第17話 世田谷区たまがわ花火大会

2013年、8月の17日の土曜日。

天気もよい、猛暑の、真夏。


森川純は、涼しげな、

紺色の、浴衣に、

スポンジ底の、

雪駄、という姿だった。


約束の、4時まで、まだ20分あった。


小田急電鉄、

成城学園前駅の、

中央改札口の付近、南口側で、

純は、みんなを、待っている。


みんなとは、ほとんどが

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員たちだ。


株式会社・モリカワの関係者や社員とかは、

緑地運動場の、

4人がけのテーブルや、

10人用の大型シートに、集まることになっている。


今年も、華やかな、

大きなイベント(祭典)、

世田谷区の、たまがわ花火大会が、

始まろうとしている。


今年で35回目を迎える、世田谷の夏の風物詩、

たまがわ花火大会は、 区民の憩いの場、

多摩川のほとり、水辺で、

花火という、音と光の芸術を、楽しもうという、

区民、みんなで、盛り上げる、催しであった。


森川純は、花火の打ち上げ地点から、200mほどの、

テーブル席や、大型シート席を、

あわせて、140席、確保した。 


その有料・協賛席・チケットは、

一般販売の6日ほど前に、

世田谷区、在住の人に、

優先販売される。


株式会社・モリカワでは、

森川誠社長の意向で、

会社の関係者、社員や従業員たち、みんなで、

たまがわ花火大会を楽しみながら、

親睦を図ることになった。

森川誠は、この8月で、59歳になった。


5時30分から、都立の深沢高校、

和太鼓部による演奏などの、

ステージ・イベント・オープニング・セレモニー(式典)は、

開始される。


次々に、打ち上げられ、そして、

夜空に、色あざやかに、開花する、

カラフルな、花火や、10号玉の、

グランド・オープン・・・、

花火大会の始まりは、7時からである。


森川純は、母校の早瀬田大学の、

恩師の教授や、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員たちを、

招待していた。

そのための席も、じゅうぶんにあった。


森川純が、みんなと、待ち合わせをしている、

成城学園前駅は、下北沢駅から、

7つ目の駅だった。

新宿の方向とは、逆である。


西口、南口などの、駅入口から、改札口までは、

段差がない。

改札の階と、ホームの階は、

段差があるため、

これを連絡する、

上下のエスカレーターと、

エレベーターが、

各ホームに、1基ずつ、設置されている。

各ホームに、階段は2か所ある。


北口を出れば、並木道や、高級住宅街や、

成城学園、成城大学などの、

静かな、落ちつきの、

風景がひろがる。


3時50分。

森川純は、南口の通路を、

行き来する人々を、

ぼんやり、眺めていた。


中央改札口から、

出てくる、乗客たちの中に、

元気よく、手を振る男たちが、2人いた。


手を振るのは、

クラッシュ・ビートのベーシストの、

ちょっとふっくらタイプの、高田翔太、

ギターリストの、岡林明だった。


その二人のうしろには、

森川純と親しくなった、菊山香織、

岡林明と、仲よくなった、山下尚美、

高田翔太と、急接近中の、森田麻由美の、

早瀬田の2年生が、3人、いる。


先日の、地上200mの、

イタリアン・レストラン・ボーノ(Buono)で、

お祝いをしてもらった、

若々(わかわか)しく、新鮮な、

今年、20歳の彼女たちだ。


女の子は、色も柄も、可愛らしい、

甚平や浴衣が多かった。

男子も、甚平や、浴衣が多い。


森川純は、菊山香織の、飾ったり、

気どったりしない、

ありのままであるような、そんな、自分よりも、明るい性格や、

社交性に、

いつのまにか、心が、温まっているのであった。


岡林明は、山下尚美の、

黙りあっていても、心がひきあうような、

そんな尚美の、女性らしい、好感度に、ひかれた。


高田翔太は、森田麻由美の、

いつも、落ちついていて、

大人の女らしい、

仕草や、言葉や、声に、

『このひとこそが、官能的で、

おれが探していた、女性だ!』と、感動していた。


そんな彼女たちのうしろには、

岡林明の妹の、高校2年、16歳の、香織。


香織の友だちの女子高生が3人。

彼女たち4人は、去年の、たまがわ花火大会にも、

この駅に、集合した、

いつも、仲よしの、4人だった。


「こんにちは!」と、岡林明の妹の香織が、

森川純に、いう。

3人の女子高生も、それぞれが、

「こんにちは!」と元気よく、笑顔でいう。


「香織ちゃんたち、大きくなったね。

オトナの女性って感じになってきたね!

