第11話 ミュージック・ファン・クラブ

東京都新宿区の戸山にある、

早瀬田大学の戸山キャンパスには、

多くの学生で、いつも賑わう、学生会館があった。


学生会館は、東棟が11階、西棟は

6階という、大きな建物である。

東棟には、学生たちのサークルの部屋が数多くあった。

西棟には、休憩したり、寛いだりできる、

ラウンジ・スペースも、2階や3階や4階に充実している。

大きな1枚ガラスからは、四季の折々(しきのおりおり)、

緑の生い茂る樹木、

学生が行きかう、ひろいキャンパス(校庭)も見える。


6月28日、金曜日の午後の3時半ころ。

西棟の2階にある、大ラウンジには、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員が

集まりはじめていた。


大ラウンジには、コンビニエンス・ストアのセブンイレブンもあった。

食べ物、雑誌、文房具、生活用品、ATMも完備している。

予約の弁当の受付、配達もおこなっている。

その西棟の、3階には、ファーストフードのモスバーガーもあった。


ミュージック・ファン・クラブ(MFC)では、

ポップ・ミュージック、ロックやブルース、ソウル、ファンク、

ゴスペルなどまで、幅広いジャンルを、自由に楽しんでる。


毎回のライブごとに、気のあう人と、バンドを組んだり、

あらたなメンバーを集めたりする、

フリーバンド制のサークルであった。


現在の部員数は、男子30人、女子38人、あわせて68人。

女子が、38人もいるのには、わけもあった。

コーラスで歌うのが好きだからとか、

ダンスが好きだからとか、ひいきの応援が好きだからとか、

そんな、女子部員も多いからだ。

音楽を愛することに変わりはないわけで、MFCでは、大歓迎であった。


ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の、

スケジュール(予定)やイベント(行事)などの打ち合わせを、

サークルの部室でしていた、

サークル幹部の幹事長、大学3年の矢野拓海(たくみ)、

1年の岡昇(のぼる)、2年の谷村将也(しょうや)の3人が、

MFCのみんなが集まっている、大ラウンジにやってきた。

MFCの部室は、E1107、東棟の11階にあった。


「サザンオールスターズ・祭りは、8月。

恒例の、前期定例ライブは、7月。

相乗効果っていうのかな、

みんな、いつもよりのっているよね!」

といって、幹事長の矢野拓海がわらった。


MFCでは、急遽、サザンのナンバーだけを集めた、

『サザンオールスターズ・祭り』と名づけた、特別ライブを、

8月24日(土)に、下北沢のライブ・レストラン・ビートで

行うことになった。

OB(卒業生)の森川純たち、クラッシュ・ビートとのコラボ(共演)だった。


サザンオールスターズの活動再開ニュースには、

MFCの部員たちも、よろこんでいた。

1階フロア、2階フロア、あわせて、280席という、

ライブ・レストラン・ビートで、ライブができることも、

部員にとって、うれしいことであった。


「サザンオールスターズが、突然、活動再開を

発表した、6月25日の次の日に、森川純さんから、

サザン・祭りをやるぞって、

ケータイにメールが入ったんですからね。

話が早いですよね」と、1年生の岡昇が、

幹事長の、大学3年の矢野拓海に話した。


「その純さんのメールだけど。岡のと、おれのと、

まったく同じメールなんだよな。ハハハ」と、いって、

無邪気な子どものように、矢野拓海がわらった。


「おれに来たメールも、みんなと同じだし」と、

2年の、谷村将也(しょうや)もわらった。


「そうなんですか!?・・・3人に、同じメールを送るって、

やばい気もしますけど。手抜きのようで」と岡。


「いや、3人に同じメールというのは、いいんじゃないの?

2人じゃ。まずいと思うけど」

と、幹事長の矢野拓海(たくみ)といって、また声を出してわらった。


「そういうものなんですかね」と、岡。


「男女のつきあいでも、二股かけるって、

ばれた場合、やばいじゃん。

だまされたと思えば、くやしいし、傷つくし。

でも、それが、三股、四股となれば、

ばれたときも、あきれちゃって、笑い話になっちゃうんじゃないかな?

たぶん、ユーモアになっちゃうのさ。たぶん。メールもそんなもんだよ」


矢野拓海が、真面目になって、そういうものだから、

岡と谷村将也は、目を合わせて、

「拓ちゃんのいうことは、ときどき、奇抜というか、独特というか。

まあ、拓ちゃんなら、五股くらい、経験ありそうだな」

と、谷村がいって、声を出してわらった。


「拓さんなら、七股くらいやれる気もしますけど」

と、岡もいう。


「おれの理想は、12股さ」と矢野拓海。


「また(股)、またァ。12股ですか!すげえ!

