第3話 駄女神とは挑戦する心があるかどうか、なのだ!
マシートを出発したミランは4時間後の隣町のネツサに到着した。
本来ならミランの足であれば、3時間もあれば余裕で着く距離なのだが、ティカが花畑を見つければフラフラと木箱を飛ばして向かうのを止めたり、木の実を見つければ木箱の中で取ろうと手を伸ばして取れなくて騒いだり大変であった。
余談だが、どうやら木箱はミランとティカが立ってる状態で目線を合わせるのが精一杯のようだ。
その中でも一番足を止められた事件は子連れの野犬に遭遇した時だろうか?
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街道を歩き始めて1時間ぐらい経った頃であろうか? 草むらから姿を現したのは、3匹の子犬を連れた野犬であった。
生まれて1カ月ぐらいで、やっと歩き出した程度の子犬を連れた、おそらく母犬とはいえ、相手にリホウとシュンランが居た為、迷わず、お腹を見せて服従のポーズを取った。
それを見たティカは木箱を地面に降ろし、木箱から出ようとするが、短い足で一生懸命地面を探すようにしている。徐々に身を乗り出して足を振り子のように揺らしてた為、コロン、と転がるように引っ繰り返り地面に後頭部から落ちる。
「頭が割れるように痛いのだぁ!!」
そう叫ぶと、全開で泣き始め、後頭部を両手で押さえようとするが明らかに患部に手が届いていない。
更に癇癪を起して、地面をゴロゴロと転がり始める。
それを見ていたリホウは無関係を装うように明後日に視線を向け、シュンランはしょうがないな、とばかりに主人であるミランを見上げる。
シュンランと同じように、しょうがないな、という顔をしながら、ティカの横に行きしゃがみ込むとティカはミランのお腹に飛び付き、短い手足でガシッと抱きつく。
勿論、手足は廻し切れていない。
「ううっ、うわあ――ん!!!」
「うんうん、痛かったね? よしよし」
どうして、小さい子というのは人に抱きつくと一旦泣きやむのに1からスタートさせるように泣き始めるのだろうとミランは苦笑しながら手拭を2枚取り出す。
まず1枚目を水筒の水で濡らすと、大きなこぶになってる頭部にお風呂に入っている人が頭に載せてるように手拭を置く。
背中の土埃を叩き終えるとポンポンと背中を落ち着くように叩く。
もう1枚の手拭で涙を拭いながら、
「もう大丈夫だからね? チ――ンしような?」
そう言って小さい鼻に手拭を当ててやるとチ――ンするティカ。
ミランの行動でだいぶ落ち着きを取り戻したティカは、木箱から出てやろうとしてた事を思い出したようで、ミランから離れる。
赤い鼻をしながら啜るティカは、母犬に近寄り胸を張る。
「服従するのだ! アタチは女神様なのだ!」
「グゥゥゥ!!」
母犬は牙を剥き出しにして唸り出す。
それを見たティカが脱兎の如く逃げるとミランの足に縋りつく。
「おかしいのだ……あの犬は、リホウ達のようにアタチに服従するはずなのだ」
驚いた顔は、解せぬぅ! と言い出しそうな表情であった。
それを苦笑しながら見つめるミランは、涙目で鼻を赤くさせ、頭に手拭を載せた幼女にお腹を見せる野犬がいるなら見てみたいと思う。
「ちっ、仕方がないのだ」
そう言うティカは、母犬が連れる子犬達に視線を向ける。
やや太めの眉を上げて垂れ目気味のつぶらな瞳を見開き、指を突き付ける。
「アタチの子分にしてやるのだ! 今なら、お腹をナデナデしてやってもいいのだ!」
どうやら、母犬に牙を剥かれた事が心に傷を残したようで、譲歩する残念な子、ティカは「悪い話ではないのだ!」とドヤ顔をする。
すると、母犬に意識がいっていた子犬達は、一斉にティカに顔を向ける。
6個の瞳に見つめられて、ティカが引け腰になった瞬間、3匹の子犬がティカ目掛けて飛びかかる。
「なっ、何をするのだぁ!」
キャンキャン吼える子犬達がティカの足に纏わりつく。
その内の1匹がたまたま、ティカの膝裏に体当たりが入り、ティカは地面に転がる。
その好機を逃してなるものか、と興奮した様子の子犬達はティカの背中に飛び乗る。
「このぉ! このワンワンの分際でぇ! 仕方がないのだ、一時撤退なのだ。決して逃げる訳じゃないのだ」
なんとか這い出したティカは再び、ミランの下に避難しようとするが逃走先には母犬が立っているのに気付き、舌打ちをするが音が成らず、声で「チッなのだ」と呟くと木箱へと逃走を始める。
木箱の中に入ろうと頑張るが、慌ててるせいか、上げた足が縁に引っ掛かり上手くいかない。
ちんたらしていたティカを追いかけてきた子犬達が、ワンピースのスカートに噛みついてぶら下がる。
子犬とはいえ、3匹もいれば、それなりの重量になる。
足を上げてたティカがそんな重りを付けられた、当然のようになるべくしてなる。