浴衣姿も、最高!

よく似合っているね!」


そういって、純も、ほほえんだ。


「ありがとう!」と、香織たち、4人は、素直に、

無邪気に、わらった。


洋服と、比べて、不便が多い、

浴衣ではあろうが、

真夏の、花火大会とかには、格別な、

風情や魅力がある。


「明兄ちゃんたちって、なんとなく、

去年と、違うよね!

森川純さんも、高田翔太さんも。ね~、みんな」


そういって、岡林香織が、3人の女子高生に、

話を振る。


「そうよね、なんか、明さんも、翔太さんも、純さんも、

しあわせそうな顔しているわ!」

と、女子高生のひとりはいう。


「きっと、すてきな、彼女ができたからよね!」


岡林香織が、そういう。


「正解!鋭い、観察力!」


と、わざと、困ったような、顔で、森川純がいう。


みんなで、大わらいをする。


そんな話をしているうちに、時刻は3時近くになって、

次々と、みんなが、中央改札口からやってくる。


流行なのか、ほとんど、男子も、

女の子も、

カラフルな、浴衣姿で、やってきた。


川口信也が、「よーっ」と、

笑顔で、現れると、

信也に、寄り添うように、

大沢詩織がいる。


清原美樹と、美樹の彼氏の、

松下陽斗もやってきた。


清原美樹の姉の、清原美咲と、

美咲が、交際している、

弁護士の岩田圭吾。


2年生で、今年20歳の、

グレイス・ガールズのギターリスト、

水島麻衣も、

かわいい浴衣姿だった。


その水島麻衣が、急接近して、仲よくなっている、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の幹事長の

矢野拓海。


MFCの会計をしている、岡昇。

その岡と、最近、交際を、

始めたばかりの、

3年生、21歳の、南野美菜。

岡も美菜も、浴衣((ゆかた)だった。


MFCの、副幹事長の、谷村将也。

その谷村と、やはり、交際を始めたばかりの、

南野美穂もやってきた。


南野美穂は、南野美菜の姉である。

今年、23歳で、

キャリア・ガールっぽく、仕事にも熱心な、

会社勤めの、社会人だった。

美穂の浴衣姿も、

人目を引くほど、かわいらしい。


美穂と、美菜は、価値観も

似ている、とても仲のよい、姉妹だ。


谷村将也に、美穂を紹介した、

愛のキューピット役は、

岡昇と、美菜であった。


そんな世話好きな、岡と、先日までは、

デートしたりして、親しそうにしていた、

1年生、今年、19歳の、平沢奈美は、

3年生、6月に、21歳になったばかりの、

上田優斗と、

いま、つきあい、始めていた。

そのふたりも、なかよく、浴衣姿で、現れた。


電車の乗客で、混みあう、

中央改札口から、

小川真央と、

野口翼が、現れた。


ふたり揃って、浴衣姿だった。


早瀬田の1年生だった、秋のころ、

真央は、美樹に、4回、誘われて、やっと、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員になった。


その、MFCで、翼とも、知りあう。

真央は、最初から、翼には、弟のような、

親しみを感じている。


翼の、楽観的で、

適度に、お洒落、

一途で、

熱心な性格が、真央は好きだった。


アコースティック・ギターを、

弾き方の初歩から、

丁寧に教えてくれる、翼だった。


翼が、弾き語り(ひきかたり)で、歌った

スピッツの、『ロビンソン』が、

真央の胸に、

甘く、切なく、響いた。


≪ 誰も 触れない

  二人だけの 国

  君の手を 放さぬように ≫


    (スピッツの『ロビンソン』からの歌詞)


