エピローグ ~勇者がゴブリン~2


~~~ ご注意 ~~~

 今回は二話同時に更新しております。

 前話をお読みでない方はご注意ください。







 俺はミーモスの執務室から出て、レダーンの町中をゆっくりと歩く。

 執務室から出ようとした俺を、リーエンが呼び止めていたが無視した。それに、あいつにはミーモスの補佐という仕事があるしな。

 人間と妖魔が入り交じって賑わう今のレダーン。帝国としても、ミーモスが治めるこの領地は例外区として、俺たちと人間たちの共存を認めたようだ。当然、何か問題を起こせば帝国の法律で裁かれる。そのことだけは、配下たちにしっかりと念を押しておいた。

「おや、リピィ様ではないですか」

 名前を呼ばれて振り向けば、そこにいたのは行商人だった。

 いや、もうこいつは行商人じゃない。このレダーンにしっかりと店を構え、この街を代表する商人の一人になっているからだ。

「私と私の店がここまで成長できたのも、リピィとミーモス殿下……いえ、ミーモス閣下のおかげでございますとも」

 以前は俺の手足となって動いてくれた商人は、今ではミーモスお抱えの御用商人だ。

 ミーモスの奴、以前からこの商人を評価していたらしい。俺の配下として情報を集めつつ、しっかりと利益も叩き出して自分の店を大きくしたからな。こいつには商才というものがあるのだろう。

「今後も何かあれば、私どもの店にお任せください」

「ああ、その時はよろしくな」

 軽く挨拶を交わして、俺は再びレダーンの町を歩いていく。

 そうして活気に溢れる町の中を歩いていると、どこからともなく俺のよく知る歌声が聞こえてきた。

「今日も元気に歌っているんだな、ゲルーグルの奴は」

 声のする方に歩いていけば、町の中心の広場に辿り着いた。そこには多くの人々が集まっており、ちょっと高くなった場所にゲルーグルがいた。

 様々な楽器を携えたダークエルフたちが巧みに演奏し、その演奏に合わせてゲルーグルが熱唱しながら舞い踊る。高台に立つ彼女の姿は、傍に控えたバルカンの光術できらきらと輝いていた。

 俺たち妖魔が町の住人たちに受け入れられた一番大きな理由は、間違いなく彼女だろう。

 彼女の歌声が多くのレダーンの人々を魅了したからこそ、俺たちは町中でも自由に動けるのだ。

 もちろん、いまだに俺たちに対して敵意を持っている住民も少なくはない。だが、それは仕方ないだろう。人間と妖魔の間に存在する壁は、そう簡単に崩せるわけがないのだから。

「今日もありがとー! また私の歌を聴きに来てねー!」

 どうやら演目──ジョーカーはライブとか呼んでいたな──が終わったゲルーグルが、集まった聴衆に笑顔を振りまいていた。

「あ、リピくん! リピくんだ! リピくんも私の歌を聴きに来てくれたんだね!」

 高台の上から俺を見つけたゲルーグルが、それまで以上の笑顔を俺に向けた。途端、周囲から並々ならぬ殺気が押し寄せてくる。これもまた、いつものことだ。

 ゲルーグルの熱狂的な信奉者たちから、俺は心底嫌われているからな。それこそ、本当に殺してしまいたいほどに。

 原因はもちろんゲルーグルだ。あいつ、公衆の面前ではっきりと俺の子供を産むと公言しやがったんだ。まあ、その辺りは人間とゴブリンの感覚の違いだから仕方ないのだが。

 それ以来、俺は彼女の信奉者たちから敵意を向けられ続けている。だが、それぐらい何だってんだ? ただの人間が何人集まろうとも恐くなんてないな。

 だから俺もゲルーグルに向かって手を振る。

「そろそろ帰るぞ。おまえも一緒に帰らないか?」

「うん! 私も一緒に帰るわ!」

 身軽に高台から飛び降りると、俺の傍まで駈け寄ってくるゲルーグル。そして、にこやかに微笑みながら俺と腕を組んで歩き出す。

 ラグナロク・ゴブリン──ジョーカーに言わせると、俺はラグナロク・ゴブリンの亜種らしい──に進化して身長も伸びたが、それでもまだゲルーグルの方がちょっと高い。

 刺すような視線をあちこちから浴びながら、俺とゲルーグルは身を寄せ合って歩く。

 目指すはレダーンの外れにある俺たちの家だ。

 その家で暮らしているのは、俺、ユクポゥ、パルゥ、二人の息子であるニコン、ゲルーグル、クース、そしてサイラァだ。

 この家を手配してくれたのはもちろんミーモスで、時々三馬鹿たちやザックゥなども遊びに来る。

