第14話 京の味

 電気を消してしばらくすると、やがて規則正しい京の寝息が聞こえてきた。だが俺は、その寝息にすら心奪われ、耳をそばだてるようにして眠れない。


 恋人になってから、キス止まりで一週間以上も経つのは初めてだった。手が早い、と言われれば否とは言えない。そういう恋愛ばかりを繰り返してきたが、京は何処か『特別』だった。


「ん……」


 甘い声が鼻から抜けて、ギクリとする。確かにそれは、真一、と名を呼んだ。


「……京?」


 闇の中に囁く。痛めた咽が、むずがるような掠れ声を返した。俺は、京が眩しくないように豆電球をつけて、薄くなった闇の中でその顔を覗き込んだ。


 薄闇の中にも分かる、珠のような汗が、白い首筋に光っていた。寝息もやや荒くなっていて、いけないと分かっていても、それは俺に良からぬシチュエーションを連想させる。思わず数瞬、透けるような頬に張り付くブラウンの髪を視姦した。


「んん……」


 ハッとして、俺は慌てて瞳を閉じたままの京に声を顰めた。


「苦しいのか?」


 しかしこれに返事は帰らなかった。うなされて俺を呼んだのか。そう思うと、余計に心の奥が熱くなったが、名残惜しくベッドを離れると、キッチンに向かった。冷たい水で絞ったタオルを持ってきて、そっと汗を拭いてから、その額にのせる。


「……んいち……」


 楽になったのか、もう一度京は呟いて、安らかな寝息を立て始めた。俺の名前ばかり呼ぶのは、俺の夢でも見ているのか。飽く事なくその寝顔を眺めていたが、徹夜する訳にもいかない。俺は、京のこめかみに一筋伝った汗の味を確かめてから、ソファに戻った。結局殆ど眠れなかったが、口内に残る京の味が、一歩二人の距離を詰めたようで、暖かい心地で微睡んだ。

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