それは、まだ、2013年が始まったばかりの、

冬の終わりころ、

早瀬田の学生会館、B1Fに、いくつもある、

音楽用練習ブースで、

ふたりだけで、練習していたときのことだった。


森隼人と、

山沢美紗も、

ふたり揃って、南口に、やってきた。


プレイボーイと、噂されながらも、

女の子には、人気のある、森隼人。

いま、1番に、仲よくしているのが、

早瀬田の3年生の、山沢美紗だった。


山沢美紗も、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員だ。


森隼人は、自分の趣味の、

好きな海やヨットのことを、

大好きだという、山沢美紗の、そんな好みが、

気に入ってる。

彼女の、しっとりとした肌や、

抱きしめれば、折れそうな、

女性らしい、かよわさや、

どんなときでも、夢見ているような、

純粋さが、好きであった。


予定通り(よていどおり)の、4時には、

そのほかの、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員たちも、

成城学園前駅、

南口に、集まった。


「じゃあ、お時間が来ましたので、

みんなで、花火大会の、二子玉川、

緑地運動場まで、歩きましょう!

時間までに、

ここに来れなかった人は、ひとりでも、無事に

現地には、行けるでしょうから。では出発します!」


そういって、森川純は、菊山香織と、なかよく、

集団の、先頭になって、歩きだす。


そのすぐ、あとを、川口信也と、大沢詩織が、

寄り添うように、歩く。


交通渋滞のためもあって、

花火の実行委員会も、

徒歩を推奨する。


成城学園前駅・南口から、

二子玉川緑地運動場までは、

徒歩で、片道30分から、40分くらいだった。

そんな、

のんびりと歩く、時間も、楽しいものであった。


「今年は、終戦から、68年くらいかな?

東北の震災から、2年と5か月くらいかな?」


森川純が、となりを歩く、川口信也にそういった。


先頭の、順番が、変わっていた。

純と、信也が、先頭になっていた。

そのあとを、

菊山香織と、大沢詩織が、

楽しそうに、ときどき、わらいながら、歩いている。


「急にどうしたの?純ちゃん。はははっ・・・」


「ふと、まじめに、考えちゃうんだ。しんちゃん。はははは」


「でもさぁ。おれたちに、できることなんて、

限界があるって!

今日みたいに、みんなを、誘ってさぁ!

花火を、眺めて、

感動したりしてさぁ!

何か、楽しいこと見つけて、

元気出して、やっていくしか、ないんじゃないのかな?

ストレスが多いもの。社会も日常も仕事も。

きっと、

幸せとか、充実感なんて、

花火みたいな、

一瞬の、ものでさぁ、

だから、

儚いけど、瞬間だけど、

いつも、

楽しいこと探してさ、見つけてさあ、

平凡でもいいから、

そうやっていくしかなんじゃないのかな?純ちゃん」


「・・・いつかは、ゴールに、達するというような、

歩き方ではだめだ。

一歩一歩(いっぽ、いっぽ)が、ゴールであり、

一歩が、一歩としての、

価値を、もたなくてはならない・・・」


「へ~ぇ。いい言葉じゃない、誰がいったの?純ちゃん」


「おれが、作ったの。なんて、うそ。はっはっはは。

あのドイツの文豪、

ゲーテが、

詩人の、エッカーマンに語った言葉だよ。

エッカーマンって、ゲーテに認められた詩人らしいよ。

ゲーテより、43歳も若かったんだ。

エッカーマンの詩って、探したけど、見つからないなあ」


「エッカーマン?!さっきの言葉は、ゲーテがいったのね。

一歩一歩(いっぽ、いっぽ)、

一瞬一瞬(いっしゅん、いっしゅん)が、ゴールかぁ!?

なんんとなく、わかるなあ。

ゲーテも、偉い人だね。純ちゃん・

現代人に、教えを説けるんだから。

今夜は、

ビール、飲んで、花火を見て、楽しくやろう!

かわいい女の子は、いっぱいいるし。はっはは!」


「そうそう、酒はうまいし、

姉ちゃんは、きれいだし!

