第21話  G ‐ ガールズ の レコーディング

9月21日の日曜日。

空は晴天で、最高気温は29度くらいである。


グレイス・ガールズ (愛称、G ‐ ガールズ)の

初めてのアルバムのレコーディングは、

あと 1曲を 仕上げる、

最終段階を 迎えていた。


レコーディング・スタジオ・レオは、

下北沢駅 南口から、

マクドナルドが 左角にある、

南口商店街を、歩いて、3分の、

高層ビルの 7階にある。


ビルは、1962年に 創業の、

東京でも屈指の音楽 総合 専門店、

島津 楽器店の本店であった。


ビルの地下は駐車場、1階から6階までのフロアは、

楽器、楽譜、音楽・映像ソフト(CD・DVD)などを、

充実して揃えてある。


「すてきな、見晴らしね、ここは・・・」


そういって、リードギター担当の、

水島麻衣は、

ヴォーカルとリズムギターの、

大沢詩織に ほほえんだ。


「うん、わたし、このスタジオが大好き。

レコーディングの休憩が、

こんなに、見晴らしのいいフロアで

できるなんて、最高よね!」


と 大沢詩織も、水島麻衣にほほえんだ。


「たいがい、スタジオといったら、地下にあったりね。

こんなに 広くて、大きな窓で、

レコーディングの休憩に、

外の景色が 眺められるのって、

東京でも、なかなか 無いよね」


そういうのは、キーボードの担当、バンド・リーダーの

清原美樹だった。


アルバム制作の 休憩のための、

ミーティング・ロビーは、リフレッシュ できるようにと、

とても快適な空間であった。


コーヒーやお茶やジュースなどが用意されてあり、

サンドウィッチなどの軽食もとれた。

ドリンクの自販機も置いてある。


「下北の駅って、

これからどうなっちゃうのかしら?」


ベースギター・担当、1年生の

平沢奈美は みんなに そういった。


「わからないわ。

あそこの、駅舎の跡地や、

踏切があった空き地なんかは、

どうなるのかしらね」


ドラムスの菊山香織が

下北の駅を見ながら、そういう。


「高層ビルが建つとか、

大きな道路ができるとか聞いたことがあるよ。

うちの、美咲ちゃんがいっていたわ」


清原美樹はそんな話をした。


「そうなると、土地の価格も上昇して・・・、

実際、2年ほど前まで、一坪あたり

750万円の土地が、いまでは1500万円くらい

だっていうもの。これって、

お金が、あり余って、行き場を 求めて起こる、

バブルよね。

こうなると、テナント料なんかは、上がるだろうから、

個人経営のお店は、

テナント料の支払いが 大変になって、

立ち退くという、

ケースも出てくるかもしれないらしいのよ。

そのかわりに、高級なブランドショップとかができて、

渋谷や新宿や池袋のような街に

大変身してしまうのかなあ!」


そういって、清原美樹は

困ったような顔をした。


「それじゃあ、駅の再開発には、反対の人も多いわけね。

歩いて楽しめる街とか、

音楽や演劇とかで、若者文化の街のイメージのある

下北が、

高層ビルと、大きな道路で、おもしろみのなくなる

都市になっちゃうのかね。

おれなんか、朝から暗くなるまで、下北を、

何の目的もなくて、ぶらぶら、

ひとりで歩いたことあるもんね!それもけっこう楽しくて、

いまじゃいい思い出だし!」


早瀬田大学1年で、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の会計でもある、

岡昇がそういった。

岡は、パーカッションの担当で、アルバム作りに、

参加している。


「そうなんだ。岡くんって、下北の大ファンなんだね!」

と清原美樹が、ほほえんで、そういう。


「まあね、おれには、合っている街なんだね!」


何がおかしいのか、みんなで声をだして、わらった。


みんな、きょうは、アルバムの完成する日なので、

いつもと違って、

特別に、お洒落もしているようである。


「ねえ、ねえ、あそこの、駅の 工事中の 壁 見て!