矢野さんは、なぜか、モテるからなあ」


岡がそういうと、3人でわらった。


MFCの幹事長の矢野拓海は、ピアノも

ギターもベースもドラムもヴォーカルでも、

かなりなレベル(程度)できた。

その器用さと、その独特のユーモアなどで、MFCの部員や、

OBの森川純たち、クラッシュビートのメンバーからも、

信頼があって、慕われている。

特定の彼女はいないが、ガールフレンドはいっぱいいた。


矢野拓海は、たまたま、録画して、テレビで見た、

トム・ハルスがモーツァルトを演じる、映画のアマデウスに、

頭の中を撹拌、かき回されるような、

感動と衝撃を受けたのだった。


その映画では、モーツァルトが、ロックスターのように

描かれているものだからか、

矢野拓海は、モーツァルトのことを、

ロックやポップスの偉大なパイオニア(先駆者)かとも思った。


そして、モーツァルトの曲を、ユーチューブとかで、

聴き込んでいくうちに、

流行のポップスくらいにしか興味のなかった、

矢野拓海の音楽に対する価値観は

一変していった。


モーツァルトのクラリネット協奏曲・イ長調・K.622、や

ピアノ協奏曲変ホ長調・K.271、などを、

ユーチューブで聴いた、矢野拓海は、

その自由で、自然で、愛に満ちている、

その旋律、その音楽全体に、ふかい感動をおぼえた。


・・・1756年に生まれて、1791年に35歳で、

生涯を閉じた、モーツァルト。

そんな、200年以上も前に生まれた天才が、

おれに、いろいろと語りかけてくる・・・。


矢野拓海は、モーツァルトを聴きながら、

ぼんやりと、人生や芸術について、考えてみることが好きになっていた。


・・・へたなハード・ロックを聴くより、モーツァルトって、

セクシー(色っぽい)な感じ。きっと、脳内を刺激してくるんだ。

むらむら、性欲がわきおこるというか、活力がわいてくるし。

モーツァルトの音楽は、すごい・・・。矢野拓海はそう思った。


「おだてんなって。なにもいいものは出ないよ。でもね、マジメな話。

サザン祭りってことで、純さんから、特別ライブを

やろうって、話が来たことで、サークルのみんなも、

俄然元気になって、目の輝きも違うし、よかったよ!」


そういって、MFCの幹事長の矢野拓海が、

ニコニコして岡と谷村、ふたりの肩をたたいた。


大学1年の岡は、MFCの会計を担当していた。

大学2年の谷村将也は、MFCの副幹事長だ。


公認サークルの設立には、会長としての、専任の教職員が1人と、

学生の責任者としての、幹事長、副幹事長、会計が、各1名、

必須条件であった。


「森川純さんの会社は、どんどん大きくなっていて、

ライブハウスも、全国展開してるよね。

音楽ソフトの、モリカワ・ミュージックは、

新人アーチストの育成や発掘に力を入れているしね。

すごいよね。

このごろの、この就職難、

おれの就職先なんかを考えると、

いざとなれば、頼りになりそうで、なんとなく、

おれの未来も明るい感じになってくるんだけどさ!」


谷村将也が、大きな声で、そういった。

谷村は、MFCでも、1番か2番の、声量の持ち主だった。


その声の大きさに、まわりにいる、MFC

の、女の子や男子の部員たちが、いっせいにふりむく。


どこか、いつも、内気と大胆との、

アンバランスが目立つ、谷村は、

目を大きくして、片手で頭をかきながら、

ぺこっと頭もさげて、愛想わらいをふりまいた。

背の高い、谷村のそんな仕草に、

女子の部員も、男子の部員も、くすくすと、あかるく笑った。


「そうですよね、谷村さん。おれらは、OB(卒業生)に、尊敬できる、

純さんや信也さんたちがいて、ラッキーですよね!」

と岡。

岡の、フォロー(補足)がうまいところは、みんなから好かれた。


「岡ちゃん、おれたちは、なんで、純さんや信也さん、

翔太さん、明たちの、

クラッシュ・ビートのみんなを、尊敬して、信頼しているのかな?」

と幹事長の、3年生、矢野拓海。


「あまり、考えたことないっす、拓(たく)さん」と岡昇。


「クラッシュ・ビートって、みんな、ビートルズが好きで、ビートルズの

コピーばかり、熱心にしていたんだよ。大学1年から4年まで、ずーっと。

もう完璧というくらいに、コピーしちゃってさ。

それをやってきたから、いまでは、プロとしてもやっていける実力の

バンドになっているんだよね。それって、コピーのおかげってもんで。

コピーって、大切だってことなんだよね。

サザンの桑田佳祐さんだって、