こんな歌の歌詞、あったっけ?あっはっは!」


純と信也はわらった。


緑地運動場までは、あと15分ほどであった。


「やっぱり、履きなれた、靴じゃないと、

歩きにくいわよね」


清原美樹が、となりを歩く、

松下陽斗に、

そういって、ほほえんだ。


「うん、そうだね。ゆっくり歩いてゆこうよ。

時間はまだ、いっぱい、あるんだから」


そういって、松下陽斗は、腕時計を見ると、

4時20分だった。


5時30分からが、

深沢高校の、

和太鼓部とかの、

ステージ・イベント・オープニング・セレモニーだから、

30分前には、花火大会に、到着できる。


浴衣の、みんなが、履いているのは、

ビーチ・サンダルと同じ素材の、

適度なクッションの、

ポリウレタン底の、下駄や、

草履や、雪駄とかである。


東名高速道路の下を、抜け、3分ほど歩いて、

みんなは、コンビニに立ち寄った。

個々に、好みの、

軽食や、お菓子や、飲み物や、ビールとかを買う。


森川純たち、数人が用意する、

7つもの、携帯用の、ポリエステル製の、

クーラー・ボックスに、それらを入れる。


クーラー・ボックスを、「はい、交替!」と、

ふざけ合いながら、

それを肩にかけて、男たちが歩く。


清原美樹と、

松下陽斗の、うしろには、

姉の、清原美咲と、

岩田圭吾が歩いている。

このふたりも、浴衣であった。


岩田圭吾は、美咲の父の、

清原法律事務所に所属する、弁護士だった。

美咲は、1989年生まれの、24歳になったばかり。

圭吾は、1984年生まれで、29歳であった。


圭吾は、美咲の夢の

弁護士になるという、目標を、

いつも、応援して、励まして、

受験勉強のアドバイスをしてきた。


そして、ある日、

美咲は、圭吾から、

こんな言葉を、打ち明けられたのだった。


「ありのままの、君が好きだから・・・」


清原美咲は、

2012年の、去年、6月から始まった、

短答式試験、

10月に行われた、論文式試験

11月に行われた、口述試験

それら、難関の、

予備試験に、ストレートで、合格する。


そして、美咲は、2013年の今年、

5月に、4日間の日程で、実施された、

司法試験を、受験した。


合格の発表は、今年の9月10日(火)午後4時である。


突然、平沢奈美と、

上田優斗が、

若者らしい、大声で、

わらっているので、

美咲と圭吾は、

うしろを、振り向いた。


優斗が、肩にかけている、

携帯用の、ポリエステル製の、

クーラー・ボックスを、

「頼むから交替してくれ」と、

奈美に、

渡そうとするのだが、

奈美は、「いやだ!」といって、

クーラー・ボックスと、優斗を

押しのけるのだった。

そんなことで、浴衣姿で、

じゃれあっては、

お腹をかかえて、わらいあっている。


奈美も、優斗も、ベース・ギターが、

好きで、バンドでも担当だから、

これまでも、お互いに、

相手に、興味があった。


お互いに、親しくなる、きっかけが、

なかなか、つかめなかったが、

最近、急に、仲よくなれた。


グレイス・ガールズのベーシスト、

平沢奈美は、

1年生、今年の10月で、19歳。


ギター、ベース、ドラムだけの、

スリーピース・バンド、

オプチミズム(optimism)をやっている

ベーシスト、ヴォーカルの、

上田優斗は、

3年生、6月に、21歳になったばかり。


オプチミズムは、楽天主義だから、

ラクテンとか、オプチとか、呼ばれて、

サークル仲間にも、人気もあるバンドであった。


なんとなく、そんな、平沢奈美に、

フラれた感じもしないでもない、

岡昇が、

じゃれあう、平沢奈美と、

上田優斗の、うしろを歩いている。


岡昇は、南野美菜と、

