第2話 シンデレラ 成り上がり編

 私はこれを元手に、さらなる悪巧みを実行する。私がやってきたこの町はある王国に属している。狙い目は若い王子だ。今回私はこの街中で良さげな女性を見つけて、手持ちのお金を使ってコーディネートし、王子に見初めさせる。あわよくば王家に取り入ろうと考えている。かなり長期的なミッションだ。まずはその女性を探し出そうと町中を散策する。

 しかし、寒い気候のこの町を歩いたところで、出歩く者がいなかった。これは計算外だ。見つからなければ何もできない。朝からずっと探し歩いたが、実りはなかった。今日のところは退こう。


 一方同じ町にて貧困に喘ぐ1つの家族があった。母親は若い娘にマッチを託し、売りきらなければ帰宅することを禁じると言い渡した。少女は寒い夜道でマッチを売ろうとしたが、ライターのある時代にマッチなんて売れず、在庫の山を見て虚ろになっていた。寒さと空腹でもはやこれまで、そうして生きることを諦めかけたその時…少女の目の前に希望の光が差した。


「そのマッチを全てもらおうか。お代はこれで」


 差し出されたのはお金ではなく、骨付き肉だった。


「お、お金を稼がないと…」

「金を貰っただけじゃ、生きてはいけない。今は食いつなげ。それで見える世界もあるだろう」

「…ありがとうございます。明日こそは稼いでみせます」

「それより稼げる仕事があるんだが、やってみないか?」


 貧相ななりだが、使えるタマに思えた。我が目標を達成するに値するのにピッタリであると。何より王子との年齢もちょうどいい。


                           ***


 少女はAの金銭的支援を受け、教育を受けた。例の傭兵には短期で身のこなし方を教授してもらった。礼儀作法や賢い生き方など、Aの信条をも植え付けた。そして十年後、普通とは違った方向に成熟した少女はAの考えた作戦に忠実に従って行動を開始する。


「あれから一度も稼いでませんが、よろしかったのですか?」

「ここまでの十年は投資の時間。先も稼ぐわけじゃないが、安定した生活を保証しよう。我が策は絶対に狂わない」


 我が策は近々開催される王家の城で執り行われる武闘会で実行することになっている。これの目的は王子の妃を探すことにある。私は例の少女の恩師として、バックアップに回る。


「思い切り目立てよ」

「分かってますよ」


 武闘会のルールは王族の目の前で参加者同士が種目関係なく模擬戦を行い、最終的に舞台上に残っていれば勝者だ。という簡単なものだ。


 元マッチ売りの少女だった彼女は今や、軽量の鎧に身を固め、両手に手斧を携え、手斧使いの少女となった。そしてコロシアム風の城の広大な広間に足を踏み入れる。中にはすでに屈強な女たちが入場していた。そして我々を見下ろす形で王族たちがいる。体格的に手斧使いの少女は目立たないが、要は王子に見てもらえばいい。


「皆の衆、よくぞ集まってくれた。その気合、私は嬉しいぞ。存分に奮え! 我が妻に弱卒はいらぬ」


 世の女性を虜にする綺麗な顔立ちの王子。ただの顔のいい男ではなく、このように武術で人を選ぶ、つまり戦にも長けているということになる。将来いい王様になれるだろう。


「では…始め!」


 王子の一声で参加者たちが一斉に自らの得物を掲げ、ライバルに襲いかかる。もちろんここで殺すわけにはいかないので頭の上に設置された旗を破られれば負けということになっている。流血、死亡させればその場で退場させられる。だから一般的に取り回しやすく長い得物が有利となるわけだが…


 レイピアや槍使いが大柄の肉体派を次々撃沈させていく中、手斧使いの少女はスルスルと女戦士の間をすり抜けていく。攻撃しないのはターゲットにされないようにするため。序盤は敵が削り合うラウンドと捉えたのだ。

 長い得物を持つ者が残り、それらが争い出す。その長さ故に、ダイナミックな戦いが繰り広げられるが、突如として一部の参加者の頭の旗が根っこから切り落とされる事件が発生する。切断面は決して綺麗なものではなく、無理やり力で抉った感じ。


「いい調子だな手斧の。だが目立てよ」


 長い得物使いの一部が戦場を駆け回る手斧使いの少女を見つけ、ターゲットに絞りだした。


「あの子ちっちゃいからって油断してると怪我するねっ!」

「一旦休戦して奴を沈めましょう」

「合点承知! 覚悟しなさい!」


 その声に便乗し、ランサーズが手斧使いの少女の一点狙いを始めた。私はこの状況を待ち望んでいた。


「あの手斧の娘。刮目させてもらおう」


 王子の視線が釘付けにできたか…チェックだ。後は手斧使いの少女がランサーズを打ち倒せば…


 「戦術プランS(STEAL)に移行せよ!」

 「承知!」


 手斧を地面に叩きつけ、後退。そしてランサーズに序盤でやられた大きな斧使いの斧を拝借。身の丈の二倍はある斧を構えた少女に、敵方は一瞬怯んだ。


「今だ!」

「行けぇ!」


 斧が槍を叩き割りながら旗も消し飛ばしたのと同時に客席の男Aはガッツポーズをとり、ニヤリとした。戦場、もとい城の広間に旗を残して立っているのは斧の少女一人。勝者は我が手にあり。

 『行けぇ!』と斧の少女を応援していた王子はいつの間にやら王族の間から抜け出し、階段を降りて広間に来ていた。そして斧を地面に置いて私に目配せした少女の下に王子が歩み寄る。


「大儀であったぞ斧の娘よ」

「ありがとうございます」

「そなたのように戦で賢く戦う娘はそうおるまい。私は決めたぞ…我と共に戦ってはくれまいか?」

「もちろんです王子様」


 …計画通り。本番はここからだぞ。頼むぞ、我が弟子の力を見せてくれ。


                           ***


 斧使いの少女は王子と結婚前提の付き合いをはじめることになった。そして少女の両親には国から補助金が出されることになり、マッチ売り商売をやめて、貧困な生活から脱した。そして何より私は手斧使いの少女をここまで強く育ててくれた功績が認められたため、王家に仕える大臣に任命された。


「完璧な口添え、感謝するぞ斧使いの少女。今は王女様だっけな」

「ここまで育ててくれた恩返しはしなければいけませんから」


 さて、そろそろ仕上げ段階に入る。大臣として王家の教育係も兼任する私が最後に贖罪としてやらなければならないこと。それは、マッチ売りの少女のように貧困に喘ぐ民を消すことだ。

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