木箱の駄女神様 ―お試し版―

バイブルさん

プロローグ

 栗色の髪の少年が嬉しそうな表情をしながら、メインストリートを走っていると慣れた迷いが見れない走りのまま路地裏へと走っていく。


 路地裏に入ると懐から銀で出来たカードを取り出す。


 そこには、『冒険者、ミランがCランクである事を証明します。マシート冒険者ギルド』と書かれてる文字を緩む頬をさせた童顔の少年、ミランが大事そうに懐に仕舞う。


 童顔ではあるが、16歳であるミランは、身長が170cmは超える小柄とは言えない中肉中背の少年であった。



「冒険者になって3年、一流と呼ばれるCランクになった僕をコレットは喜んでくれるかな?」



 いつも、お小言が多い4つ下の妹であるが家事を冒険者になったミランに代わりに頑張ってくれている。


 多いとは言えない収入のミランのお金を上手く運用して、家に帰れば満足できる食事を用意してくれるコレットには頭が上がらないミランであった。



「でも、これからはもっと楽にしてあげられる。きっと喜んでくれるはず!」



 駆ける足が更に加速するミランの視界の端に変なモノが映る。


 それに気付いた瞬間、走る足を停めて、ゆっくりと歩いてそちらを見つめる。


 ミランが見つめる先には木箱があり、そのふちに小さい紅葉のような両手だけが見えていた。


 何故か凄く気になったミランは木箱に近づくとニョキという擬音がピッタリな勢いで飛び出してくる幼女の姿があった。


 長い黒髪で、やや太めの眉を妙に自信ありげに上げ、つぶらな瞳でミランの姿を上から下へと見つめると力強く頷く。



「拾えっ!」


「へっ?」



 いきなりの事に混乱するミランは間抜けな声を上げる。


 立ち上がった幼女は白いワンピースを着てるようだが、ミランの位置からでは腰から下が木箱に隠れている。


 幼女は腰に両手を当てて、もう一声する。



「拾えっ!」



 助けを求めるように辺りを見渡すミランであるが、昼の路地裏には誰も通りかからない。


 困ったミランは幼女の瞳を見つめ続けた。





 そして、家に帰ってきたミランは、ただいま、と換気目的で開け放たれたドアから入っていく。



「お帰り、どうしたの? 今日はいつもより早いけど……」



 短い栗色の髪を纏めるように馬の尻尾というより、子犬の尻尾と感じに縛る愛らしい少女、妹のコレットが台所からお玉を持ったまま出てくる。


 どうやら調理中だったようだ。


 ミランの声に反応した飼っている犬2匹とインコがミランの部屋のほうから飛び出してくると犬の2匹はミランの足元を纏わり付き、インコは定位置と言わんばかりに肩に乗ってくる。



「リホウ、シュンラン、今、両手が塞がってるから離れて、こら、ポッター突っつこうとしたら駄目だよ?」



 ミランにそう言われたリホウとシュンランはおとなしく距離を取ると座り、ミランを見上げる。


 ポッターは、ミランが持つモノを突っつこうとしたがミランの言う事を聞き入れ、言う事を聞いた自分を誇るように胸を張ると「ポッター、エライ」と首を傾げる。



「お兄ちゃん、その木箱はどうしたの……?」



 そう聞いてきたコレットが見つめる木箱の蓋が取れるとそこから、ドヤ顔した黒髪の幼女が踏ん反り返りながら姿を現す。


 それを見て黙りこむコレットから不穏な空気を感じ取ったリホウとシュンランはミランから距離を取りながら尻尾を股の間に仕舞う。


 ミランの肩にいたポッターも「キケン、キケン!」と叫ぶとリホウの頭の上に避難する。


 ご近所様に瞳がチャーミングと評判の自慢の妹の瞳が細くなり、危険な光を発し始める。


 とてもじゃないが他人様にお見せできる顔ではないが、身内以外に見せないように上手く立ち回るできた妹であった。



「お兄ちゃんの……!」


「待って、コレット! これには深い事情が!!」



 プルプル震えるコレットが手に握るお玉の柄を力強く握る。


 一歩後ずさるミランに駆け寄ると小柄な身長からでは想像できない跳躍を見せる。



「お兄ちゃんの馬鹿ぁ!!!!」



 迷いもなく振り抜くお玉がミランの頭に直撃する。


 ミランの悲鳴とお玉の良い音がご近所に響き渡る。



 お隣に住む老夫婦はお茶を啜りながら、安堵の溜息を吐きながら微笑み合う。



「今日もミランとコレットちゃんは仲がいいですねぇ、お爺さん」


「そうじゃのぉ、あの怒るコレットちゃんの声とお玉の音を聞くと平和と感じるのぉ」



 ほっほほ、と好々爺然としたお爺さんがお婆さんの言葉に楽しそうに返答する。


 どうやら、ミラン家は今日も平常運転らしい。

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