楽しそうに、言葉をかわしあいながら、歩いている。


岡は、いつも、次の行動が早い。

根っから、パーカッションに向いているのせいなのか、

その得意なパーカッションで、学んだ、

さまざまな状況に、すばやく適応する、

器用さなのか、

ピンチを、チャンスに、歌の転調のように、

転換してしまう、妙な、

才能のある、たくましい、若者だった。


岡昇が、今度こそ!と、交際を始めたのが、

早瀬田の3年生、

4月に、21歳になった、南野美菜であった。


なんでも、正直にいってしまう、

癖のある、岡は、

ユーモアのつもりもあって、

「美菜ちゃんの名前、みなみのみな、って、

舌をかみそうだね!」

と、いってしまいそうになるが、

喉まで、出かかったところで、

あわてて、いうことをやめたのだった。


何度もの、女の子との、コミュニケーションの失敗で、

危険の予知というか、危機管理も、

自分で、コントロール、できるようになったらしい。


南野美菜は、自分の才能に、

迷いながらも、

シンガー・ソング・ライターを、目指していた。

岡昇と、話をしていると、

自分にも、まだまだ、才能を開花させることが、

できるかもと、希望や元気がわいてくるのだった。

岡と話していると、楽しくなれる、美菜だった。


岡もまた、美菜の、年上の、

女性らしさ、お色気の、魅力に、

我を忘れることが、しばしばのようだ。


でも、そんな岡を、やさしく、受けとめる、美菜だった。


岡は、今年の12月で、19歳の、

早瀬田の1年生。

美菜は、今年の4月で、21歳になった、

早瀬田の3年生。


そんな、浴衣姿も、お似合いの、

岡と美菜の、

あとを、歩いているのが、

美菜の姉の、南野美穂と、

MFCの副幹事長の谷村将也だった。


つい最近、谷村は、岡から、美穂を紹介されたのだった。

ファミレスのサイゼリアで待ち合わせをして、

将也は、

岡と美菜と美穂に会ってみた。

将也は、美穂を見た、その一瞬で、美穂に、

一目惚れ(ひとめぼれ)をしたといった感じであった。

美穂もまた、一瞬で、

将也の、好意の気持ちを感じとったようだった。


4月で20歳になった、2年生の、

谷村将也と、

12月で、23歳になる、OLの、

南野美穂、

このふたりも、よく似あう、浴衣姿であった。


将也と美穂のうしろを、歩いているのは、

水島麻衣と、矢野拓海だった。


お互いの気持が、

よく通じていて、たいへん仲がよい

証なのだろう、

なんと、仲睦まじく、手をつないで、

歩いている、ふたりであった。

このカップルも、浴衣だった。


水島麻衣は、早瀬田の2年生、

12月が来れば、20歳だった。

矢野拓海は、理工学部の3年生、21歳。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の幹事長でもある。


そんな麻衣と、拓海が、

仲よくなった、きっかけは、

ふと、ふたりが、かわす、会話のたびに、

ふたりとも、

楽器では、ギターが好きで、ギターリストでは、

ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)が好きなこと、

美意識、音楽観が、よく、似ていることであった。


拓海は、出合ったころから、麻衣を、妹のように、

愛おしく、親しみを感じていたが、

幹事長などをしていることもあって、

自分から、特別な行動は、とりにくかったらしい。


麻衣のほうは、性格も明るく、

生まれつきの社交性があって、

拓海に近づく、チャンスを、

なんとなく、いつも、窺っていたようである。


そんな、いくつものカップルが、誕生している、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の、一行は、

