第2話 溢れ出る駄女神の品格なのだ!
路地裏を通ってメインストリートに出ようとした時、ミランは足を止めてティカを振り返る。
突然、足を止めて振り返り、見つめるミランを訝しげに見つめる木箱に乗りながら浮くティカは首を傾げて見上げる。
「今、冷静になって気付いたんだけど、木箱の乗って浮いてるのを見られて騒ぎにならないかな?」
ここまで人と遭遇していなかったから良かったが、浮いている木箱に乗る幼女を見て大騒ぎになるのが必然だとミランが思い付いた訳だが、それについてもミランは疑問を感じていた。
どうして、木箱が浮いたのを最初に見た時に驚かなかったのかと……
「それは大丈夫なのだ! アタチが女神であると伝えて相手が信じない限り、アタチが何をやろうが、自然な事、出来てる事が凄いね? と思わせるだけなのだ」
それに違和感を感じ始めたという事は、ミランはティカが女神であると認識した事になるが微妙だな……と思い始める。
「つまり、木箱が浮いてる事に疑問に思うという事は、僕がティカを女神だと思っているという事?」
「うーん、それはどうか分からないのだ。これは認識をずらす魔法をジジイがかけているからだからで、アタチの保護者とジジイに認められたら、その認識をずらす魔法が解除されると言ってたのだ」
そう言うが、「アタチの溢れる気品が女神である事を隠せてないからしょうがないのだ」と、ムフフ、と笑うチビッコ。
それはないな、と思うミランは、ホッと胸を撫で下ろす。
自分から見て、ティカは残念な子で、不意に娘を捜すお母さんが現れるんじゃないかと今でも思うからであった。
しかし、木箱が浮き、移動できるのを見せられて、女神かどうかはともかく、普通の残念な子ではないという結論には行き着く。
「特別な残念な子の可能性ぐらいは残してもいいよね?」
「何の話なのだ?」
何でもないよ、と嘯くミランは駄女神(仮)を連れて、マシート冒険者ギルドを目指して歩き始めた。
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小さい港はあるが、かろうじて街と呼べる程度の住人しかいないマシートにある冒険者ギルドは、正直に言うと小さく力のない場所であった。
建物に入ると大きな食堂がある隅に、こじんまりとした食堂に併設されたバーカウンターというと、しっくりくる場所がある。
そのカウンター内には初老の男とビン底眼鏡といえばピッタリと連想できる眼鏡を付けた赤毛の三つ編みの少女の2人がいた。
そこにミランが近づくと残念な子が、ミランの許可も取らずに初老の男に声をかける。
「リンゴジュース1つなのだ!」
ムフン、と鼻息を鳴らしそうな自信を感じさせる顔をする残念な子こと、ティカは指1本立てて言うのを横で聞いていたミランが慌てて口を押さえて耳元で慌てて説明する。
「ティカ、ここは食堂のカウンターでもないし、バーカウンターでもないんだよ! ここは、マシート冒険者ギルドなんだから、失礼な事を言ったら駄目だよ!」
フゴフゴ、と何やら、怒ってる様子だが、聞き分けさせる為に頑張ってミランが怖い顔をするがまったく効果がない。
効果がない事に溜息を吐くミランが諦めるように言葉を洩らす。
「あんまり聞き分けが悪いとコレットに報告するよ?」
そう言うと効果覿面で、力強く頷きながら右手の人差指と親指で○を作ると愁傷におとなしくした。
結果、上手くいったのに、何故か悲しみに暮れるミラン。
「はい、お待たせ、リンゴジュースだよ」
やや強面の初老の男はカウンターにリンゴジュースをソッと置く。
それを見たミランがカウンターに額をぶつける。
「ギルドマスター、何をあっさり注文に応じてるんですか!」
「ウチのように弱小ギルドは、お客の要望にいつでも応えられないとやっていけないのだよ」
「わぁーい。リンゴジュースなのだぁ!」
泣きそうな顔になってるミランが横で美味しそうにリンゴジュースを飲むティカ。
それを見ているとギルドマスターは、「嘘だよ。さっき食堂で注文してきた私が飲もうとしたジュースだ」と楽しそうに笑う。
ギルドマスターの言葉を聞いたミランは、見た目からコーヒーしか飲まなさそうなダンディな見た目なのに、リンゴジュースとは、と偏見と思いながらも見てしまった。
はぁ、と溜息を着いていると眼鏡かけた赤毛の少女が話しかけてくる。
