決着、そして──



 ユクポゥが繰り出した槍の穂先が、ジャクリーンの喉を確かに貫いていた。

 だが。

 だが、俺は見た。

 喉を貫かれたはずのジャクリーンが、にたりと嫌らしく嗤ったのを。

 次の瞬間、ユクポゥの大柄な体が宙を舞う。

 一体、何が起きた?

 どうして、槍でジャクリーンの喉を貫いたはずのユクポゥが、ヤツから弾き飛ばされたんだ?

「ジャクリーンが、オフにしていた電磁アーマーをここにきてオンにしたのさ。それも、最大出力でね」

 ジョーカーの言うその何とかアーマーは、磁石の力で金属などを弾く防具だって話だったよな。

 簡単には死なない造り物の体を活かした、実に大胆な作戦だ。

 つまりジャクリーンは、喉を貫ぬかせたことで僅かに動きが止まったユクポゥを、何とかアーマーを使って弾き飛ばしたってわけか。

 ユクポゥの奴、進化して体つきが大きくなり、今まで着ていた鎧などは弾け飛んでいるが、槍に使われている金属がそのアーマーの力で押し返されたってことだろう。

 あ、ちなみに、ユクポゥの奴は全裸じゃないぞ。

 ぼろぼろになっちまったが、鎧の下に着こんでいた衣服は辛うじて残っている。まあ、それはユクポゥだけじゃなく、俺とパルゥも似たようなものだが。

 で、宙に飛ばされたユクポゥだが、器用に空中で態勢を整え、難なく着地した。

 さすがに手にしていた槍は、飛ばされた拍子に手放してしまったようだが……ん? ユクポゥが離れた所に落ちている槍に向かって手をかざすと、槍が勝手に宙に浮き、兄弟の手に収まるように飛んできた。

 確かにあの槍には返還能力があったが、あそこまで強力な力だったっけか?

 それに、あの槍の返還能力は投擲した時にのみ発揮されるんじゃ……まあ、いい。俺たちも知らなかった槍の能力を、ユクポゥが引き出したのだろう。




 一方、喉を貫かれたジャクリーンだが。

 こいつは喉を貫かれたというのに、特に痛がる様子もなければ、苦しがる様子もない。

 ヤツの体は造り物らしいから、喉を貫かれても死にはしないということなのだろう。

「…………! …………! …………………………!」

 とはいえ、さすがに喉を潰されては喋ることはできないらしく、先ほどから何かを言っているようだが、何を言っているのかさっぱり分からない。

 まあ、どうせ俺たちに対する文句を言っているのだろう。

「いやぁ、あの表情からして、自分が使っている電磁アーマーを自慢しているってところじゃないかな? 『私たちには、科学の粋を集めた装備があるのよ!』とか言っていると思うな」

 ジョーカーがジャクリーンの言いたいことを予測する。彼はジャクリーンとは長い付き合いだから、あいつが何を言おうとしているのか予測できるのだろうな。

 しかし、あの厄介な何とかアーマーを使われると、こちらからの攻撃は全て無効にならないか?

 さすがに兄弟も、あのアーマーだけは……ん?

 そのユクポゥが俺に向かって親指をおっ立てていた。どうやら、あいつには何か策があるようだ。

 ユクポゥがジャクリーンに再び接敵する。

 ジャクリーンは例のアーマーを作動させているからか、特に避ける素振りさえ見せず、ただにやにやと嗤っているだけだ。

 そのにやにや顔が、次の瞬間には驚愕に引きつることになる。

 なぜなら。

 なぜなら、疾風のごとき勢いで繰り出されたユクポゥの槍が、再びジャクリーンの腹を穿ったのだ。

 文字通り目にも留まらぬ速さで繰り出される、連続した刺突。

 ユクポゥの槍の穂先が霞む度、ジャクリーンの体のあちこちに穴が空く。空いた穴からは、白い体液のようなもの滲み出て、ヤツが着ている衣服を汚していく。

 おいおい、例のアーマーはどうなったんだよ? もしかして故障か?