すごく、コピーとかで、練習したんだろうね。

じゃあないと、オリジナル(独創的)な作品も作れないんだと思うよ。

クラシックの天才、モーツァルトも、ほかの人の音楽の、

真似つーか、コピーというか、

模倣というか、得意だったらしいんだ。

やっぱり、模倣や、コピーこそが、

オリジナル(独創的)への道って、ことなのかなあ。

天才は、そんな、芸術創造の秘密を教えてくれている気がするよ。

クラッシュ・ビートも、おれにそんなことを教えてくれたんだよ」


と、矢野拓海が、言葉をとぎれとぎれにいうと、

「なるほど、さすが、拓ちゃんだ」と、副幹事長の

大学2年の谷村将也が、

「ほんと、すごいです、拓さん」と、大学1年、会計担当の

岡昇がいって、ふたりは、マジで感心した。


その話を、そばで聞きいている、

大学1年の森隼人(はやと)が、ちょっと早口に、

3人の会話に入り込むように、しゃべりだした。


「まったく、さすがですね、拓海さんの考え方は。

おれなんかも、女の子に、モテたいから、

音楽やっているって感じですよ。岡も、そんなもんだろ。

拓海さんのお話を聞いていると、

おれも、考え直さないといけない思えてきます」


「男なんて、ふつう、そんなもんだよ、森ちゃん」と岡がいった。


「みんな、女の子にモテたいのが、本心だよ。森ちゃん」

と谷村も、自己卑下ぎみに語る、森を、かばった。


「やっぱり、そんなものでしょうか?

でも、それ聞いて、安心しました。

それにしても、拓海さんのお話はいつも深いですよね。

ぼくは、いつも勉強になりますよ。

さすが、僕らのサークルの幹事長ですよ。

理工学部の先輩としても、いつも尊敬しています」と、森隼人。


「森ちゃんは、優秀だから、ぼくが、いろいろと、刺激を受けるくらいだよ」

と矢野拓海。


「拓さんに、褒めていただけたようで、うれしいです。

拓さん、女の子とのつきあいって、むずかしいですよね。

ぼくには、どんなふうに、つきあったらいいのか、いまもわからないです。

男は女とつきあうことで、成長するとか、いいますけど、

たしかに、女の子には苦労しますよね、だから成長できるのかも」

といって、森隼人は、

矢野拓海たちに、照れるようにわらった。


「それにしても、MFCには、

女の子がたくさんいますよね。

早瀬田の中の、かわいい子ばかりが、

集まっている気がします。

おれって、女の子には、いつも、奥手なんですけど、

このサークルで、知り合った女の子たちで、

すてきだな思うのは、あのへんの子たち。

いつも笑顔がかわいい、児島かおるさんとか。

長い髪がチャーミング(魅惑的)な、和田彩加(さやか)さん。

あと、あそこの、ミニスカートが抜群、足のきれいな、

桜井あかねさん。

彼女のとなりにいる、おんなっぽい、森田麻由美さん。

あと、あそこにいる、

杉田由紀さん、山下尚美(なおみ)さん

男心をくすぐる、何かを持ってますよね、彼女たちはみんな・・・」

と、森隼人(はやと)は、好きなように、しゃべりまくった。


おいおい、そんなことまで、聞いてないって、森ちゃん。

と、岡は心のなかで思った。


矢野拓海も、谷村将也も、

おたがいに、顔を見合わせて、困ったように、わらった。


戸山キャンパスの西隣、

西早瀬田キャンパスの、理工学部で学んでいる、

森隼人は、コンピュータやデジタル技術に詳しく、

自分の部屋にあるデジタル機器を使って、

音楽の編集やアレンジ(編曲)をすることが好きであった。

そのうえ、森隼人には、家柄のいいような、

気品もどことなくあって、容姿も整っているから、

サークルの女子の部員にも、ほかの女子学生にも、人気があった。


森隼人は、中田ヤスタカ、が好きだった。

パフューム(Perfume)や、きゃりーぱみゅぱみゅの歌の、

プロデューサー(製作責任者)の、中田ヤスタカは、

楽曲制作のほとんど、すべてを、

ソフトウェア音源で行っていて、

森隼人もそんな音楽制作に深く共感している。


「ところでさ、おれにはどうも、わからないんだけど。

あそこにいる、ふたり、大沢詩織ちゃんと、

清原美樹ちゃんなんだけど。

最近、女の子たちだけ、4人で、ロックバンド組みましたよね。

バンドの名前、グレイス・フォー(GRACE・4)っていって、

美女4人に、ふさわしい、いい名前だと、ぼくも思うけど。

グレイスって、優美とか、神の恵みとかですからね」

といって、森隼人は、声を出してわらった。


森の話に聞き入っている、みんなは、それでどうしたの?