 そういや、先日はガルアラ氏族のゴンゴ族長が俺たちの家を訪ねて来たな。もちろん、ゴブリン・キングのドゥムも一緒だ。しかも、いつの間にか二人の間には子供まで生まれていたんだ。生まれて来た子供はダークエルフだったが、生まれながらにしてダークエルフとは思えぬほど大柄な子供だった。まあ、あいつらも上手くやっているようで何よりだ。

 あ、庭には一応、バルカン専用の小屋もある。どういうわけか、バルカンの奴はこの小屋が気に入ったらしく、よく中で気持ちよさそうに眠っている姿を見かけるな。

 遊びに来たと言えば、腐竜ことハライソもこの前遊びに来たな。あいつは今、例の人間の姿で帝国中をふらふらとしているらしい。そして、気に入った美少年を見かけては、じーっと見つめて楽しんでいるのだとか。

「美少年こそ世界の宝。その宝を汚す者を、妾は決して許さんぞよ!」

 とかわけの分からんことを言いながら、虐げられている美少年をあちこちから保護してきているそうだ。

 ミーモスいわく、「違法奴隷などを解放しているようなので、帝国としても監視はしても放置するつもりです。そもそも、本気になった炎竜に誰が勝てるというのですか?」だとさ。確かにミーモスの言う通りだよな。

 リュクドの森のどこかに造り上げた奴の巣に、その虐げられていた美少年と共に暮らしているらしいが、詳しいことは知らない。だって、知りたくもないし。



 家を目指して歩いていると、前方からたくさんの人間たちが歩いて来た。

 その集団の先頭に立つのは、俺たちがよく知っている女だ。

「あら、サイラァじゃない。あなたも今から帰るところ?」

「はい、ゲルーグル様。私はこれから家に帰るところですが……リピィ様とゲルーグル様も?」

 再び、凄まじい殺気が俺を襲う。もちろん、殺気を放っているのはサイラァが率いている集団だ。

 最近、このレダーンの町で最も勢力の強いとある宗教集団。それが「くろせいじょ教団」だ。

 邪神の神域である銀月へと赴き、そこで邪神たちを討伐した黒き聖女。その黒き聖女を崇めるのが「黒聖女教団」なのである。

 確かに、サイラァもまた邪神──実際には神などではなかったが──を討った一人に間違いない。

 直接的な戦いはしなかったが、それでも彼女の命術がなければ、俺たちはクリフォードやジャクリーンに敗れていたかもしれないからな。こいつもまた、「討邪の六英雄」の一人ってわけだ。

 なお、「討邪の六英雄」とは、銀月に行った俺たちのことである。

 《勇者》ミーモス、《白き鬼神》リピィ、《大賢者》ジョーカー、《神殺し》ユクポゥ、《剣聖》パルゥ、そして、《黒き聖女》サイラァなどと、世間では呼ばれているらしい。

 しかし、俺とミーモスはともかく、パルゥが《剣聖》でジョーカーが《大賢者》か。ちょっと盛りすぎじゃないか? ユクポゥの《神殺し》は妥当だけどな。

「では、参りましょうか、リピィ様、ゲルーグル様。そして、今夜こそリピィ様の子種をいただき、孕みとうございます」

 頬を赤らめ、息を乱すサイラァ。こいつ、俺に手酷く凌辱されることでも妄想していやがるな?

「あら、駄目よ、サイラァ。今夜は私がリピくんの相手をする日だから。あなたは明日の予定でしょ?」

 まあ、なんだ?

 銀月から帰ってきて気が抜けたのか、俺は彼女たちに手を出してしまった。そのこと自体は後悔などしていない。今の俺はゴブリンであり、《魔物の王》でもあるからな。人間の貞操観念に従う必要などないわけだ。

 だが、銀月から戻って一年が過ぎたものの、ゲルーグルとサイラァが孕む様子はまだない。だからだろう。ここ最近、二人が必要以上に俺に迫ってくるのは。

 とはいえ、焦ることはないと俺は思う。こういうことは焦っても仕方ないことだ。

 サイラァの発言で更に信者たちの殺気が強まる。その射殺しそうなほどの視線を浴びながら、俺たち三人は家に向かう。

 なお、ゲルーグルとサイラァの信奉者たちが、一定以上俺たちの家に近づくことはない。ここの領主であるミーモスにそのように布告してもらっているし、ユクポゥとパルゥが敏感に信奉者たちの接近に気づく。それになにより、連中だってゲルーグルとサイラァから嫌われたくなかろう。

 そんなわけで、俺たち三人は、サイラァの信奉者たちから分かれて家を目指す。やがて、町はずれに立つちょっと大き目の家──俺たちの家が見えてきた。




 家に近づくと、肉を焼くいい匂いが漂ってくる。

「クースの奴、無理してないか?」

「まあ、大丈夫じゃない? あのだって、自分が無理してるかどうかぐらい判断できるわ。それに、今の自分が無理したらどうなるか、もね」

