第12話 お預け

 睨み上げられても、その二重の大きな瞳が潤んでいては、かえって悪巧みを企てさせた。


「あ」


 俺は京の顔から目を逸らし、少し横顔を見せた。


「え?」


 つられて俺の視線を辿る。その隙をつき、俺は京の唇の端に軽く口付けた。リップ音が、小さく響いた。床に座っていた京が身を引こうとして失敗し、後ろに大の字に倒れる。


「し、真一、な……」


 三度目のキスも、了承は得なかった。京は、両手で顔を覆ってしまっている。だがその下の色は、ネイビーのVネックTシャツから覗く首筋の桜色から分かった。京が怒ったような拗ねたような、どちらにしろ愛らしい声音を出した。


「いきなりするなよ! 心の準備ってものが……!」


「じゃあ、キスして良いか?」


「……駄目」


「やっぱりそうなるだろ」


 俺はくつくつと肩を揺らしながら、いまだ顔を覆ったままの京を両腕でまたいだ。


「いきなり告白する度胸あるくせに、そういうトコはシャイだよな」


「だって俺、人を好きになったの初めてで、どうしたら良いか分かんなくて……」


 言葉を紡ぐ為に、覆っていた手が退けられた。その期を逃さず、俺は腕の中に閉じ込めた京に再び触れるだけのキスをした。


「んっ……!」


 もう我慢出来なかった。そのまま、上から下へと身体のラインをなぞっていく。しかし、本気の抵抗と哀願が上がった。


「真一、駄目……!!」


「何でだ」


 無理強いはしたくないが、どうしても言葉尻がぶっきらぼうになってしまう。それを感じ取ってだろう、反射的に京が謝った。


「ごめん、俺今日、遅番で……これからバイトなんだ」


 泣きそうな声を出されては、苦情も出ない。俺は、大人しく京を解放し、身を起こした。


「そっか……行ってこい、京」


「真一ごめ……」


 身体は火照っていたが、頭は冴えていた。京の必死さに思わず小さく噴き出すと、


「行ってこい」


「……うん! 行ってきます!」


 京の頬にも笑みが戻り、俺たちは互いに気持ちよく分かれた。やれやれ、先に進めるのはいつになる事やら……そう思いつつも、焦りはなかった。京は、俺のものだ。

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