という、興味津々(きょうみしんしん)って顔をした。


「それって、なんか、おれには、信じられないんですよ。

だって、美樹ちゃんは、川口信也さん

と、つきあっていたんですよね。

でも、いまは、詩織ちゃんが、

川口さんと、つきあっているっていうのが、事実ですよね。

ひとりの男性をめぐって、美樹ちゃん、詩織ちゃんは、

気まずくなっているんだろうな?と思ちゃうんですよ、ぼくなんか。

ところが、美樹ちゃんと詩織ちゃん、ふたりとも、

前より、親しくなっちゃって、仲いいじゃないですか!?」


理工学部1年、19歳の、森隼人が、小声で、

同じく、理工学部3年で、21歳の、サークルの幹事長の矢野拓海、

商学部2年、20歳の、谷村将也、

商学部1年、19歳の、岡昇の3人に、

そんなふうに、問いかけた。


「あ、それなら、こういうことなんです。

美樹ちゃんには、もともと、好きな彼氏がいました。

若手ピアニストとして、世間でも注目されている、

松下陽斗さんなんですけどね。

いまはその人と、うまく、いっているんです。

詩織ちゃんは、つい最近ですが、

川口さんと、うまく、いっているところなんです。

そこのところが、うまい具合に、

三角関係にもならずに、ぎりぎりでセーフ(安全)だったんです。

というわけで、美樹ちゃんと詩織ちゃんは、

川口信也をめぐって、

トラブルにはならなかったわけです。

人生って、運命のいたずらで、紙一重の差で、

うまくいったり、うまくいかなかったりで、おもしろかったり、

恐ろしかったりですよね。

まあ、彼女たち、運命の女神にも見守られて、

いまは、とても仲がいいって、ところでしょうか。きっと」


岡昇は、そういって、

美樹ちゃんたちのことなら、おれに、まかしといてといいたげに、

得意げに、にほほえんだ。


岡の話し方が、巧みというか、おもしろいので、みんなはわらった。


「さあ、みなさん、そろそろ、4時です。

前期定例ライブとサザン祭りの、

練習を、楽しみましょう!」


腕時計を見て、立ち上がった、MFCの幹事長の

矢野拓海が、みんなにそういった。


「はーい」と、女子部員たちの、かわいい声があがった。

「よっしゃ」とか、男子部員の、ふとい声もあがった。


ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員、全員ではないが、

男子28人、女子30人、あわせて58人は、

愛用のギターなどの楽器を、それぞれに持って、

この西棟の、B1F(地下1階)へむかった。


B1Fには、音楽公演用練習室、音楽用練習室、

いくつもの音楽用練習ブース、ピアノが10台、

それに、ドラムもあった。シャワー室も完備してある。


「岡くん、さっき、わたしたちのこと、

話していたでしょ。森隼人くんたちと!」


B1F(地下1階)へむかう途中、

そういって、岡昇に、清原美樹と、

大沢詩織のふたりが、話しかけてきた。


「ああ、さっきね。勘がいいな。おふたりさん」


一瞬、ドキっとして、岡は、ふたりを見て、わらった。


「美樹ちゃんと詩織ちゃんが、姉妹のように、

仲がいいから、みんなで,やきもち焼いていたんだ」


「うそよ、岡くん。わたしたちって、変わってるよな、

くらいのこと、いっていたんじゃないの」と美樹。


「そうよね。まあ、いいけど。美樹ちゃんと、

わたしが、仲がいいのは、音楽とか芸術とかアートとかを、

なによりも、愛して、大切に思っているからなのよね!」

と詩織。


「俗な世間的なのことは、すべて超越するようにして。

わたしたちは、芸術的に、生きたいのよ。それも健康的にね。

そうそう、その必然性として、わたしたち、仲がいいんだよね」

と美樹。


「なーんだ、そういう必然性だったならば、おれも、

美樹ちゃん、詩織ちゃんと、仲よくできるね!」と岡がいう。


「いいわよ、岡ちゃんなら、仲よくしてあげるわ」と美樹。


「いいわよ、岡くん」と詩織。


岡と美樹と詩織は、目を合わせて、愉快そうに、ほほえんで、

3人は、固い、握手をかわしあった。


≪つづく≫


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