雑談したり、

わらったりしながら、40分ほど歩いた。


4時55分ころ。

有料協賛席に、到着した。

花火の打ち上げ地点から、200mくらいの、

二子玉川緑地運動場

の中の、多摩川の水辺である。

華やかな花火の祭典を待つ、

数多くの人で、あふれている。


二子玉川緑地運動場は、緑の芝生におおわれた、

世田谷区民の憩いの広場だった。

サッカーや野球などの、

レクリエーション(娯楽・ごらく)にも、利用されている。


株式会社・モリカワの社長の、森川誠も、

テーブル席で、くつろいでいた。

普段着の、ポロシャツに、チノパンであった。


森川誠の右どなりには、無二の親友で、

会社の顧問・弁護士を、

してもらっていいる、清原美樹の父でもある、

清原和幸がいる。


森川誠の左どなりには、

本部・部長の村上隼人、

そのとなりには、本部・主任の市川真帆がいる。

定員4人の、まるくて、白いテーブルである。


浴衣姿の、市川真帆は、

女性らしい、こまやかさで、

テーブルに、飲み物や、ビールや、軽食とかを、ひろげる。


そのテーブルの、まわりのテーブルには、下北沢の、

モリカワの本部の社員たちが、気ままに、歓談している。


森川純や川口信也たち、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の

部員たちは、

予約してある、定員4人の、まるいテーブルや、

四角いテーブルや、10人用の大型シートに、くつろいだ。


「毎年、こんなふうに、花火を、鑑賞する、催しは、

やっていこうよ。

童心に戻れるようで、楽しいじゃないか。わっはっは」


450mlの、缶ビールに、上機嫌の、森川誠が、

左どなりの、

部長の村上隼人に、そう語って、わらう。


「そうですよね。わかりました。毎年、ここで、楽しみましょう」


人懐っこくて、善良そのものの、わらい顔で、

誠に、返事をする、隼人だった。


「ただ、残念なことなんですが。わたしたちは、土日とか、

休日ですから、

こういう、花火大会にも、出席できるのですけど、

わたしたちの会社のお店は、

ほとんど、土日も、営業をしているのがですよね。

わたしたちの、会社の、

多くの社員のみなさんが、

せっかくの、すてきな、イベントに、参加しづらいというのが、

申しわけ無い、気がしてしまうのですよね」


「そのとおりだな。隼人さん。その点は、

また、みんなで、いい、打開策を見つけよう」


「はい」


「会社を経営していると、問題が、いろいろあるよ。

ねえ、和ちゃん。

そうそう、美咲ちゃんも、ストレートで、

司法試験に、合格できそうですよね。

さすが、和ちゃんちのお嬢さまだ!

