圧倒



 舞い飛んだ腕。

 それはジャクリーンのものだった。

 片腕を切断され、その切断面から白い体液をちろちろと零しつつ、ヤツは大きく後ろへと下がった。

「…………い、一体何が……」

 切断された腕をもう片方の腕で押さえつつ、ジャクリーンが目を見開く。

 ヤツが見ているのはもちろんユクポゥ。そのユクポゥは、先ほど振り抜いた槍を肩に担ぎながら、にやりと不敵な笑みを浮かべていた。

「『すごく強く』、『すごく速く』槍を振った。ただ、それだけだ」

 ユクポゥの言葉に、ジャクリーンは口をあんぐりと開ける。

 まあ、ヤツの気持ちは分かる。ユクポゥたちは確かに強いが、何らかの武術を学んでいるわけじゃないからな。

 彼らはただ、「強く」「速く」得物を振るうだけだ。ただそれだけを延々と積み重ね、ジャクリーンを追い詰めるまでに昇華させたのだ。

 ここまでくれば、兄弟たちの技術はもう「技」と呼んでもいいだろう。それほどまでに、単純なことを積み上げてきたのだ。

「あり得ない……こ、こんなことあり得るわけがないわ…………っ!!」

 腕を切断されても痛みを感じていないのか、ジャクリーンは自分自身に起きていることを否定する。

 絶対的有利が崩されて、混乱しているのだろう。目の前の現実を受け入れることができないようだ。

「こんなことはあり得ないっ!!」

 ジャクリーンが残された腕──左腕──で懐から何かを取り出す。今まで見たこともない物だが、あれも武器なのか?

「マシンピストル……拳銃サイズながら多数の弾丸を連射できる小型マシンガンだよ。だけど、小型で装弾数も増やす以上、どうしたって小口径の弾丸を使用するしかないという欠点があるんだよね」

 要するに、手数は多いが威力が低い武器、ということらしい。それでも、普通の人間相手なら驚異的な武器なのだそうだ。

 その何とかという武器が、子犬のような甲高い咆哮を上げる。

 同時にジャクリーンが持つ武器から連続で何かが撃ち出されるのが、今の俺には何とか視認できた。

 しかし、俺以上の身体能力を得たユクポゥは、連続して撃ち出された物を、槍を使って全て払い落としていく。

 いや、いくら気術で強化しているとはいえ、あれだけの速度で撃ち出された、あれだけの数の物──ジョーカーいわく、「ダンガン」というらしい──を全て払い落すとは……しかも、槍というその長さゆえに小回りのあまり利かない武器を用いて、だ。

 ユクポゥの奴、一体どこまで強くなったんだ?

「その程度……被害はゼロだな」

 ダンガンが尽きたらしく、うるさい咆哮を上げなくなった武器を見てユクポゥが不敵に笑った。




 ジャクリーンの残された左手から、ぽろりと小さな武器が落ちる。

 ヤツの顔は今、驚愕に引きつっていた。そりゃそうだろう。絶対に有利であった状況が、あっという間にひっくり返されたのだから。

「な、何なの……お、おまえたちは一体何なの…………?」

「オレは単なるゴブリンさ。ただ他と違うことがあるとすれば……幼い頃から今日まで、ずっとリピィと共に戦ってきたことぐらいか?」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 ジャクリーンが狂ったような声を上げる。

「単なるゴブリンっ!? ふざけないでっ!! そんなわけがないでしょうっ!! 単なるゴブリンがここまでの強さに至るわけがないわっ!!」

 うん、ジャクリーンの言いたいことは分かる。

 ゴブリンと言えば、最弱の妖魔と言ってもいい。ちょっとした武器さえあれば、何の訓練も受けていないような農民でも殺すことができるほどの強さしかない。

 だから、ゴブリンは群れる。数を揃えることで、個々の力が弱いことを補うわけだ。

 群れる習性を持つ動物は、やはり弱い場合が多い。ゴブリン同様に、群れることで生き残ろうとするわけだな。

 もちろん、中には強くても群れる動物や魔物もいる。この場合は、群れを作ることで繁殖がしやすくなったり、狩りの効率が上がったりするのが理由だろう。

 だがな、ジャクリーン。ユクポゥもパルゥも本当に単なるゴブリンなんだよ。

 彼らが言うように、普通のゴブリンと違うのは、俺と出会ったことだろう。俺という異質なゴブリンと出会ったことで、彼ら二人の運命は大きく変わった。

 最弱の妖魔から、神を名乗る者を追い詰めるほどの存在に、な。

「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけんじゃねええええええええええええええええええええええっ!!」