 思わずユクポゥを見てみれば、奴は自慢そうににやりと笑った。

「見えない鎧は確かに硬いが、思いっきり力を込めれば貫けるぞ」

 あ、あー……ジャクリーン自慢の何とかアーマーも、ユクポゥの理不尽なまでの身体能力の前には意味をなさなかったらしい。

「…………! …………! …………………………!」

 ジャクリーンが目を見開き、再び何かを言っている。

 だが、先ほどとは違ってそこに高慢な態度はない。今あるのは、驚愕と恐怖と哀願だ。

 おそらくは命乞いでもしているのだろう。だが、ヤツが何を言っているのか全く分からない。

 ちらりとジョーカーの方を見てみれば、彼も首を横に力なく振っている。どうやら、旧友であるジョーカーにも、今のジャクリーンが何を言いたいのか分からないようだな。

「これで──終わりだ!」

 これまで以上に力を込めた、渾身の突きをユクポゥが放つ。

 放たれた槍の穂先は空気と何とかアーマーを容易に貫き、ジャクリーンの顔の中心を捉え──そのまま後頭部まで突き抜けたのだった。




 やりやがった。

 とうとう、ユクポゥの奴がやりやがった。

 大昔に遥か遠くからやって来たという、神を気取る連中の最後の一人。

 その最後の一人であるジャクリーンを、ユクポゥが倒したのだ。

 湿った布が床に落ちるような音を立てながら、ジャクリーンの体が力なく地面に倒れる。

 だが、誰もまだ気を抜いてはいない。ジャクリーンが死んだという確証がないからだ。なんせ、こいつは喉を貫かれても死ななかったわけだしな。

 ジョーカーが。ミーモスが。パルゥが……そして、俺とユクポゥが。

 あのサイラァまでが真剣な表情で、倒れたジャクリーンを無言でじっと見つめる。

 どれぐらい、俺たちはジャクリーンを見つめていただろう。俺たちが視線を倒れたジャクリーンに向けている間、ヤツはぴくりとも動かなかった。

 つまり。

 つまり──だ。

「死んだ……のか?」

「おそらく……そうだと思います」

 俺の呟きに、ミーモスが応えた。

 互いに顔を見合わせる俺とミーモス。そして、俺たちは掌と掌を打ち合わせた。

 ぱちーんと心地よい音が周囲に響き渡る。

 ユクポゥが槍を肩に担ぎながら大きく息を吐き出し、パルゥはその場に座り込み。

 サイラァはなぜか……いや、なぜかじゃないな。顔に大穴が開いたジャクリーンを羨ましそうに見つめている。

 そんなに羨ましいのなら、同じように顔に拳を叩き込んでやろうか? あ、いや、止めておこう。こいつにそんなことをしても、ただ喜ぶだけだからな。

 あ、パルゥが念のためか、剣でジャクリーンの首を落とした。ジャクリーンの場合、首を落とすことに意味があるかどうか分からないが、まあ、いいか。でも、そいつの体は全部造り物だから、首も食べられないからな? 忘れていないよな?

 だから、その首はその辺に捨てておきなさい。

 そして、ジョーカーは複雑そうな顔で倒れたジャクリーンを見ていた。

 こいつにしてみれば、最後に残された同胞を失ったんだ。いくらジャクリーンが敵だったとはいえ、そりゃ複雑な心境だろう。

「ジョーカー?」

「うん、大丈夫さ。さぁて、そろそろ地上に帰ろうか! クースくんたちが心配しながら待っているだろうから、早く帰って安心させてあげないとね!」

「それはそうだが、帰りの手段は大丈夫なんだろうな?」

「任せてよ! ここにはシャトルも燃料も豊富にあるからね! 準備にちょっと時間がかかるけど、問題なく地上に帰れるさ!」

 ジョーカーは、俺の背中を押すようにして歩き出す。

 仲間たちの足取りも、どこか軽そうだ。みんな、相当疲れているだろうに、戦いが終わった解放感がそうさせているのだろう。

 だから、だ。

 だから、俺は気づかなかった。

 俺の背中を押すジョーカーの口元が、意味ありげに歪められていたことに。



□   □   □   □   □



 戦闘が終わり、周囲が静かになってしばらく。

 それまで動くもののない〈キリマンジャロ〉の中で、突然笑い声が響き渡った。

「くくく……ははは……ばぁーか! ばぁーか! 今の私は脳さえ無事なら死なねぇんだよっ!! ジョージの奴、地上での暮らしが長かったのか、そんなことも忘れやってっ!! かつての天才も、こうなっちゃ地上の下等生物と変わらねぇな! ばぁーか! ばぁーか!」