大変に、おめでたいことですよね!」


「結果が出るまで、わかりませんけどね。

ありがとうございます、誠ちゃん。

何事にも、

運がありますから、

みなさんには、感謝することばかりですよ。はっはっは」


そういって、陽気に、わらう、清原和幸。

和幸は、12月で、59歳に、

誠は(まこと)は、8月に、59歳になったばかりだった。


「真帆さんは、いつお会いしても、本当に、

お美しい。

きょうの、浴衣姿も、見とれてしまいます。

先日は、松下陽斗さんの、

ピアノ・リサイタルで、お会いできましたね。

村上隼人さんと、ご一緒で・・・。

お二人は、

また、美男と美女で、本当に、お似合いのカップルだ」


ビールに酔って、リラックスしているのか、

どちらかといえば無口な、和幸が、

真帆にそんな話をする。


「ありがとうございます。でも、わたしなんて。

清原さまの、お嬢さまたちのほうが、

わたしなんかより、

かわいらしいし、きれいだと思いますわ。

松下陽斗さんの、

ショパンの名曲の数々は、

情熱的な演奏で、すっかり、わたしも、酔いしれましたわ。

松下陽斗さんは、

やっぱり、評判どおりの、天才的な人だと思います!」


「陽斗さんも、何かの縁で、

うちの、美樹と、おつきあい、してくれていて、

いつまでも、仲よくしていってくれると、いいんだけど。はっはは」


「だいじょうですよ。お父さま。

美樹さんと、陽斗さんですもの」


そういって、心の穢れが、1つもないような、澄んだ、

瞳で、ほほえむ、市川真帆だった。


和幸の、右隣にいる、

本部・主任の市川真帆は、

華やかな、色合いと柄の、浴衣姿であった。


本部・部長の村上隼人も、

市川真帆の浴衣に、

合わせたような、甚平の格好だった。


今年の4月で、25歳になった、市川真帆は、

今年の10月で、32歳になる、村上隼人と、

知らず知らずのうちに、

恋仲になってしまっていた。


どちらかが、愛の告白をしたというものでもなく、

お互いに、

仕事のことで、頼みごとをすることがあったり、

質問をし合ったり、

簡単な議論をすることもあったりと、

そのような日々の、オフィス(会社)のなかで、

知らず知らずのうちに、

愛を、確かめ、合っていたのだった。


5時30分になった。天気も、夏らしく、暑い。


都立の深沢高校の、

和太鼓部の演奏が、

大空や、会場の芝生の運動場に

「ドドドドーン!ダダダダダッ!」と

大反響する。


オープニング・セレモニー(式典)は、

開始された。


森川純の兄の、森川良と、

ポップス・シンガーの白石愛美が、

定員4人の、まるいテーブルで、

オープニング・セレモニーに、すっかり、見入っている。


白石愛美は、今年の4月で、20歳。

雑誌やテレビなどのマスコミで、日本の、マライア・キャリー

といわれているほど、

知名度も、急上昇中だった。


その、抜群の、歌唱力や、歌声を持つ、

白石愛美を

見つけて、育ててきたのは、

モリカワ・ミュージック・課長をしている、

森川良といえるかもしれない。


モリカワ・ミュージックでは、デモテープや、ライブハウスなどで、

日々(ひび)、新人の発掘に、力を入れている。


ポップス・シンガーの白石愛美や、

ピアニスト・松下陽斗は、

モリカワの全店と、モリカワ・ミュージックが、

全面的支援している、

有望な、新人・アーチストだった。


森川良に、はじめて、会ったときは、

髪も、

ぼさぼさで、あまり、ぱっとしない、第一印象

だけしか、

頭の中に残らない、白石愛美であった。


白石愛美が、森川良に、

頼もしさや、男らしさや、

特別な愛情を抱くようになるまでは、

時間はかからなかった。


いまでは、ふたりは、同じ目標に向かって、

燃えている、同志であり、

仕事にも、恋にも、激しく、燃えている、

最愛の、

恋人同士であった。


「花火って、一瞬だから、儚くって、

考えていると、哀しくなるくらいだわ。

でも、儚くって、一瞬だから、

美しいのかしら?」


白石愛美は、キラキラと、

瞳を、輝かせて、

微笑むと、

森川良に、

そんな問いかけをする。


「美しいものは、一瞬だろうし、永遠なんだろう、きっと。

こういう、深遠なことは、

論理的に考えてたりするのは、バカな話さ。

詩的に、感覚的に、

解決する問題さ。

空があるように、地面があるように。

夜があるように、朝が来るように。

だから、一瞬もあるし、永遠もあるってね。

愛美ちゃんの、美しい歌声を、

何度も、永遠のように、

再現できて、楽しめるなんていうのは、

よく考えたら、

奇跡的なことなんじゃないかな!?

おれ、そんなことに、すっげえ、幸福、感じるよ。

あっはっはは」


森川良は、そういいながら、

やさしい声で、わらった。

そして、白石愛美の手を、握った。


「ありがとう。良ちゃん。わたし、いまの言葉、

とても、うれしい・・・」


言葉に詰まった、

白石愛美の頬に、

きれいな、涙が、ひかった。


夜の7時。

グランドオープン・・・の、開始だった。


ドーン、ドーン、ドーン!

バチ、バチ、バチ!


花火の、オープニングを飾る、

連発仕掛花火の、

スター・マインが打ち上がった。


何十発もの、花火玉が、

テンポもよく、つぎつぎと、

打ち上げられて、夜空に、色あざやかに、

花が咲いては、消えていく。


夜の7時55分。

グランド・フィナーレ(最後の幕)の、

クライマックス、最高潮。


都内でも、屈指の規模を誇る、

8号の花火玉の、100連発が、

次々と、打ち上げられる。


時が、止まったように、夜空が、

大輪の花たちで、明るく染まる。


連発仕掛花火の、

スターマインが、打ち上がって、

金色や銀色に、キラキラと、光輝く。


滝の流れのような、空中の、

ナイアガラが、

夜空に、出現する。


夜の8時には、およそ、6500発の花火が、すべて全部、

打ち上げられて、全プログラムは終了した。


≪つづく≫ 

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