第14話 美樹と詩織のテネシー・ワルツ

物語は、遡(さかのぼ)ること、

6月10日の月曜日の正午ころ。


早瀬田大学の戸山キャンパスの、

戸山カフェテリア、通称、文カフェ、で、

清原美樹と、美樹の親友の小川真央、

美樹のバンド仲間の、菊山香織の3人は、

白い四角のテーブルに、ついていた。


美樹たちの音楽サークルの部室もある、

学生会館から、東に、100メートルくらいの、

38号館、1階にある、戸山カフェテリアは、

おしゃれな雰囲気で、

活気のある、学生たちにあふれていた。


その店の、入り口前の、スペース(空間)は、

高い天井までが、

四角い、大きな白い窓枠の、

ガラス張りになっている。

ほどよい、明るい日が、差しこんでいた。


休憩するのには、のびのび、ゆったりとできる、

まさに、開放的な空間であった。


「あと、5分くらいで、奈美ちゃんが、詩織ちゃんを連れてくるわよ」


大学2年の、菊山香織は、ケータイで、

大学1年の平沢奈美と、話し終ると、

微笑みながら、そういった。


清原美樹と小川真央も、笑顔になった。


詩織とは、1年生の大沢詩織のことで、

エレキ・ギターも、歌も、上手で、

作詞作曲もするという、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)でも、話題の女の子だった。


「よかった、詩織ちゃんが、ここに、来てくれるということは、

もう、わたしたちのバンドに入ってくれるっていうことよね」


そういうと、美樹の瞳は、輝いた。


「わたしの、素直な感想をいえば、

キーボードの美樹ちゃんでしょう、

ドラムスの香織ちゃんでしょう、

ベースの奈美ちゃんでしょう。

いまの3人は、かなりな、ハイ・レベルな、

メンバーだと思うわ。

ここだけの話だけど、

いまの、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の中でも、

指折りの実力のある、バンドが誕生すると信じているの。

それも、女の子だけのバンドでしょう。

みんなも注目よね。

そんなこと、詩織ちゃんもわかっているはずだから、

きっと、そんな女の子だけのバンドっていいなと、

以前から、考えたことがあるはずだわ。

そのきっかけが、つかめないだけで」


そういって、学生とは思えない、オトナっぽい色っぽさで、

いたずらっぽく、小川真央は、わらった。


真央は、美樹と同じ、下北沢に住んでいる、

幼馴染みだった。


美樹と真央は、小学校、中学校は同じで、

高校は違っていたが、

また、大学では同じという、かけがえのない、

無二の親友であった。


真央は、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員だった。


「ダンスやカラオケくらいは大好きだけど、

本格的な音楽活動となると、どうも~?」


といった感じで、美樹の強引な誘いが、3度もあっても、

断り続けていた。


しかし、4度目に誘われて、真央も部員になったのだった。


いまでは、真央も、ギターの弾き語りくらいはできるようになっている。

真央は、声量はそれほどないが、色っぽい美声をしている。


「真央ちゃん、うれしいわ。励ましてくれてるのね」


といって、真央の話を、素直に受けとめる、美樹だった。


うふふっ・・・。

3人は、微笑みあいながら、ソフトドリンクの、

はちみつレモンの、カラフルなストローに、口をつけた。


この、38号館の、1階にある、戸山カフェテリアは、

アラカルト方式で、客が自由に選んで、注文できる、

1品料理の学生食堂であった。


それぞれの料理は、ボリューム(分量)や栄養バランスが、

よく考えられていて、評判もなかなかだった。


おすすめ企画や、定番メニュー、サラダバーなどから、

好きなメニューを選んで、食べることができる。


主なメニューは、麺、パスタ、丼もの各種、

お惣菜、

サラダバー、ケーキ、お菓子、ドーナツ類、ドリンクなど。


スペインでは、朝食の定番といわれる、

油で揚げた、甘くて、おいしい、

焼きチュロスも、人気であった。


イギリス的な、喫茶・習慣、

アフタヌーン・ティーのために、といった感じの

おしゃれなケーキ・スタンドが、人目を引く。


定価210円の、ゴマと豆乳のモンブランとかの、

おいしそうなケーキがたくさん、陳列されている。


「美樹ちゃん、さあ。ちょっと、気になるんだけど、

詩織ちゃんのことで。

彼女、信ちゃんと、おつきあいを始めたらしいわよね」


そういって、少し、心配そうな表情で、

真央は、美樹の様子を、窺った。


「うん、そう、みたいね」

と、美樹は、全然平気な様子だ。


「つい、この前の、土曜日に、詩織ちゃんと、信ちゃん、

それと、岡くんの、3人で、

フレンチ・レストランや、ライブ・レストラン・ビートに

行ったんですってね。

そのライブ、松下陽斗さんと、

白石愛美さんとのコラボだったでしょう!