誰かが、男の子たちよね、3人で、路上ライブを

やっているわ。

あんな、音楽の、楽しい風景も、なくなっちゃうのかなあ」


そういっているのは、小川真央である。


真央は、美樹と同じ、下北沢に住んでいる。ふたりは

幼馴染みだ。

きょうは、G ‐ ガールズ、はじめてのアルバムが

完成する日なので、

そのお祝いに 駆けつけている。


G ‐ ガールズは、このアルバムで、

モリカワ・ミュージックから、メジャー・デビューをする。


ビルの7階の、レコーディング・スタジオ・レオは、

最新のデジタル・テクノロジー(技術)を揃えていて、

一流アーティストやプロミュージシャ ンも利用していた。


プロ用レコーディングの業界最高の標準機器や、

最高のアナログ機材も 備えていて、

それぞれの機材は、作品に輝きを与え、

音の繊細さを生かすことができる

スタジオである。


代表取締役の島津悠太は、1983年生まれ、

今年、8月で30歳である。

音楽大学の作曲学科を卒業すると、

株式会社・スタジオ・レオを設立する。


音楽に対する情熱から、スタジオの経営に集中したい、

島津悠太は、

島津楽器店を、父親である社長の、島津和也と、

次男の 裕也に 任せている。


島津悠太の努力と才能で、

楽曲制作だけでなく、オーディオ・エンジニアの仕事や、

レコーディング関係の仕事もふえている。


いまでは、レコード会社、CM制作会社、ゲームメーカー、

一流アーティストなど、

得意先や顧客の、

信頼も 篤い。


今回、島津悠太は、

自分の経験と勘からも、才能を感じる、

G ‐ ガールズのアルバム作りに、

プロデュースやオーディオエンジニアとして、

全力で、レコーディングに参加している。


午後の4時。

レコーディング・スタジオにいた、

島津悠太と、モリカワ・ミュージックの

森川良たちが、

G ‐ ガールズのメンバーたちが 寛ぐ、

見晴らしのよい、ミーティング・ロビーに現れた。


「お嬢さんたち、それじゃあ、そろそろ、

もう1曲、がんばって、

アルバムを仕上げましょうか?!」


少年のように、瞳を輝かせる、島津悠太が

満面の笑みで、そういった。


「はーい」と、みんなは元気に返事をする。


みんなは、明るい声を出して わらった。


島津楽器店の、ビルの7階にある、

レコーディング・スタジオ・レオの、

コントロール・ルームに、みんなは集まった。


「あと、Runaway girl (逃亡する少女)で、アルバムも

完成するのね!うれしくなっちゃうわ!」


そういって、テンション(精神的な緊張)も 高いのは、

ドラムスの菊山香織である。

彼女は、どこか、G ‐ ガールズの 雰囲気を

盛り上げる ムード・メーカー のような、個性だった。


そんな菊山香織に、みんなはわらった。


アルバムは、全10曲で、下記のタイトルである。


1.Blowing in the sea breeze 

(海風に吹かれて)

2.Furt by love  

(愛は傷つきやすいから)

3.Sing a song of love 

(愛の歌をうたう)

4.keep on dancing 

(踊り続けてください)

5.Like the stars glitter 

(星の輝きのように)

6.I believe love and live 

(愛を信じて生きてゆく)

7.Don’t touch me anymore 

(もう私にはさわらないで)

8.If I can live with you 

(あなたと生きてゆければ)

9.Don’t wake up from my dream 

(夢でもいいから覚めないで)

10.Runaway girl

(逃亡する少女)


コントロール・ルームは、天井も、3mと高く、

20人くらいは、ソファーでくつろげる、

約50帖の広さであった。


レコーディングのための、司令室として、

コントロール・ルームでは、

トラッキング から マスタリング までの作業をこなし、

最高の クォリティー(品質)の作品を 創造できた。


レコーディングにおける、各チャンネルのことを、

トラック(track)というが、

そのトラック(track)で、複数の音を録音して、

サウンドを 構築していく 作業を、

トラッキング(tracking)という。


マスタリングは、曲の音質や音量の、多少のバラツキを、

整えたり、曲の合間を 調整したり、

国際標準レコーディングコード(ISRC)などの情報を、

電子的に記録して、商品として、安全であるという

チェックをすることなどの作業をいう。


「Runaway girl (逃亡する少女)は・・・、

ギターとピアノの、

ソロのフレーズ(楽曲の、旋律の ひと区切り)が、

すごっく、いいよね!

印象が、すごく、甘美というか、ヒットするかもよ!」


どことなく、洗練された 紳士の風格の、

島津悠太が、

G ‐ ガールズのメンバーの全員に、そういって、わらった。


「悠太さんって、のせるのが、上手なんだもの!

でも、わたしたち、悠太さんのおかげで、自信を持って、

ここまで 来れたの かもしれないな」


そういうのは、バンド・リーダーの清原美樹だ。


「ここまで来れたのは、きみたちの強烈な個性のパワーが

あったからだよ。君たちの魅力で、ぼくも楽しかったもの!