 首を斬り落とされ、顔の中心に大きな穴が開いたジャクリーンが哄笑する。

 もちろん、自身の声帯──人工声帯だが──を使って喋っているのではなく、手近にある適当なスピーカーと自分を遠隔リンクで接続して話しているのだ。

 誰もいない場所で一人声に出して喋ることに全く意味はないが、それでも実際に声にしたい心境なのだろう。

 ユニット化されている彼女の脳は、ユクポゥの刺突を受けても奇跡的にダメージを受けていなかった。

 彼女は意図的に脳の活動を休止状態にし、いわゆる「死んだふり」をすることでリピィたちの攻撃から逃れることを選び、それに成功したのだ。

「今頃、あいつらは地上に帰るためにシャトルの準備をしている頃か? くくく、なら、そのシャトルを撃ち落としてやるか! どうせジョージのことだから、効率優先で燃費のいい小型シャトルで地上に戻るだろう。だったら、防御力もおそらくは最低限。ミサイルを十数発も撃ち込めば、連中は宇宙の藻屑になるだろうさ!」

 首だけになり、誰もいない広大な宇宙船の中で、楽しそうに笑うジャクリーン。

「さて、まずはこの身体を何とかしねぇとな。予備の体は準備しているから、その体にユニット化した脳を移し替え……っと、まずは体のある研究区画へ移動しないといけないが、作業用のロボットでも呼び寄せてこの頭を運ばせるか」

 ジャクリーンは首だけになりながらも、上機嫌に笑い続ける。

 やがて、彼女の下に一体のロボットが現れた。清掃用のロボット──型式名称オーバーチャ・N5963タイプ──であり、無人となった今でも〈キリマンジャロ〉のあちこちで清掃に勤しむ作業ロボットの一体だ。

「お、ようやく来たか。さあ、早く私を研究区画へ運びな。あと、そこに転がっているガラクタは適当に処分しろ」

 先程まで彼女が体として使用していた義体を、作業ロボットに処理させようとする。彼女にとって、体などいくらでも取り換えのきく「道具」でしかない。

 清掃ロボットが、粗大ゴミ処理用の作業口を開き、転がっていた義体を取り込む。

 ちょっとした小型バスほどの大きさの清掃ロボットは、そのボディにリサイクル機能を搭載している。その機能で、取り込んだゴミなどを再び資源として再利用できるようにしているのだ。

 清掃ロボットの後方に取り付けられたリサイクル装置が稼働し、取り込んだ義体を分解、再構成して資源へと変えていく作業音が、誰もいない〈キリマンジャロ〉の中に静かに響く。

「それが終わったら、さっさと私を運びな。場所は研究区画の第239作業室だ。そこに私のスペアボディがあるからな。って、おい? 聞こえているのか?」

 リサイクル作業が終わっても動こうとしない清掃ロボットに対し、ジャクリーンが苛立った声を上げる。

 本来ならば、清掃ロボットはただ彼女の指示に従うだけだろう。しかし、ちょっとばかり状況が違った。違うことに、ジャクリーンはようやく気づいたのだ。

「お、おい…………?」

「やあ、ジャクリーン。やっぱり、まだ生きていたようだね」

 突然、清掃ロボットから聞き慣れた声が流れ出した。

「じょ、ジョージ……?」

「そう、僕だよ。君のことだから、意地汚く生き残っているだろうと思ってね。こうして準備しておいたのさ。あ、今の僕は地上へ帰るためのシャトルの準備をしつつ、〈キリマンジャロ〉のメインシステムに干渉して君と話しているんだ。いやぁ、やっぱり僕って天才だね!」

 シャトルの発射準備を行いつつ、並行作業で〈キリマンジャロ〉のメインシステムにアクセスして清掃ロボットをコントロールする。実は特別難しいことではなく、少し技術を持つ者なら誰でもできるだろう。

 それを自信満々に告げるジョーカーの声に、ジャクリーンは苛立ちを募らせた。

 そんな彼女の心境を知ってか知らずか──おそらく知っていてやっているのだろう──、ジョーカーは更に言葉を続けた。

「さあ、いよいよ本当にサヨナラだ。思い残すこともたくさんあるだろうけど……バイバイ、ジャクリーン」

 にこやかそうに告げるジョーカーの声に、ジャクリーンは怒りのために声を出すこともできない。

 そんな彼女に清掃ロボットが徐々に近づいてくる。粗大ゴミ回収用の作業口を開けながら。

「ま、待て…………いや、待ってよジョージっ!? ね、ねえ、謝るわ! これまでのことを全部謝るから……っ!! ゆ、許して……許してくださいっ!! ねえ! ねえってば! 何か言ってよ、ジョージっ!? い、嫌よ! こんな死に方は絶対にいやあああああああああああああああああああっ!!」

 〈キリマンジャロ〉の中に響き渡る、ジャクリーンの絶叫。

 その絶叫は、清掃ロボットの作業口が閉じられると同時に────




 ────ぴたりと途切れた。










~~~ 作者より ~~~

 次回は遂にエピローグ!

 二話纏めて更新する予定ですので、ご注意ください。


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