わたしは、美樹ちゃんに誘われたけど、

用事があっていけなかったけど。

行きたかったなあ!」


「詩織ちゃんと、信ちゃんのことなら、

わたしは、おふたりが、うまくいくことを祈っているわ。

わたしには、いまは、

松下陽斗さん(まつしたはると)がいるんだもの。

信ちゃんとは、

わたしも、おつきあいさせていただいていたけど、

ふたりだけで、会って、

はっきりと、いつまでも、お友だちでいてくださいって、

お話ししたんだもの。わたし、つい、泣いちゃったけどね」


「やあー、みなさん、おまたせしました!」


と、ふいに、元気な明るい、男の声が聞こえた。


いつもの、憎めない笑顔の、

大学1年の、岡昇、

同じく、1年の、平沢奈美と、

1年の、大沢詩織の、3人が立っていた。


「あれー?岡くんも、いっしょだったの?

あなたって、ほんと、意外性のある、おもしろい人ね!


ちょっと、あきれたような顔をして、岡を見ると、

菊山香織が、かわいい、笑顔で、そういった。


「詩織ちゃん、来てくれて、ほんとに、ありがとう。

どうぞ、ここに、お座りください」


そういって、美樹は自分の隣の椅子を、

大沢詩織に勧めた。


「はーい」と、大沢詩織は、少し恐縮しながらも、

満面の、輝くような笑みで、

美樹のとなりに着席した。


「わたしね、詩織ちゃんが、この女の子だけのバンドに、

参加してくれたなら、バンド名を、グレイス・フォー

(GRACE・4)って、いいかなって、考えているのよ。

詩織ちゃん、抜群にかわいいし」

と、親しげに、美樹は、話す。


「そんなことないですよ。わたしより、美樹さんのほうが、

すてきです。香織さんも、すてきですし、奈美ちゃんも、

わたしなんかより、かわいいですよ」

といって、詩織は、照れた。


「じゃあ、わたしたち、みんな、かわいいってことにしましょう。

グレイスって、優雅とか、神の恵みとかの意味ですから、

優美な、4人っていう、バンド名なんです・・・」


美樹は、詩織に、気持ちをこめて、そういった。


「すてきなバンド名だと思います!

ぜひ、仲間に入れてください。

美樹さん、香織さん、奈美さん、真央さん、岡くん」


大沢詩織は、みんなに、ていねいな、お辞儀をした。


「詩織ちゃん、ありがとう。感謝するのは、

わたしたちのほうよ。これからは、ずーっと、いつまでも、

よろしくお願いしますね。

あ~、よかったわ、詩織ちゃんが、バンドに入ってくれて!」


よほど、相性も、良いのだろう、

みんなも驚くほど、

親友のように、なってゆく、美樹と詩織であった。


「でもさあ、岡くんてさあ、なんで、いつも、詩織ちゃんと、

一緒なことが多いのかしら?」


菊山香織が、岡に、そう聞いた。


「それはですね。詩織ちゃんとは、お話ししていて、

楽しいからです」


といって、ちょっと、口ごもって、いうのをためらう、

岡昇であった。


「はあ、岡くん、それって、詩織ちゃんのことが・・・」


そういって、菊山香織も、言葉を止める。


詩織ちゃんには、何かと、癒されるんですよ。

そっれで、知らず知らずのうちに、

詩織さんと親しくなってゆくんですよ」


なぜか、岡は、そういって、顔を紅らめた。


「なーんだ、それって、岡くん、詩織ちゃんのことが、

好きだってことじゃないの!?」と香織。


「ピンポーン!正解です。けど、これは、

おれの叶わない恋だったということなんです」


と、岡は、気持ちを切り替えたように、声を大きくした。


「おれ、詩織ちゃんに、おれの気持ちを、

告ったのですけど。

見事に、フラれちゃったのです。

逆に、わたしのこと、ほんとに、好きならば、

わたしに、川口信也さんを紹介してくれないかな?