きみたちは、ロックンロールの、天使のようだよ」


そういうと、悠太は、やさしく、微笑んだ。


「うわー、うれしいわ!」

「うん、とても、感激しちゃう!」


と、声を大きくして、G ‐ ガールズの、5人の、

菊山香織、大沢詩織、

平沢奈美、清原美樹、

水島麻衣たちは、大歓びする。


「おれも、来年は、アルバムを制作したいと思うので、

そのときは、ぜひ、悠太さんに、お願いしたいです」


美樹のとなりにすわる、松下陽斗が、

島津悠太にそういった。


「陽斗さん、こちらこそ、よろしくお願います!

きっと、コンサートでの録音でも、スタジオ・ライブでも、

どちらにしても、すばらしい出来になりますよ。

ぜひ お任せください!」


「悠太さんのスタジオのレコーディングは、

悠太さんのプロデュースは、もう抜群で、

才能やセンスは、最高なんだけど、

スタッフの、綾香さんや

裕也さんの お仕事も、

熟練というか、

正確で、的確なんですよね」


森川良がそういった。

森川良は、モリカワ・ミュージックの課長で、

このアルバム制作の総指揮を担当している。


「ありがとうございます」と、

スタジオ・エンジニアの山口裕也と、

スタジオ・マネージャーの沢木綾香は、

軽く、頭を下げて礼をする。


「悠太さんや、裕也さん、綾香さんたちのおかげで、

わたしのデビュー・アルバムも、質の高い作品になったのよね。

カバー曲ばかりのアルバムで、評判になるなんて

期待してなかったんですもの。ほんとうにありがとうございます」


そういって、微笑むのは、森川良と交際している

ポップス・シンガーの白石愛美である。

すべて、マライア・キャリーの、歌のカヴァー(cover)という、

デビュー・アルバムが、世間でも、人気となる。

愛美のかわいらしい容姿も、注目される要因であった。


「さあ、気合を入れて、Runaway girl (逃亡する少女)を、

仕上げましょうか!」


島津悠太が、そういうと、

「はーい!」と、G ‐ ガールズのメンバーと、

パーカッションの岡昇はいう。


「岡ちゃん、作品の出来は、

岡ちゃんのパーカッションにかかっているからね!」


そんなこと、岡昇に、森川良がいう。


「えええー!、おれ、責任感じちゃいますよ!

でも、期待に応えられるように、がんばります!」


岡は、ちょっと、緊張して、

素直な少年のようにわらった。


そして、コントロール・ルームを出て、

ロビー(lobby)から、メイン・スタジオへ入った。


コントロール・ルームから、ガラス越しに見える、

50帖の広さのメイン・スタジオに入ると、

さっそく、清原美樹たちは、演奏の準備を始める。


このスタジオの設計・施工は、イギリスの、

ビートルズで有名な、アビーロード・スタジオの

設計者に依頼したものであった。

長時間、スタジオで、仕事をしてもリラックスできる

空間のデザインになっている。


Runaway girl (逃亡する少女)は、16ビートの

アップ・テンポ(up tempo)なバラードである。


イントロ(序奏)は、水島麻衣の

リード・ギターと、大沢詩織の

サイド・ギターで始まる。


水島麻衣の、甘い音色の

ギターが鳴った。


Runaway girl (逃亡する少女) 作詞 大沢詩織

                    作曲 清原美樹


夜明け前 誰かに 追いかけられている 夢を見たの

つかまったりはしないけどね パジャマで 寝ていても

逃げるのは クラス・メイトと 一緒だから だいじょうぶ  

でも 追いかけられるのは こわいから 目がさめる

夢って 現実の 反映しているのかしら?

だって 現実の世界は こわいことや リスクも いっぱい!


こんな朝は ペットと お散歩すれば 気分も爽快

雲は白くて 空も 青く 晴れわたり 風も やさしいわ 

うつくしい自然の中 鳥たちは 群れをつくって 飛んでゆく

うつくしい自然には いつも 危険も いっぱい あるけれど

鳥とか 獣のように 花や 樹のように

無垢な 心で 強く 生きてゆければ いいよね!  


いつも 無垢なものたちと 生きたいよね?

いつも わたしは 逃亡する少女 かもしれないけれど


Would you like to live with pure things always?

(いつも 無垢なものたちと 生きたいよね?)

However I might be a runaway girl always.

(いつも わたしは 逃亡する少女 かもしれないけれど)


≪つづく≫ ーーー 21話 おわり ーーー

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