「ううっ、うわぁぁ――ん!!!」
引きずり落とされたティカは再び、落ちると先程ぶつけた場所から地面に落ちて収まりかけてた痛みがマックスまで回復させられる。
どうやら、今回は転がりまくるほど余力がないらしく、仰向けのまま、大きく口を開けて全てを失った人のように全開で泣く。
全力で泣くティカに一瞬驚いたような反応をする子犬達だったが、ティカの涙を拭うようにペロペロと顔を舐め始める。
それを見ていたミランは、子犬達のほうが真っ当な事実に涙しそうになるが、このまま放置しておく訳にはいかないので、子犬達に「遊んでくれて有難うね?」と頭を撫でてやり、ティカを抱き抱える。
あやしながら、涙を拭き、顔中に滴る子犬の涎も拭ってやる。
「アタチは、犬に汚されたのだぁ!!」
「いや、思いっきり慰められただけだからね?」
騒ぎ始めた事でだいぶ落ち着いたと判断したミランは、木箱にティカを戻してやる。
木箱に戻り、浮き上がると高い所から子犬達に捨て台詞を吐く。
「今日の所は見逃してやるのだ。次、会った時がお前達の最後なのだ!」
そう言ってくるティカに、アンアン、と嬉しそうに鳴く子犬達。
「子分にはできなかったけど、お友達にはなれたみたいだね」
「ふ、ふんっ! ちっとも嬉しくないのだ」
ミランの言葉に、少し頬を赤くして言うティカを見て、嬉しい癖に、と思うと同時にティカには友達が少なそうだな、とオブラートを包んだ考えに留める。
優しさは必要である。
苦笑しながら、ティカに「行こうか?」と頭を撫でるミランとティカの2人を見つめていたリホウは、馬鹿馬鹿しいと言いたげに気の抜けた鳴き声を洩らすとシュンランに前足で叩かれていた。
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そのような出来事を乗り越えて、やっと着いたネツサにある冒険者ギルドにミランはやってきた。
このネツサもミランが住むマシートと同じくらいの規模の大きさであるが近くに未攻略のダンジョンが2つあるせいで、規模が大きな冒険者ギルドがあった。
中に入ると、マシートのように食堂の隅を借りてるような小規模な冒険者ギルドではなく、その食堂が2つぐらい入る大きさの冒険者ギルド専用の場所だ。
受付カウンターには、見目麗しい受付嬢が笑顔で座っている。
特に女性の美しさで、その人の評価を上下させないタイプのミランではあるが、やはり憧れるようだ。
いかにも冒険者ギルド! という感じがするかららしい。
ミランもいずれ、こちらに住み込みたいという思いも少なからずあるが、コレットが嫁に行くか、守ってくれるような人を見つけるまでは、と死んだ両親にミランは勝手に約束していた。
入ったミランに連れられるようにティカとリホウとシュンランが入ってくる。
振り返ったミランが話しかける。
「じゃ、僕は手紙を渡してくるから、そこで待っててくれるかな? リホウ達はティカが余計な事しないようにお願いね?」
「アタチは、1人で、おとなしくできるのだっ!」
憮然な表情をするティカは、恨めしそうにミランを見上げる。
苦笑するミランは、リホウ達にもう1度、「お願いね?」というと受付カウンターへと歩いて行った。
「まったくミランはアタチに信用がなさすぎるのだ! あれは、何だのだ?」
言った傍から木箱を進ませて、どこかに行こうとするティカ。
だが、ミラン家の優秀な番犬のリホウとシュンランは器用に後ろ足立ちになるとティカの木箱を前足で押さえて隅へと押していく。
「何をするのだ! アタチはちょっとそこに行こうとしただけなのだ!」
そう叫ぶティカの言葉に耳を貸さない2匹は隅に押し込むと更に器用さを発揮して、縁に前足を載せると地面に向けて押し始める。
地面に押さえつけられたティカは、グヌヌゥ、と唸ると木箱から降りようとする。
「仕方がないのだ。こうなったら、アタチの足で向かうのだ!」
そう言って跨ごうとするティカの顔をリホウの前足の肉球でぶつけられ、木箱に押し戻される。
「この女神ティカブリューシル……あ、危ないのだ。もう少しで噛んでしまうところだったのだ」
涙目で舌から出ているモノと思われるモノで歯が若干赤くなっている。
それを見たリホウが、くだらなさそうに、ワッフ、と鳴く。
その後もティカは降りようとするがリホウの妨害で木箱から出る事が叶わなかった。
子犬にも勝てないようなティカがリホウと勝負にすらならないのは当然の結果であったが、ティカは無駄に頑張り続けていると近くに座っていたお爺さんが話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、退屈のようじゃな? お爺ちゃんが楽しい話をしてあげようか?」