って、詩織ちゃんには、頼まれちゃいました。

それで、おれは、愛のキューピットの役を、

引き受けたんですけどね。

詩織ちゃん、信也さんと、うまくいっているようですし、

おれとしては、つらいところもあるんでしょうけど、

これって、しょうがないことですよね!」


そういって、岡は、みんなに同意を求めるから、

みんなは、うんうん、と、うなずいたりする。


だから、おれは、男らしく、身を引きながら、

詩織ちゃんのしあわせを、

いまも、願っているわけなんですよ」


岡は、うつむき加減に、言葉を確かめるようにして、

そんな話を、締めくくった。


「岡くん、偉いわ。男らしいわよ」


菊山香織は、隣にいる岡の左肩を、

励ましをこめて、軽く、さすった。


「岡くんは、立派だと思うわ」と、美樹もいう。


「岡くんは、いまに、詩織ちゃんみたいな、

かわいい彼女が、絶対に現れるわよ!」


岡と、同じ1年の、ベースギターの、平沢奈美も、

そういって、励ました。


「いろいろなことがあるものよね、人生には。

特に、男女関係になると・・・。

詩織ちゃんも、岡くんとも、いつまでも、

仲よくしてあっげてね!

ところで・・・、

詩織ちゃんの、好きな、ミュージシャンや歌とかがあれば、

少し、そんなお話を、お聞きしたいなあ」


と美樹は、いって、うまく、話題を変えようとした。


「はーい、美樹さん。なんでも、聞いてくださいね。

わたしは、どうも、アメリカのカントリー系の、

ミュージシャンが好きなようなんです。

AKB48やNMB48なんかも、けっこう、好きなんですけどね。

カーリー・レイ・ジェプセンや、

テイラー・スウィフトのような、

シンガー・ソング・ライターになれてらいいなって思ったりします。

あと好きな、ミュージシャンは、ノラ・ジョーンズかな。

特に、彼女の歌う、テネシー・ワルツには、

何とも、いい表せないような、魅力を感じます」


「あら、そうなんだ。わたしも、ノラ・ジョーンズの、

テネシー・ワルツが大好きなのよ。

彼女の歌って、なんというのかしら、

デジタル音楽では表現できないような、

人間らしい、温かみとでもいうのかしら、

そんな良さがあって、

何か、そんな不思議な魅力で、人の心に届くのよね。

失恋ソングでもあるのに、

テネシー州の州歌のひとつになっているんだから、

いい歌って、生命力があるのかしら、不思議ね!」


「そうなんですよね!あの、ちょっと、スローで、流れるような、

3拍子がいいいですよね」と詩織。


「I remember the night っていう、サビのあたりの、

コード進行っていうのかしら、

何度、聴いても、飽きないし、感動するのよね。

もし、お時間がみんなにあるんでしたら、

いまからでも、学生会館で、

テネシー・ワルツを、やってみたいわよね?!」と美樹。


「ええ、よろこんで。わたし、きょうは、時間があります」

と詩織。


「じゃあ、学生会館に行って、テネシー・ワルツやりましょう。

楽器はそろっているし。

ぼくは、パーカッションでも、ブルース・ハープでも、

ギターでも、何でもやりますから」


そんなこといって、岡も、元気でノリノリだった。


「じゃあ、岡には、ギターやりながら、

パーカッションやってもらって、間奏に、

しぶい、ブルース・ハープを吹いてもらえるかな?」

美樹。


「マジっすか?!」と、本気で、あせる、岡昇だった。


そんな、真に受ける、岡に、

みんなは、声を出してわらった。


「わたし、ユーチューブで公開されている、

ノラ・ジョーンズと、ボニー・レイットのような、

テネシー・ワルツを、

わたし、やってみたかったんです」


わらいがおさまると、大沢詩織がいった。


その動画は、ノラ・ジョーンズと、ロック・ギタリスト、

シンガーの、ボニー・レイットとで、

テネシー・ワルツを歌った、コラボ(共演)であった。


「あの動画ね。わたしも、お気に入りに入れている」

と、菊山香織。


「ノラ・ジョーンズって、テネシー・ワルツを聴きながら、

育ったって、NHKのSONGSで、語ってた」

と、平沢奈美。


「それじゃあ、大沢詩織さんの、バンド加入の、

お祝いということで、みんなで、テネシー・ワルツを、

演奏したりして、楽しむことにしましょう!」


と、美樹がいうと、みんなは、

「賛成!」とかいって、笑顔になった。


---


テネシー・ワルツ ( Tennessee Waltz )


テネシー・ワルツを、きいて、恋人と踊っていたら、

むかしの、女友達に、偶然に、会った。


その友だちを、わたしの恋人に紹介したら、

その二人は、踊りはじめたの。


そのうち、友だちは、恋人を、私から、奪っていった・・・。


そんな、あの夜と、そんなテネシー・ワルツが、忘れられない。


本当に、大切なひとを、失ってしまった・・・。


大好きな、恋人を失った夜、聴こえていたのは、

美しい、テネシー・ワルツだった・・・。


≪つづく≫ 

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