第4話 生きろ、餅は美味しい

20××年 12月24日 PM15:02 富士樹海



ババババババババババババババババババババババ

「これが、あの樹海……」


緊急時の知事権限で特別調査員となった能美子は、ヘリコプターで樹海へと向かっていた。

樹海と言えども、その周囲には人間が住んでおり町もある。

しかし、その町と全く連絡が取れなくなっていたので、急ぐために車ではなくヘリコプターで移動したのだ。


そして、樹海付近で能美子が見た物は、まるでドーナツのように樹海の真ん中にぽっかりと荒野だった。





バッバッバッバッバ ヒューンヒューンヒューンヒュンヒュンヒュン


荒野となった樹海の隅へ着陸するヘリコプター。

能美子達調査員は調査のための機材を降ろし、仮設テントを組み立てる。

ここに来るまでの間の調査で、どうやら尾庄克朗は樹海の中に様々な餅つきのための機材を持ち込んでいた事が判明した。

樹海は国の特別保護地域および特別地区に指定されているため、勝手に林道以外の場所に入ることは違法であり、勿論勝手に建物を作ることは犯罪である。

噂では自殺に来たが勇気が出ずに自殺できなかった者達がコミュニティを形成しているとの情報もあるが、定期的に自衛隊が樹海の清掃を行っているのでそういった事はない。


「ボス、中心に建物の跡が見えます。しかし、土台だけで上物がありません」


双眼鏡を眺めている調査員が能美子にそう報告をする。

元々事務員だった能美子だが、特別調査員に任命された事で彼らを部下として使える権限を手に入れたため、とりあえず真っ先に自らをボスと呼ばせることにした。

服装も今の立場に合わせて事務の時に着ていたリクルートスーツからオーダーメイドの高級スーツへと替えていて、出来る女を演出するために襟は立ててサングラスも付けている。


「中心へと行きましょう。何か痕跡があるかもしれないわ」


左手を右手の肘に当て、右手でサングラスを取り、目を細めて訝しげな表情を作りながら、能美子は調査員達に指示を出した。


















「何も無いわね」


樹海に出来た荒野の中心にある建物に辿りついた能美子達だが、本当にまっさらな状態となった跡地には何も無かった。

せいぜい、今朝の駅前の時と同じようにぱりぱりした餅の一部が床の上に残っているだけだったので、一応これを回収している。


「これじゃあ掃除に来ただけみたいなものじゃない」


自分が想像する出来る女の口調を再現しながら愚痴る能美子。

無理も無い。本当に何も無いのだ。

尾庄克朗の手がかりも、駿東郡小山町で作られた峰の雪もちも、自分の姉の手がかりも。

ここにあるのはまっさらな白い床板だけ。

そう、まるで真っ白な餅のような…


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


その時、地震が起きた。

いや、正確には地震では無い。地面は揺れていないのだ。揺れているのは…

この白い床!!!


ズモーン!!!!!!


「きゃああああああああ!!!」

ウワー ウワー ウワー


突如、能美子や調査員達が立っていた場所がせり上がり、中から、いや、その床と思っていた巨大な餅が柱の如く聳え立つ。

その勢いはすさまじく、能美子や調査員達は空に投げ出されてしまう。


「おち、おちるぅーーーー!!!!!」


能美子は出来る女の演技を忘れ、空中でじたばたと手足をもがく。

餅の勢いで飛ばされた高さはゆうに10mを越えており、ここから地面に落とされては大怪我間違いなしどころか、下手すれば死んでしまう。

私はまだこんなところで終われない。この餅の謎を解明しなくては。そして、おねえちゃんに謝らなくては。

そう思いながらも落下する速度はどんどん加速され、地面はどんどんと近づき、能美子は迫り来るであろう痛みを恐れて目を瞑る。


「ごめん、おねえちゃん!ごめーーーーん!!」


最後に姉に謝罪しようと、そう叫んで死を覚悟する。


だが、地面に衝突する衝撃は能美子に訪れず、まるでクッションに落ちたかのようにふわりと受け止められた。


「能美子ちゃん!助けにきたよ!!!」


そこに居たのは睦月一日こといっぴー。

能美子を受け止めただけではなく、調査員達も、調査用の機材も、全てを受け止めて優しく地面に降ろしていた。


「い、いっぴーくん。どうしてここに?」

「僕は、探偵のアルバイトもしていたんだ!!」


探偵のアルバイトの経験を生かして能美子の後を付けていたいっぴー。

まるでストーカーのようだが、その行為が能美子のピンチを救ったのだ。

そして、能美子をお姫様抱っこしたまま、聳え立つ餅柱を睨みつける。


「僕のデートを邪魔しただけでなく、能美子ちゃんを襲った悪い餅め!覚悟しろ!!」


今朝のように情けなく慌てふためくいっぴーはもういない。

ここに居るのは、愛のために生きる戦士いっぴーだ。


「僕は、郵便仕分けのアルバイトもしていたんだ!!」


いっぴーはそう叫ぶと、能美子を地面に優しく寝かしてからゆらゆら揺れる餅柱へと駆け寄り、その身を高速で剥しては仕分け、剥しては仕分ける。

細かく剥された餅は仕分けた先から寒さで硬化し、動かなくなる。


「す、すごい…しかも正確だ……」


いっぴーにより助けられた調査員達は、そのいっぴーの勇姿を録画しながら呟く。

人間とはこれほどまでに素早く正確に手を動かすことが出来るのだと。


しかし、そんないっぴーに餅柱は反撃を始める。

この餅柱は今朝のときのような大人しい餅柱と違い、その身から無数の餅触手を伸ばし、いっぴーを襲う。


「あぶない!いっぴーくん!!」


まるで檻に閉じ込めるかのような餅触手の動きを見て、能美子が叫ぶ。

だが、いっぴーはそれに臆することなく更に叫んだ。


「僕は、散髪屋のアルバイトもしていたんだ!!」


いっぴーは懐から鋏と櫛を取り出すと、瞬時に自分を囲もうとしていた餅触手を全て短く切り取っていた。

切り取られた餅触手は先ほどの剥された餅と同じように、硬化して動かなくなる。


「お客様、今日はどのようにされますか!!!」


鋏をジャッジャッと動かしながら、決めセリフを吐くいっぴー。

そのいっぴーの挑発に反応したのか、今度はぶわっと広がり、直接いっぴーを攻撃しようとする餅柱。

だが、それもいっぴーには通用しない。


「僕は、鳶職のアルバイトもしていたんだ!!」


いっぴーは自らに迫る餅柱の一部に飛び乗り、すいすいとその攻撃を避ける。

餅柱は次々に大きく広げた自分の一部でいっぴーを包もうとするが、いっぴーは中々捕まらない。

やがていっぴーは餅柱を足場にしながら上へ上へと駆け上がっていき、頂上へと辿り着く。


「これでトドメだ!喰らえ!!」


いっぴーはそう言いながら懐から刀と見間違えるほどの大きな包丁を取り出した。


「僕は、マグロ漁船のアルバイトもしていたんだ!!」


ズドーン!!


いっぴーのマグロ包丁により、瞬時に三枚に卸される餅柱。

大きな砂埃を上げて倒れたそれは、やはり硬化して動かなくなった。


「いっぴーくんすごい!」

「僕なんか全然対した事ないよ、ただのフリーターだもん」

「ううん、そんな事ないよ!いっぴーくんはすごいよ!!」


専門職の力を解放して戦ったいっぴーに駆け寄り、その功績を褒め称える能美子。

だが、いっぴーは所詮アルバイトであるという自分を過小評価している。自分よりも専門職のプロの人のほうがもっと強いのだと。




「ボ、ボス。これを!」


このままいちゃいちゃを始めようと思っていた能美子だが、調査員の言葉で自分がボスであった事を思い出し、中指でさっと眼鏡のズレを直して出来る女を演出する。


「どうしたの!?報告は正確に行いなさい!!」


出来る女は報連相に厳しい。

そのキツイ性格のせいで声をかけづらいのだと本人が気付いていない部分がマイナスポイントだが、時折見せる自分は部下から嫌われているのではないかという寂しそうな表情がグッドだ。

そして、部下のミスをカバーするのも出来る女の条件だ。

曖昧な報告をした部下を叱責しつつも、調査員が示した餅柱の残骸を見る。


「これは……ペッ○ー!!!?」


そこには、悲しげな顔をしたペッ○ーくんが埋もれており、能美子達に反応して接客モードを始めようとしていた。

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