第26話 信也と 詩織の ダブル・ライディング

11月24日の日曜日、午後の2時。快晴。


下北沢の、

川口信也の マンションの

部屋の気温は、19度と、過ごしやすかった。


おたがいに 休日なので、

大沢詩織は、ひとりで

マンションに 来ている。


信じあってる、ふたりには、

愛を 求め合うこととかに、

なんの、ためらいも、ぐずぐずするような

迷いとかも なかった。


たとえ、それが、忙しい 時間の

合間であるとしても。


若さも、持て余す、

19歳の詩織と 23歳の信也たちは、

時の 過ぎるのも 忘れる、

幸せな 行為に、

いつでも 夢中になれる。


「ねえ、しん(信)ちゃん。

わたし、

リスナー(listener)の人たちが、

こんなに、いっぱいになったことが、

こんなに 幸せな 気分になるということ、

いままで知らなかったわ …」


詩織は、ダブル・ベッド に、

ふわふわのタオルケットにつつまれて、

寝そべっていて、

ほほえみながら、信也に、そう、ささやく。


信也は、詩織の横の、壁側で、

詩織の 柔らかな 黒髪を

撫でながら 寝ている。


詩織を見つめる 信也の瞳の奥が

輝いている。

それは、いつも、少年のように澄んだ、

穏やかな眼差しで、

詩織は大好きでだった。


「リスナーを、ミュージシャンたちは、

いつも、必要としてきたんだろうね。

古今東西の、大昔から。

いつの世だって、

ミュージシャンたちは、自分の演奏を聴いてくれる

聴衆を求め続けるものなんだろうな…」


そんなことを、信也は、詩織に ささやく。


「わたし、アルバムつくり、こんなに、

頑張れたのも、

きっと、しんちゃんがいてくれたからなのよ」


「おれだって、詩織ちゃんたちが、

頑張っているんだもの、

おれたちも、ベストを尽くさなければって、

気持ちに自然となれたんだと思うよ」


「おたがいに、刺戟となる、

ライバルって感じなのかしら?」


詩織と 信也は わらった。


「あっはっは。ライバルかぁ。

ちょっと違うと思うけど。

でも、身近な、

ライバルって、必要なんだよね。

向上心や

モチベーション(やる気)のためにも」


「しんちゃんの 無精ひげって

かっこよくって、好きよ。ちくちくするけど」


そういって、詩織は、また、わらう。


「わたしたち、アルバムやシングルが、

こんなに 売れちゃって、

マスコミの取材とかで、

これから、忙(いそが)しく なるのかしら?」


「マスコミの取材とかは、モリカワ・ミュージックで

管理してるから、その点は、安心だよ、詩織ちゃん。


いくら お金になる ビジネスでも、

おれたちに無理となるような、

こちらの 都合がつかないものは、

すべて、お断りの、方針だから、

だいじょうぶなんだよ。


モリカワって、徹底して、良心的だよな。

さすが、純のおやじさんの会社だよ。

商売っ気ないくらいだけどさ。

あっはっは。

でもね、

レコード会社によっては、

働き蜂にみたいに、

やたら、仕事させられて、こき使われてるようだよね。

ミュージシャンに 入ってくるべきの 印税とか、

音楽事務所とかに、吸い取られるのが多いらしいし。

その点も、

モリカワは、良心的で、安心できるんだ。」


「それは、よかったわ。わたし、学業と、

ミュージシャンと 両立できるかなぁ?とか、

いろいろと 考えちゃったから」


「モリカワ・ミュージックって、一応、

メジャ-・レコード会社として、全国で、CDの販売が

できているわけだけど、

実際には、販売網を持つ 会社に、

販売業務を

委託しているんだよね。

おれたちのアルバムの発売元の、

モリカワ・ミュージックは、まだ設立して、2年足らずで、

日本レコード協会の

正会員ではない、インディーズ・レーベルで、

正確には、メジャー流通のインディーズ

というべきなんだよね、まだ」


「うん、それって、知っている。日本のレコード会社で、

販売機能を持つ会社は、エイベックスとか、

ビクターとか、現在17社あるのよね」


「うん、そうだね。それに、よく、

メジャーと、インディーズでは、アティーストの収入は、

10倍も違うといわれるよね。

メジャーの場合、作詞、作曲などのすべての印税は

アーティストには 5%とか。

インディーズの場合ならば、CD制作費が20%、

流通に 30%として、残りの 50%は、

アーティストの手元に入いる 計算らしいんだ。

うちのモリカワも、アーティストには、

50%くらいだというから、個人に対しても良心的だよね」


「そうなんだ、モリカワって、すごく、いい会社なのね。

わたしも、モリカワに就職しちゃおうかな。

そうそう、しんちゃん、

最近、世間を 騒がせている、

食品偽装のニュース!

モリカワには、かえって、順風 となって、

良心的な モリカワの外食産業は、

ものすごい、商売繁盛で、

大人気だっていうわよね!」


「ああ、あの、エビのブラック・タイガーを、

伊勢エビ だとか、

偽ったりする、

食品偽装のことね。

わらっちゃうよね。

あの事件のおかげで、

モリカワは、その仕事の誠実さや信用度が、

世間から 高く 評価されちゃったわけだからね。

あっはは。

嘘だらけの世の中だから、

モリカワのような、マジメにやっている会社が、

人気になるのは当然なのだろうけど。

わらえるよね。あっははは…」


「ちょっと、みんな、何のための仕事なのかとか、

何のために生きているのかとか、

考えたほうがいいのかもね。

なーんって、

偉そうなことをいっている、わたしもだけど」


「詩織ちゃんのおっしゃるとおりですよ。

おれなんかも、お金のためだけに、

働いているんでもないし、

お金もうけのために、

音楽やっているんじゃないからね。

ちょっと売れたからって、

芸能人とかになる気もないし、

会社勤めは、続けるつもりだし」


「しんちゃんは、愛と正義のためだものね!

わたしも、特に、芸能人とかには

なりたいとは思わないな。

楽しく、音楽活動ができれば、十分だわ」


「おれも、詩織ちゃんも、いつも元気で、

ベストを保って、そして楽しく、

マイペースでいいんだから、

いい音楽 作ったり、バンドやっていこうね!」


「うん、しんちゃん!」


信也と 詩織は 声を出してわらった。


「詩織ちゃん、きょうは天気もいいから、

バイクで、どこか、メシでも食べにいこうか?」


「うん、賛成!どこかへ連れてって!

安全運転でね!うっふふふぅ…」


「よっし!おまかせ!あっはは…」


わらいながら、ふたりは、さっそく、着替える。


それから、数分後。

ペア(そろい)の バイク・ヘルメットの、

ふたりを 乗せる、イタリアンレッドの、

ホンダ・CB400・スーパー・フォアが、

マンションの地下の駐車場から、

フォン、フォン、フォーン!クァァ アアアーン!

と、軽快な金属音を響かせて、

郊外へ、風のように 走り去った。


≪つづく≫  --- 26話 おわり ---

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