「それはそうとぁ、あの可愛いお嬢ちゃんはミラン君の隠し子ですかぁ?」
「フレアさん、ちょっと待って! あの子が僕の娘なら僕が10歳ぐらいの時の子って事になるんですけど!」
とんでもない爆弾を放つフレアに慌てて、止めに入るミランであるがフレアの反応は芳しくない。
分厚いレンズ越しにはどこを見てるか分からない恐怖に包まれるミランに顔を向けて頷く。
「可能性はありますよねぇ?」
「僕は誰ともお付き合いした事ありませんよ!」
言った傍から泣きそうになるミラン。
隣でリンゴジュースを美味しそうに飲みながら、何を言ってるんだ? と首を傾げるティカが理解してないのが唯一の救いであった。
「つまり、童貞だと?」
「その可能性は否定できない事もないようなあるようなですが、そこに問題はありませんよ!」
顔を真っ赤にするミランは、あたふたしながら必死に頑張った。
そんなミランにカウンターに乗りあげるようにして、フレアは肩を優しく叩く。
「童貞なんだねぇ?」
「くぅ……だったらなんだと言うんですっ!」
良く分かってないが楽しい事をやっていると思ったらしいティカがグラスから口を離すとミランの肩をポンポンと叩いてニパッと笑ってみせる。
羞恥に身を焼かれるミランに口の端を上げて見つめるフレア。
「まあ、周知の事実を今更確認する意味はありませんでしたねぇ」
「ちょ、待って、周知の事実ってどういう意味ですか!?」
必死な顔をしたミランの言葉をサラッと聞き流すフレアは1通の封筒を差し出す。
「お仕事の話ですよぉ。この手紙を隣町の港にある冒険者ギルドに配達する依頼をお願いしたいのですよぉ」
「できれば、周知の事実の辺りの話もして頂ければ……」
一応、最後の抵抗とばかりにそう言うミランは差し出された手紙を受け取りながら聞く。
当然のようにフレアに聞き流されるミランは、涙を流しながら俯く。
「まあ、余談はどうでもいいとしてぇ、お手紙は今日中にお願いねぇ? ミラン君と……そう言えば、お名前聞いてなかったですねぇ?」
ティカを見つめたフレアが、首を傾げて「お名前は?」と聞いてくる。
リンゴジュースを飲み干したティカは木箱の中で立ち上がり、腰に両手を当てて胸を張る。
「アタチは女神……になる予定の女神幼稚園に通う予定の女神保育園のたんぽぽ組のティカブリューシル……ううっ、うわぁーん」
凄まじいデジャブに襲われるミランは、ティカに手を差し出すと飛び付いてくるので背中を優しく叩いてやる。
全開で泣くティカをあやしながらフレアに苦笑いをしてミランが代わりに答える。
「ああ、ティカです。それで本人も認識して反応しますので、そう呼んであげてください」
ミランのあやしが功を奏して徐々に落ち着きを取り戻すティカを見つめたフレアが頷く。
「本当にパパじゃないぃ?」
「まだ引っ張りますか!」
ややムキになるミランをギルドマスターとフレアが笑う。
それに拗ねたミランは泣きやんだティカを木箱に戻し、目尻に浮かぶ涙を拭ってやると冒険者ギルドを後にする。
それを見送った2人は呟く。
「やっぱり、親子じゃないんですかねぇ?」
「ふっふふ、だと面白いけど、どうだろう?」
しばらく、楽しそうだと2人は笑みを浮かべ合った。
▼
街を出た辺りで、冷静さを取り戻したミランは、後ろを着いてくるティカに話しかける。
「そういえば、さっきティカが女神だと紹介したのに、2人はティカがおかしいと思わなかったの?」
「おお、そういえばそうなのだ? きっとジジイの魔法が強過ぎてアタチの気品まで封じられているのだ」
ジジイというは誰か分からないが、きっとそれが理由じゃないんだろうな、とミランは空を眺めながら思った。
多分、ティカが自分が女神であると吹聴して回っても誰も信じて貰えないだけなのではないかとミランは思うが、その事実を胸の奥にしまう。
事実がどうあれ、知らないままの方が良い事が多いという事は、冒険者を3年してきたミランは身を持って理解してきた。
だが、空を見上げて、ティカが言うジジイさんに一言だけ言いたい。
「これが試練だというなら、余りに僕には荷が重いですよ……」
静かにミランは涙を頬を伝わらせた。
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