「…………クース様が羨ましいです」

 何か呟いたサイラァは放っておくとして、俺は家の中には入らずにそのまま庭へと回る。

 そこには、庭に作った大きな竈で大量の肉を焼くクースの姿が。

「あ、リピィさん、ゲルーグルさん、サイラァさん。お帰りなさい」

「リピィ、お帰りー」

「おかえりー」

 俺たちの姿を見て、肉を焼く手を止めてクースが微笑む。その傍らには、声だけ出して焼いている肉から目を離そうともしない、パルゥとその息子のニコンの姿が。

 生後一年だが、すでにニコンの体はクースよりも大きい。成長の早いゴブリンならではだ。 あ、ニコンはホブゴブリンだったな。

「ただいま、クース。それより、無理はしていないだろうな?」

「はい、もう安定しているそうで、少しぐらいなら動いた方が逆にいいそうです」

 クースの返事を聞き、俺はちらりとサイラァを見る。そのサイラァも微笑みながら頷ているので、クースの言うことに間違いはないのだろう。

「順調そうで何よりだわ。あーあ、私も早くクースみたいになりたいなー」

 と、意味ありげな視線を向けてくるゲルーグル。

 俺はそんな彼女を敢えて無視すると、改めてクースへと視線を向けた。いや、正確には彼女の大きく張り出した腹へと、だ。

 そう。

 今、彼女は妊娠している。もちろん、俺の子だ。

 まったく、何を好き好んでゴブリンの子供を産もうとしているのやら。

 銀月から戻った俺は、クースの身柄をミーモスに預けようと考えていた。当時まだ皇子であったが、それでもあいつならクースを悪いようにはしないと思ったからだ。

 だが、クースは俺の傍にいることを選んだ。ミーモスの口利きならば、どこかの貴族の養女にでもなれるというのに、である。

 まあ、俺も男だ。女にそこまで言われたら応えるしかあるまい。それに、俺たちはもう転生することもない。後はこの命が尽きるまで、自由に生きるだけだ。

 そう考えれば、子を成すことも悪くはないだろう。だから、俺はクースとゲルーグル、そしてついでにサイラァを傍におくことにしたわけだ。

 なお、サイラァに限っては父親であるゴーガ族長代理から泣いて頼まれたということもある。

 クースたち三人は、以前からレダーンでは評判を集めている。そんな三人を全て傍に侍らすことで、レダーンの一部の男たちから殺意さえ持たれているようだが、それがどうした。今の俺はゴブリンだ。自分のやりたいことをやるだけさ。

 その結果が今のクースである。もちろん、近い内にゲルーグルとサイラァも俺の子を身籠ることになるだろう。

 果たして、クースが生むのは男なのか女なのか、それ以前に人間なのかゴブリンなのか全く分からないが、それが楽しみでもある。

「帰ったぞー!」

 クースたちのことを考えていると、大きな声を出しながらユクポゥが戻ってきた。その肩には巨大なイノシシが担がれている。どうやら、食材を獲りに行っていたらしい。

「随分と見事なイノシシだな、ユクポゥ」

「そうだろう? やはり、父親たるもの子供を飢えさせてはならないからな」

 にやりと意味ありげに笑う兄弟。それはもうすぐ父親になる俺に、父親の先輩として告げているのだろう。ふん、ユクポゥのくせに生意気だぞ。

 こいつといいパルゥといい、本当にゴブリンらしくないよな。ラグラロク・ゴブリンに進化したことで、更にゴブリンらしくなくなったんじゃないか?

「さあ、クース! 早くこのイノシシを美味いイノシシに進化させてくれ!」

 ははは、こういうところは以前のままだな、兄弟。あと、妊婦に無茶ぶりするな。

 さて、それでは俺もイノシシの解体をするかな。それぐらいはしておかないと、生まれてくる子供に父親だと名乗る資格もないからな。




 ユクポゥがイノシシを狩ってきたことで、より豪華になった夕食を終えて。

 俺は一人、庭先に立っていた。

 ちなみに、先ほどまでゲルーグルと一緒だったのだが、彼女は疲れ果てて夢の中だ。何があったのかなんて、言わなくても分かるよな?

 空に輝くのは真円を描く金月と、歪な形の銀月。あの銀月まで行ったなんて、今でも信じられない気持ちが強い。しかし、あの銀月をあのままにしておいていいのか? まあ、ジョーカーが何も言わないのだから、あのままでもいいのだろう。

 二つの月を見上げていると、背後に気配がした。振り返らなくても、それが誰だか分からないはずがない。

「よう、ユクポゥ。何か話があるそうだが?」

