彼を助けてやってくれないか?
助けてくれと頼まれていない。
じゃあ、頼んだら助けてあげたのか?
どうだろうか?…俺は弱いからな。
自分の身が可愛く思うのは当然だ。
先生に助けを求めたら…
大人が弱い子供を助けると思うか?
そうだった。彼らはただの教師。正義の味方じゃない。
そうとも。教師の仕事は勉強を教えるだけだ。
じゃあ…どうしようもないな。
ああ、見捨てても仕方がなかったんだ。
自問自答をして、勝手に納得する。そうさ…
「仕方がなかったんだ」
「何が?」
高校の帰り、俺が上の空で漏らした言葉に先輩が乗っかってくる。先輩は同じ部活の女子マネージャーをしていて、帰る方向がたまたま一緒なだけの人だったが…こうして一緒に帰ることによって、それなりに仲良くなっていた。
「いえ、何でもありません」
正直、デブちんについて自問自答する程度には彼のことを気にしている。俺の心の片隅に罪悪感がこびり付いているのかもしれない。
「気になるなぁ」
「あ~、この町って街路樹少ないですもんね」
「木になりたいわけじゃないからね?」
「なりたくないけど、結果として…なるってことですよね?お痛ましいことで…」
「こ~ら、調子に乗らないの」
「すんませ~ん」
俺の中で、まだ…彼を捨てきれていない。でも今更どうすることもできない。そもそも後悔していない。じゃあ、なぜ彼のことが捨てきれないのか?どうして俺の中に大将が残り続けるのか。もう…あそこにいるのはいじめられっ子のデブちんなのに。
「困っているなら、私、相談に乗るよ?ほら、私ってすごい先輩だからさ。ね?」
先輩はこの世でも希少種とされている善人だ。きっと、彼女にデブちんの話をすれば…彼女は彼を助けようとするかもしれない。そうなれば…俺の罪悪感も消滅する可能性がある。ただ…それだと何かが違う気がする。
「うわぁ~…さすが先輩だぁ~」
「棒読みはやめなさい。まったく」
根本的解決になっていない。なんて思うのはいけないことだろうか?
「それで、真面目な話…いいのね?」
先輩が救えるのは今のデブちんだけだ。しかし、未来のデブちんはまた虐められている。一旦はいじめも停止するだろうけど、やっさん達が簡単にデブちんを逃がすわけがない。先輩がしてくれるであろうことはきっと…先生達がしてくれることと大差ない。目上の言うことは一時的でしか効力がないんだ。狡猾なやっさんなら、いじめてないフリくらいはできてしまいそうだ。
「大丈夫です。ありがとうございます。先輩はいい人っすね」
「ふふん。君の先輩だからね」
「どういう意味ですか?」
通学路にある商店街に入ったところで、俺は先輩の言葉に首を傾げる。すると、先輩は面白そうに笑った。
「君は迷える子羊のようだから」
「え、先輩は羊飼いだと?」
「う~ん…私は牧羊犬かしらね」
「なんじゃそりゃ?」
「さてね」
「え~教えてくださ、あ!」
先輩は俺を差し置いて急に走り出した。その足取りは軽やかだったが、まるで話をはぐらかしているような…そんな気がした。
「待ってくださいよ!」
俺は先輩の背中を追う。しかし、20mほど商店街を走ったところで…ぴたりと先輩は足を止めて、右側にある店の中を凝視した。
「先輩?どうしたんですか?」
俺も先輩に追いつくと、先輩の視線の先を見る。
「あっ…あぁ~」
背筋が凍るとはまさにこのこと。俺は驚きと戸惑いの声を漏らす。
彼女が足を止めて見てしまったのは…商店街にあるゲームセンターの店内だった。しかも、そこには…彼らがいたのだ。
「デブち~ん、財布は?」
先輩が彼らを見つけてしまったのは…ただの偶然だ。偶然、同じ高校の制服を着た生徒が同じ高校の生徒から財布を取り上げているところを目にしただけだ。
「カツ上げかな?」
「…の、ようですね」
先輩の顔が険しくなり、俺の顔は強張る。
間違いない。あそこにいるのはデブちんとやっさん達だ。
「知っている連中かい?」
先輩が俺を見る。
「……クラスメイト、です」
俺は先輩の視線から逃れるようにして答えた。
「ふ~ん…」
俯いた俺の耳が先輩の考えている様子を拾う。
「私、ああいうのは嫌いだな」
先輩の言葉が「私なら助ける」と言っているように聞こえた。
「…知ってます」
だから…仕方がないじゃないか。俺だって…本当は…
「もしもし…」
顔を上げると先輩が携帯電話でどこかに電話をしていた。
「あ、先生?すみません。すぐ近くの商店街のゲーセンで寄り道している生徒がいるみたいなので……あ、は~い。失礼します」
電話を終えた先輩は俺を見て笑った。
「行こう。明日は朝練あるし」
先輩は善人だ。誰に対しても…俺に対しても。
だからつくづく思わざるを得ない。
俺だって本当は……………本当はどうしたいんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます