第2話 流行りの餅はお嫌いですか?

20××年 12月24日 AM8:20 静岡県某市



「今日はイヴなんだ。決めてやる!」


駅前にてクリスマス・イヴのデートで一線を越えようと意気込む青年の名は睦月一日(むつきついたち)。仲の良い相手からは「いっぴー」と呼ばれている。

彼は今年の春に大学を卒業して、どこにも就職できずに仕方なく複数のアルバイトを掛け持ちしているフリーターである。

今日はバイト先で知り合った女性と初めてのデートだ。

いっぴーは女性との付き合いの経験が無いためはっきりとした事は言えないが、イヴにデートをOKしてくれたという事は勿論そういう事なのだろう。わくわくしながら下着は新しいのを穿いてきた。


今日のデートプランは電車で名古屋市まで行き、朝はコメダでモーニング(たっぷりミルクアイスコーヒーとモーニングのCセットを頼んであんこを半分トーストに塗って半分をコーヒーに混ぜる小倉スペシャルという今考えた食べ方がおすすめ)を食べ、栄でウィンドウショッピングを楽しみ(ぶっちゃけ栄って金持ち用の店ばっかだからデートに使うのなら大須のほうがいいと思う)、昼頃に港区へ行き昼ごはんを食べてから名古屋港水族館(冬はめっちゃ寒いから防寒具無いと辛いぞ?)を楽しみ、夜はヒルトンホテル(ここのデザートブッフェはマジでおすすめ。生クリームが甘すぎないから沢山食べても気持ち悪くならない)でディナーをして、良い雰囲気になったらそのままホテルで宿泊(クリスマスは混むから予約しておいたほうがいいぞ?)という予定だ。


「まだかなぁ、ちょっと早く着きすぎたかなぁ」


この男、集合時間は9時に駅前と決めたのに、朝の7時から待っているのだ。

どう考えても焦りすぎであり、気持ちが前のめりになっている。

というのも、23年間生きてきて女性とデートをするのが今日が初であり、年齢=彼女いない歴なのである。

中学校まではほぼ廃校寸前の学校に通ったため生徒が全く居なくて恋人候補が存在せず、高校はバイトに明け暮れ、大学でもバイトに明け暮れ、現在も就職できなかったのでバイトに明け暮れ、そして今日を迎えたのだ。

この気合の入れようも仕方ないだろう。今までの人生の中で最大のチャンスなのだ。

今日という日は役8000分の一の確率で発生した特別な日なのだ。これを逃すともう8000日待たないといけないのではないかとすら考えている。


しかし、そんな彼の人生最大のチャンスを棒に振る出来事が起きる。


バシュー バシュー バシュー キャーナニー ヌレルー キタナーイ


駅前のマンホールが上空へと吹き飛び、下水が噴出する。


「な、なんだ?水道管の破裂か?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

「う、うわ!地震??」


突如噴きあがった下水と、強烈な横揺れに驚くいっぴー。

静岡は地震対策に力を入れている県であり、年に何回も避難訓練を行い震災が起きてからの対策もばっちしで県民も防災の意識が高いのだが、いっぴーは静岡生まれではないため落ち着いて広い場所へ避難する熟練の静岡人を余所に慌てふためいている。

だが、そんな静岡人でも予想が出来ない事態が発生した。


ズモーン!!!!!!


なんと、マンホールから餅が飛び出してきたのだ。


「な、なんだこれ!!臭い、臭いぞ!!?」


ただの餅では無い。

下水を吸って灰色や茶色にくすんだ餅だ。とてつもない腐臭を放っている。


ズモーン!!!!!! ズモーン!!!!!! ズモーン!!!!!!


いくつものマンホールから飛び出す餅。

それはまるで飾りをつけたまま倉庫にしまっておいたので埃がついて白い綿が黒くなった汚いクリスマスツリーの様だ。


ウワー クサイー ナンダコレー バクハツカー セイキマツダー


次々にと現れる汚い餅の柱だが、徐々にその汚い部分は中に織り込まれ、やがて真珠のごとき純白の肌(?)が現れる。


「あ、あれは一体……???」


いっぴーは腰を抜かしてへたり込み、ズモモモとそびえ立ちゆらゆらと揺れる餅の柱を見上げる。

その姿はまるで巨大なチンアナゴだ。白いチンアナゴだ。もっとも、チンアナゴのようにびくんびくんとはせずに、ゆらゆらと揺れているだけだが。


「いっぴーくん!!大丈夫なの!!?」


と、そこにいっぴーの今日のデート相手の緒持能美子(おもちのみこ)が現れる。

白いセーターに赤いミニスカート、デニールの厚い黒タイツに茶色のブーツというテンプレートながらもコンボ力の高い服装だ。

惜しむべきは帽子が毛糸のニットではなく、麦わら帽子な所か。


「能美子ちゃん?まだ30分以上あるのに、どうしてここに?」

「今日が楽しみで早めに出ようって思って来ちゃったんだ。でも、待たせちゃったのかな」

「そ、そんな事ないよ。全然大丈夫、今来たところだから!」


恋人同士が待ち合わせでよくするお約束を行いながら、お互いの安否を確認する二人。

ここで女性に対して「遅えんだよ」とぶっきらぼうに応えるのがヤンキー漫画であり、そこから「お前と遊ぶのが楽しみだったわけじゃねえ」と繋げてツンデレ感を出すのがプロだ。

しかし、いっぴーにはそんな余裕は無かった。何故ならば初デートで緊張しているというのもそうなのだが、デート前に汚餅柱に出会うなど、どのマニュアルにも乗っていなかったからだ。


「これは一体なんなの?」


倒れたいっぴーに駆け寄った能美子はいっぴーに手を貸し、いっぴーを引き起こしながら問いかけるが、いっぴーはその答えを持ち合わせていっぴーなため、首を横に振る。

無理も無い。

こんな餅が地下から噴出する事など、今まで遭遇した人間は一人も居ないだろう。

地下から餅。つまり縁の下の力餅か…などと、若干うまい事を考えたなと思ったが、それをここで発言するのはまだ早い気がした。


そんな中、ゆらゆら揺れているだけだった汚餅柱は段々とその動きを止めつつあった。

この冬の寒さと乾燥が餅肌の水分を奪い、デンプンをβ化させているのだ。

汚餅柱といえどもデンプンの老化を抑えることは出来ないのだろう。早く温め直してデンプンを再度α化させねば美味しく頂くことが出来ない。

これは汚餅柱にとって予想外だったのか、汚餅柱はぱりぱりとしてしまった表皮をぼろぼろと崩しながらマンホールの中へと無理矢理体を押し込んでいく。


「か、帰って行くのか?」


かろうじてそう発言することが出来たいっぴーは、能美子の手を握ったままモッモッモッと下水に戻っていく汚餅柱を見ている。

女の子と手を繋いだのはこれが初めてなので手が汗ばんでねちゃねちゃしていないか不安だったが、今から手を離してその温もりを文字通り手放すのは惜しい気がするので逆にぎゅっと握りしめた。


やがて、汚餅柱はマンホールの周りにぱりぱりの表皮を散らかしてその姿を消した。

汚餅柱が姿を現してから数分の出来事だったが、大勢の人間がその姿を目にし、画像をSNSにアップロードしたため、瞬く間にその情報は世界を駆け巡った。


あれは一体何なのか。何が目的だったのか。

それを知る者は誰も居ない。

だが、この時、いっぴーに手を握られながら能美子は小さくこう呟いていた。


「おねえちゃん……なの?」


その呟きに応える者も、誰も居なかった。




これが、未確認巨大物体と人類との、最初の邂逅だった。

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