第1話 駄女神というな、なのだ!
次の日の朝、テーブルにおとなしく座るミランの隣で何故か木箱を空中に浮かせて、フォークとナイフの柄の後ろをテーブルにリズミカルに叩く黒髪の幼女の姿がそこにはあった。
「コレット! アタチはお腹が減ったのだ! 早く出して欲しいのだ!」
そんな口を弾く黒髪の幼女をミランの後ろで毅然と座っていたリホウとシュンランが驚いたように口を開けて見つめる。
「ティカ、ユウシャ! ティカ、バカ!」
リホウの頭の上でおとなしくしていたポッターは騒ぎ始める。
苦笑するミランは黒髪の幼女、ティカの頭を撫でながら諭すように言う。
「もうちょっとで出てくるから我慢しようね?」
「もうアタチはお腹が減って大変なのだ。あの暴力女は困った存在だけど、ご飯は美味しいのだ」
「誰が、暴力女ですって?」
コメカミに血管を浮き上がらせるミランの自慢の妹がスープを3皿持って現れる。
少し焦る様子を見せるミランが立ち上がる。
「呼んでくれたら運ぶのを手伝ったのに」
「いいよ、お兄ちゃんに運ばせたら零しそうだし?」
呆れるような顔を向けてくるコレットに項垂れて座る情けない兄のミラン。
スープに視線が釘付けのティカの前にスープを置くとすぐにフォークからスプーンに持ち替えるティカにコレットが止めてくる。
「こら、駄女神、まだ運び終えてないのに食べようとするんじゃない!」
「駄女神言うんじゃないのだ! それは特別課外授業を受けるという意味で名前じゃないのだ! アタチには立派な名前、ティカブリューシル……あぅ、ちたをきゃんだのだ(舌を噛んだのだ)」
「長いからティカにしとこうと昨日言ったじゃないか? コレットも意地悪言わずにティカと呼んであげようよ?」
涙目のティカが小さい舌を出して、おそるおそる、噛んだ場所を触れようとするのをミランが止める。
雑菌が入ってしまうのを防ぐ為であった。
コレットもミランに言われてバツ悪そうな顔をすると素直にゴメンと言ってくる。
そう言うと料理を運び込みを再開し、最後にリホウ達の食事を床に置く。
コレットがテーブルに着くと拗ね気味のティカを一瞥して溜息を零す。
「さあ、お待たせ。食べていいわよ。リホウ達も食べて良し」
「やったのだ! いただきます!」
拗ねてた顔を現金に輝かすティカを横目で見つめるミランは苦笑しながら「いただきます」と言うと食事を始める。
主人であるミランが食べるのを見た後、リホウ達もエサを食べ始める。
ポッターはインコであるが、基本的に何でも食べるのでリホウ達の皿に頭を突っ込んで一緒に食事を始める。
口の廻りを汚す事に躊躇しないティカの口許を拭ってやりながら、昨日の話をミランは思い出していた。
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お玉で殴られたオデコを赤くするミランは床に正座させられていた。
正座するミランの前で仁王立ちするコレットが口をへの字にしてお説教を始める。
「いい、お兄ちゃん? 何でもかんでも拾ってくるんじゃありません。リホウ達もなんだかんだ言って拾ってきたの、お兄ちゃんだって覚えてる?」
コレットの目を見る事すら恐怖なミランは目を逸らしながら言う。
「いや、確かにそれはその通りなんだけど、今回はちょっと違うんだ!」
「ええ、確かに動物は動物でも今回は人、女の子だものね?」
「ええい! アタチを人と言うなのだ! アタチは女神……になる予定の女神幼稚園に通う予定の女神保育園のたんぽぽ組のティカブリューシル……ううっ、うわぁーん」
捲し立てるように名乗ろうとしたティカが加減のない力で舌を噛んでしまい、泣き始める。
何とも言えない空気が生まれるミランとコレットであったが、ミランが事前に聞いていた内容を説明を始める。
「どうやら、幼稚園に上がる試験で落ちたらしくて、人間界で生活を全うする事で再試験が受けれるらしいんだ。一応、女神らしいんだけど、再試験が受けれるまで駄女神と呼称されるとか」
「なるほどね、確かに駄目な子な風格はしっかりとあるけど、本当に女神なの?」
「うぐぅ! この人の小娘の分際で……これを見るのだっ!」
そう言うとティカが入っている木箱が宙に浮き始める。
浮き上がるティカを見て、少し感心するようにするコレットだが、ミランが苦笑しながら伝える。
「女神らしい事ができるのはこれぐらいで、地上に降ろされる時に同じ年頃の子より魔法が得意程度に能力を制限されているらしくて、1人で生きて行くのもままならない状態らしいんだ」
「はぁ……本気で使えなさそうね。何? 神様は自分のとこの問題の不良債権を人に押し付けて「試練じゃ」とでも言ってるの?」
「あっ、ジジイがそんな事を言ってたのだ。「試練なのじゃぁ」とアタチ達から目を逸らしながら言ってたのを思い出したのだ」
ティカは、選んでやったのだから感謝しろ、とばかりに胸を張るがコレットの手が届く範囲にいたのが不幸だったようで柔らかい頬を抓まれて両端に引っ張られる。
泣きやんだティカだが、再び、泣かされる。
「今、気になる事を2つ言ったから聞きたいんだけど、1つ目は、アタチ達と言ったよね? 駄女神って沢山いるの?」