「ふん、退屈じゃないのだ。行きたい場所があるが、このミランの命令に絶対服従の犬が邪魔してるだけなのだ。でも、話したいならちょっとだけなら聞いてあげない事もないのだ」
本当は退屈だったから暇潰しになりそうな珍しい像があったから見に行こうとしてただけなので、しっかり聞く体勢になるティカ。
やっとおとなしくなったとばかりに床に寝そべるリホウとシュンラン。
「そうじゃな、何を話してやろうか? そうじゃ、世界中の海で名を馳せた海賊の話をしてやろうか。」
「つ、つまらなさそうな話なのだ」
そう言いつつ、目をキラキラさせるティカは木箱の縁を掴んで、お爺さんに顔を向ける。
「人々は、その海賊、ゴンリが率いる海賊団、ルプッア海賊団を心から恐れた。海で出会ったら最後と諦める程で、次第に同じ海賊からも恐れられ、終いには海軍にまで恐れられる海賊団になったそうじゃ」
お爺さんの話に生唾を飲み込むティカはマジマジと見つめる。
「どんどん大きくなるルプッア海賊団を恐れた海軍は他国の海軍とも手を組んで討伐に乗り出した。さすがの最強と謳われたルプッア海賊団も数の力に削られていき、ついに大海賊と呼ばれたゴンリは捕えられたのじゃ。そこでめでたし、めでたし、という事になれば良かったんじゃが、そうはいかんかったのじゃ」
「どうしてなのだ? 大海賊ゴンリは捕まり、ルプッア海賊団は倒したのだ」
だいぶ食い付いてくるティカは聞き役としては満点であった。
お爺さんは、どことなく嬉しそうにしながら続きを離す。
「他国の海軍も、いずれ、自分達に被害があるからという理由もあり、手を組んでいたのじゃが、大海賊ゴンリが各地で集めたお宝の分け前を期待しとったんじゃ。じゃが、ルプッア海賊団のアジトをしらみつぶしに探しても、想像してた財宝の1/100も出てこない。それに慌てた処刑にかけられる直前、縄を首にかけられている状態のゴンリに財宝の在り処を質問したんじゃ」
お爺さんの話に首ったけなティカは「な、なんて言ったのだ?」と聞き返す。
「こう答えたそうじゃ。『俺の宝は海のどこかに隠した。欲しかったら自分で探せ。見つけた者にくれてやる!』と言うと自分で死刑の装置を蹴って動かすと絞首刑で命を絶ったそうじゃ」
「ふむふむ」
リホウが欠伸をしながら、豊かな尻尾でティカを叩いて落ち着けと言わんばかり、ポンポンするが鬱陶しげに払うだけで、ティカは話の続きをせがむ。
「大海賊ゴンリの処刑は公開処刑だった為、最後の言葉は一般の者達の耳に入る事になった。だから、その話は一気に広がり、大航海時代の幕開けになったのじゃ。それは500年も昔の話」
「500年? だったら、もう見つかってしまったのか?」
少し、残念そうに言うティカにお爺さんは首を横に振ってみせる。
「まだ、見つかったという話はないのじゃ。ワシも若い頃、だいぶ探したつもりじゃが、見つけられんかった……じゃが、満足に動けんようになって、やっとワシは、ある事実に気付いたのじゃ」
「な、何なのだ?」
今のティカは、川○探検隊の一挙一動に驚くテレビに張り付く子供そのものであった。
勿体ぶったように間を作るお爺さんは静かに辺りを見渡して、ティカに耳を貸せ、と言うと口に掌を添えて話し始める。
「実はな? ゴンリの故郷がマシートだったのではないかという話があるんじゃ。じゃが、マシートの港の傍にある小島は調査された、という記録がないんじゃ」
お爺さんはちょっと悪い顔をして「匂うじゃろ?」と言うと目をキラキラさせたティカが大きく頷く。
「近い内にワシが見に行こうと思っておるので、2人の秘密じゃぞ?」
「分かったのだ! 誰にも話さないのだ!」
目をキラキラさせ、胸をドンと叩いて、咽るティカ。
お爺さんと約束していると、受付カウンターに行っていたミランが帰ってくる。
「何か楽しそうにしてたけど、どんな話をしてたの?」
そう言って覗き込んでくるミランに勿体ぶった態度をするティカは短い人差し指を立てて横に揺らす。
「約束したから話さないのだ!」
そう言ってくるティカに「そうか、残念だね」と少しも残念そうじゃないミランは、話し相手をしてくれていたお爺さんに頭を下げる。
お爺さんは笑顔で首を振って、「こちらも暇じゃったしな」と快い返事を返してくれた。
ミランはリホウとシュンランに帰る事を伝え、ティカはお爺さんに大きく手を振ると木箱を動かしてミランと一緒に冒険者ギルドを後にした。
そして、ネツサでお昼を済ませて、マシートへの帰り道で再び、野犬の親子に出会い、子犬の玩具にされて泣くティカをおぶさって、ミラン達はマシート冒険者ギルドへの報告は明日廻しにして、マシートにある我が家へと帰って行った。
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