最終話 綺麗…餅って本当に綺麗(後編)

20××年 12月31日 PM23:45 駿河湾最終防衛線 巨大鏡餅上空



バッバッバッバッバッバッバッバッバ

「鏡餅の頂上に付きました!着陸は困難なため、接触すれすれでホバリングをするので降りて下さい!!」

「分かりました!」


シュタッ トンッ


ヘリコプターから巨大鏡餅の頂上へと着地したいっぴーと能美子。

鏡餅は楕円形をしているため、ヘリコプターは上手く着陸が出来ないとの事でこうして二人だけで巨大鏡餅へと挑むのだ。


「本当によかったの、いっぴーくん?今ならまだ帰れるかもよ?」

「能美子ちゃんだけに行かせれるわけないよ。まだちゃんとデートの続きもしてないしね」

「ふふ、ありがと」


人類の脅威である巨大鏡餅の上で、まるで恋人のような会話をするいっぴーと能美子。

能美子は純粋にいっぴーの事を心配しているのだが、いっぴーはここに来てあの時のデートの事を思い出して興奮している。そう、下着は新しいのを穿いてきた。


「じゃあ、早速始めよっか」

「うん」


いっぴーはそう言うと、背負っていたリュックからスケート靴を取り出し、それに履き替える。

能美子はポケットからiP○dを取り出し、クラシックの曲目を出す。

二人の準備が整うと、いっぴーは大きく宣言した。


「僕は、フィギュアスケートのコーチのアルバイトもしていたんだ!!」


そして流れ出す音楽。

いっぴーはその場でトゥループを行うと、巨大鏡餅の上でスピンを始め、スケート靴を刃としたドリルと化した。


ギュイーーーーーーーーーン ヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ


高速回転をするいっぴードリルは巨大鏡餅を徐々に削りだし、穴を空ける。


「がんばれ!がんばれいっぴーくん!!」


激しいクラシックの曲をかけながら、能美子はその傍らで応援をする。

いっぴーは段々と回転する速度を上げ、その穴を大きくしていく。

そして、大人二人が埋まるほどの穴を空けた後、一旦停止して能美子をリフトする。


「いい、ここからが本番だよ?」

「うん、いっぴーくんとなら大丈夫」


そして能美子をリフトしたままさらなる高速回転をしたいっぴーは、巨大鏡餅の中心へと掘り進んでいった。

















「うわ!浮いてる!!?」

「きゃ!なにこれ???」


何分の間、巨大鏡餅を掘り進んでいただろう。

気付くと、いっぴーと能美子の二人は水の中のような、それでいて呼吸は出来る謎の空間に居た。

周り一面が真っ白で影一つ無い空間。

きっと、ここがこの巨大鏡餅の中心なのだろう。

能美子はなんとなくそんな感じがした。


(あなたたちは…だれですか?)


「え、何?」

「この声、おねえちゃんなの?」


と、そんな二人にどこからともなく優しい声が聞こえた。

直接耳元でささやかれたような、しかし両耳ではっきりと聞こえる不思議な声。


(おねえちゃん?なんのことですか?)


「おねえちゃん!おねえちゃんなんでしょ?私だよ、能美子!」


声に聞き覚えのある能美子は、この声の主が自分の姉の緒持勝子…いや、 尾庄勝子である事を確信した。


「おねえちゃん!ごめんね!……私が、私があんな事を言ったからおねえちゃんは出ていっちゃった…」


その声を聞いた能美子は、今まで抑えていた姉への感情を止めることが出来ず、生きている内に伝えるべきだった謝罪を口にする。


「おねえちゃんに怒られたからって、お餅をのどにつまらせて死んじゃえなんて言ってごめん!!本当におねえちゃんが死んじゃって、わたし、自分のせいだって思って……」


能美子は泣いていた。

子供の頃、姉に向かって「餅をのどに詰まらせて死ね」と言ってしまったことがあり、数年後に本当に姉が餅をのどに詰まらせて死んでしまったので、姉が死んだのは自分のせいなのではないかと、ずっとそう思っていたのだ。


(あなたがなぜないているのかわかりませんが、どうかなきやんでください)


「グスッ…ヒック…そう、だよね。やっぱり、おねえちゃんの細胞を使っているからっておねえちゃんなわけないよね。でも、その優しさはやっぱりおねえちゃんだ」


能美子はこの声の主が姉の細胞から産まれた存在ではあるが、姉そのものではない事に気付いていた。

クローンが本人と同じ存在じゃないのと同じだ。

これは姉の細胞と餅によって産まれた新しい生命体であって、姉ではないのだ。


だが、その事実に納得できない存在が居た。


「違う、君は勝子だ!俺の妻の勝子だ!!」

「だ、誰だ!?」

「尾庄さん!!?どうしてここに??」


そこに現れたのは尾庄克朗。

尾庄勝子の旦那であり、この生命体を作り出して事件を起こした張本人だ。


「君は勝子なんだ。そうでなくてはならない」

「いいえ、この人はおねえちゃんじゃない。おねえちゃんに似ているだけの別人だよ」

「勝子じゃないと駄目なんだ!でなければ、私は一体なんのために…」


白い空間の中でへたり込む尾庄克朗。

分かっていたのだ。

彼は遺伝学を学んでいたからこそ、本当は分かっていたのだ。

この餅と人を合わせた生命体は妻では無い事を。

でも、それを認めることは出来なかった。

認めてしまえば、妻にもう会えないという事実を認めてしまったら、自分は生きていくことが出来ないのだ。

だから、自分にその疑問を抱かせる者を排除するために、世界を敵に回したのだ。


だが、それもここまでだ。

まさか、この餅人のコアまで侵入して自分に現実を突きつけてくる者が居たとは。

もう諦めよう。

もう、この世に未練は無い。


「それじゃダメだ!!」


生きることを諦めようとした尾庄克朗に、いっぴーの声がかかる。


「ここであなたが諦めたら、この娘はどうなるんです!せっかく産まれたのに、親が居ないなんて可哀想だ!!」


いっぴーは能美子とはまた違う事実に気付いていた。


「この娘は、勝子さんの遺伝子を使用して、あなたが作り上げた新しい命でしょう!それならば、この娘は貴方たちの娘だ!勝子さんの替わりにはならなくても!この娘を作った責任はあなたが取らないと!!」


そうだ。

子供を作ったのなら責任を取らなくてはいけない。

それが、親としての責任。


「た、確かに私は夫では無くて父親かもしれないが。この娘は餅人だ。人として生きるのは」

「任せろ!僕は、フィギュアの造形のアルバイトもしていたんだ!!」


いっぴーはそう叫ぶと、懐からリューターとノギスを取り出した。

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