若干、恐れるように聞くコレットに頬を抓む手を離してと泣いて懇願するティカに嘆息すると離してやる。
目尻に涙を浮かべるティカは、コレットから距離を取り、ミランを盾にする為にミランの後ろに木箱を飛ばして隠れながら話す。
「勿論、沢山いるのだ。同じように試験に落ちたのだ」
「何人ぐらいいるの?」
そう聞いてくるコレットにティカは胸を張りながら、小さい指を3本立てて見せる。
「えっと、300人?」
「3人なのだっ!」
戸惑いながらも、人数を確認するミランであったが、ティカはドヤ顔しながら3人と言い切る。
それに頭が痛そうにするコレットは、同世代の神、女神が5人、10人ではないのだろうな、と思う。
おそらく、駄女神と呼ばれる者が現れるのが稀で3人もいたのが歴史上珍しいということなのだろうと納得する。
ミランが何かを思い付いたような顔をするとティカに質問する。
「よく神様を呼ぶ時に豊饒の神様とか付くけど、ティカにもあるの?」
「勿論なのだ。アタチは『運命を司る女神』なのだ!」
そう言って胸を張る残念な子を見つめるコレットが「今は駄女神でしょ?」と言うとティカは瞳に涙を盛り上げる。
「だいたい、アンタみたいな駄目な子が運命を司ったら駄目じゃないの?」
「大丈夫なのだ! アホ毛の金髪も出来てるから楽勝なのだ」
そう言われた2人は、聞くと全知全能に聞こえそうな冠が付く神様は酷くいい加減な神様なんだ、と知りたくもない事実に行き当たる。
溜息を吐くコレットが気持ちを切り替えて質問を続ける。
「2つ目なんだけど、ここに来たのに理由があるの? お兄ちゃんを選んだ事に意味があるとか?」
「そんなの分からないのだ。ジジイがアタチ達をポイポイと適当に投げて寄こしたから、他の2人がどこにいるかも分からないし、ミランに声をかけたのは、こいつはチョロイ、しっかり面倒を見てくれそうだと思ったからなのだ」
身も蓋もない事を言われたミランは涙を流しながら項垂れる。
コレットも唸るが反論の余地がない、と悔しげにする。
「と言う訳で、天界に戻るまで面倒をみるのだっ!」
胸を張る駄目な子を見つめる兄、妹は目を合わせると同時に溜息を零した。
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という事があって、コレットも諦めて「お兄ちゃんがしっかり面倒見てね?」と言い含めるように言うと受け入れたようであった。
食事が済んだミランは長剣を腰に挿して、使い古された皮鎧を着込み始める。
それを見ていたコレットが話しかける。
「今日もお仕事? 昨日、討伐依頼行ってたと思ったから今日はお休みかと思ってたけど?」
「昨日は討伐依頼だったから、討伐関係は行かないよ。隣町に手紙の配達を頼まれたから、それに行ってくるだけ」
ミランがそう言うのを聞いたコレットは少しつまらなさそうな顔を一瞬するが、気持ちを切り替えて笑顔にする。
「疲れもあると思うから、油断せずにね?」
「ああ、有難う」
そう言い合う兄妹の言葉を聞いたティカは木箱の中で立ち上がる。
「アタチも連れて行くのだ! 人間界の生活を色々体験するのが目的なのだ」
胸を張る残念な子がもっともらしい事を言うが、2人は単純にこのまま置いて行かれると退屈と思っただけじゃないのだろうかと苦笑いする。
「確かに昨日もそんな事言ってたから……お兄ちゃん、連れて行ってあげたら、配達なんでしょ?」
「うん、危ない事はないだろうけど、リホウ、シュンラン、一緒に来てくれるかい?」
一応、ティカのボディガードが必要だろうと判断したミランが2匹に声をかけると、任せろ、と言いたげな凛々しい顔をした2匹が、ハァフ、と鳴いてみせる。
ただの犬に見えるが人に懐いた珍しいオオカミのモンスターの2匹であった。
そこらのモンスターなど敵ですらない強さを誇る家の優秀な番犬を務めてくれている。
「ポッターはコレットに何かあったら誰かに助けを求めに行ってね?」
「マカセロ、ポッター、ユウシュウ!」
羽根を広げて、自分の優秀さをアピールする。
自分を過保護に心配するミランを苦笑いしてみせる。
「お兄ちゃん、心配し過ぎ。隣町への配達なら夕方に戻れるのに、そんな短い時間で問題なんて起こりっこない。私は街から出ないんだから」
「そうかな? でも、やっぱり心配だしね」
そう言ってくるミランに微笑み、有難うと言ってくるコレット。
2人のやり取りが面白くないのか、暇を持て余したのかティカが騒ぎだす。
「早く行くのだ! アタチは待ち疲れたのだ!!」
騒ぐティカに苦笑するミランは、コレットとポッターに行ってきますと伝える。
木箱を浮かせて進むティカの両端を守るようにリホウとシュンランが挟む形で歩き出したミランの後を着いて行く。
歩くミランにティカが質問する。
「すぐに隣町に向かうのか?」
「いや、まずは冒険者ギルドで手紙を受け取ってからだよ」
冒険者ギルドと聞いたティカは興味ありげに頷くとミランを急かすように木箱で背中を押して、冒険者ギルドへと急がせた。
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