう一度だけ額に口づけて、俺はソファで寝る事に決めた。
「真一……ごめん……」
「謝る事なんてねぇ。ゆっくり寝て治せ」
「うん……真一」
「ん?」
「ありがとう……優しいんだな」
ソファに寝そべっていた俺は、その台詞に後ろめたさを感じ、早々に電気を消してしまう。そんなに信用しないでくれ、京。その日が、二人が初めて同じ部屋で過ごした夜となった。
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