「ああ、リピィ。おまえに言っておきたいことがある」

 そう。俺をここに呼び出したのはユクポゥだ。

「それで話とは一体何だ?」

「おまえに一言、言っておきたいことがある。それも、ずっと前からな」

 ユクポゥが真剣な表情で俺を見る。

 考えてみれば、こいつがいまだに俺に従っているのも変な話だよな。生まれたばかりの頃はともかく、いつの頃からか、俺よりもユクポゥの方が遥かに強くなったのだ。

 強さこそが正義である妖魔にとって、自分より弱い者に従う理由などない。それなのに、こいつは今でも俺に従っている。

 それが俺にはずっと疑問だったのだ。

「リピィ。おまえには感謝している。おまえと兄弟だったことが、今の俺の原点だ。おまえがいなかったら、おそらく俺はどこかで死んでいただろう」

 感謝? 感謝だと? 妖魔が感謝しているだって?

 ははは、おいおい、信じられるわけがないだろう。妖魔が感謝だなんて。

 だが。驚くことはまだまだ続いた。

「俺はおまえに一生ついていくからな。おまえに従うことがおまえに対する感謝の証であり、オレのおまえに対する…………んー、何だっけ? チューセー? チューギー?」

 ああ、もしかして忠誠とか忠義とか言いたいわけか? どちらもゴブリンからは最も縁遠い言葉だな、おい。

「まあ、そんなわけだ。これからもよろしく頼むぜ、兄弟!」

 そう言いながら、ユクポゥが拳を突き出してきた。俺はその拳に自分の拳を合わせる。

「こちらこそ、だな。これからもこき使ってやるからな」

「おう、任せろ!」

 と、ユクポゥはまるで三馬鹿たちのように腕の筋肉を強調させた。




「ああ、そうだ。リピィに渡すものがあったんだ」

 そう言いながら、ユクポゥが懐から何かを取り出し、俺に手渡した。

「オレの最大のタカラモノだ! これをおまえに……いや、生まれてくるおまえの息子にやろう!」

 待て、ユクポゥ。クースが産む俺の子は、まだ男の子だと決まったわけじゃないぞ?

 だが、俺の子にくれるというのであれば、受け取らないわけにはいかない。

 俺は兄弟から手渡されたものを、月明かりの中で確認してみた。

 ん? なんだこれ? 薄汚れた布きれ……? お、おい、これって人間の女性が使う下着じゃないかっ!?

「生まれたばかりの頃、このタカラモノをアタマに被ってから、オレは見違えるように強くなった! だから、リピィの息子が生まれたら、このタカラモノをアタマに被せるといい! きっと、オレのような強い男になるぞ!」

 だから、俺の子はまだ男か女か分からないんだって。

 はあ。ユクポゥの奴、俺の子は絶対男だと決めつけてやがるな。

 しかし、これをまだ持っていたのか、ユクポゥの奴。

 この下着は、俺たちが初めて戦った人間の冒険者から奪ったものだ。当時、ユクポゥはなぜかずっとこの下着を被っていたな。

 いつの頃からか被らなくなったが、まだ持っていたとは。

 そもそも、この下着にそんな不思議な力はないのだが……それでも、ユクポゥにとってはこの下着は正真正銘のタカラモノなのだろう。

 そのタカラモノを俺の子にくれるというのだ。これは断れないな。

「ああ、ありがたく貰っておく。だが……これを子供に被せるかどうかは、クースとよく相談してからな?」

 果たして、クースはこのタカラモノを見て何と言うかな?

 そんなことを考えながら、俺は再び月を見上げた。

 二つの月も星々も、今日もそこに輝いている。

 おそらく、俺の子もこうやって夜空を見上げることがあるだろう。

 二つの月が。夜空が。そしてこの世界が。

 いつまでも変わることがないことを願いながら、俺はこれから生まれてくるだろう子供のことを考えるのだった。











~~~ 作者より ~~~

 これにて、『勇者はゴブリン』は完結となります。

 三年半にわたる長き間、最後までお付き合いくださった皆様に最大の感謝を。

 そして、できましたら、次回作に再び目を通してくださることを願いながら。


 最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


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勇者がゴブリン ムク文鳥 @Muku-Buncho

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