 再び絶叫するジャクリーン。

 大きく見開かれた目は血走り、ぶちぎれる寸前といった様子だ。

「たかが下等生物の分際でっ!!」

 ジャクリーンが叫びながら地を蹴る。その速度はこれまでがまるで比較にならないほどで、俺でも目で追うことができない。

「ジャクリーンの奴……リミッターを全解除したのか……?」

 ジャクリーンの造り物の体は、出力を高めようと思えばかなり高くできるらしい。

 だが、出力を高めれば高めるほど、体にかかる負担も大きくなる。その負担を和らげるのが、ジョーカーのいう「りみった」とかいうモノだ。

 だが、ジャクリーンはその「りみった」とやらを全て外したようだ。つまり、ヤツは自分自身にかかる負担を一切考えることなく、その力を全力全開で振るっているわけだ。

 当然、ジャクリーン自身も無事では済まないだろう。

「そんな簡単な判断もできない彼女じゃない。どうやら、彼女もクリフと同じように……」

 ヤツも既に狂気に侵されている、ということなのだろうな。

 ジョーカーが零したその呟きには、どこか寂し気なものが含まれていた。




 周囲に響き渡るのは、硬い物同士がぶつかり合う音。

 俺たちでは目で追うこともできないような高速で、ユクポゥとジャクリーンが激突しているのだろう。

 いやまあ実際は、少しは見えるんだよ。だが、ちらっと見えたかと思った次の瞬間には、二人は既にその地点から移動してしまうのでほとんど見えないわけだ。

 ミーモスも俺と同じような状況らしく、しきりに周囲を見回している。

 対して、パルゥは二人の動きが完全に見えているっぽい、どこか心配そうな表情を浮かべながら、その視線をあちこちへと向けている。おそらく、彼女の視線の先には戦う二人がいるのだろう。

 ジョーカーは……うん、こいつのことだから、何か俺たちの知らない技術を使って二人の戦いを見ているかもしれないな。

 そしてサイラァは……こいつは放っておこう。

 先ほど受けた傷を完全に回復させることもなく、頬を赤らめてはあはあ言っているし。いつでもどこでもどんな状況でも、こいつはブレることが一切ないな。ある意味、こいつが一番凄いんじゃないだろうか。

 と、そんなことを考えていたら、ぎぃぃん、という一際大きな激突音と共にユクポゥとジャクリーンの姿が見えた。

 二人とも特に疲労している様子もなければ、怪我を負っている様子もない。だが、明らかにジャクリーンの方が追い込まれているようだ。

 ヤツが浮かべるそのには、確かな焦りが見て取れる。

「どうして……どうして私の動きをそこまで正確に読むことができるのよっ!?」

 ふむ。どうやら、ユクポゥが圧倒している理由は、ジャクリーンの動きを読み切っているからか。

「簡単なことだ。おまえの動きは先ほど見せてもらったからさ」

 槍を構え、にやりと笑うユクポゥ。

 どうやら、ユクポゥに先立ってパルゥがジャクリーンと戦ったのは、ヤツの動きをユクポゥに分析させるためだったわけだ。

 そして、パルゥと戦ったジャクリーンを見て、ユクポゥは既にその戦い方を見切ってしまった。

 どれだけ強大な力を得ようとも、過去の俺やミーモスの経験や技術を写し取ろうとも、ジャクリーンは戦闘に関しては素人ってことだな。ユクポゥという大本命が見守る中、まんまとその動きを披露してしまったのだから。

「しかも、おまえの動きはリピィによく似ているからな。俺からすれば、実に戦いやすいぞ」

 ああ、なるほど。普段から俺と共に行動し、時に手合わせもしているユクポゥからすれば、過去の俺の技術を写し取ったジャクリーンはとても戦いやすい相手というわけだ。

 もちろん、ヤツはミーモスの過去も取り込んでいるから、ヤツの動きの全てが俺と同じというわけではない。それでも、俺と同じ動きをすることは多々あるわけで、それはユクポゥにはとても馴染みのあるものってことになる。

 俺たちの過去を写し取ったことが、この土壇場で裏目に出たってことか。

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ!! 原住民の下等生物がっ!!」

 まるで癇癪を起した子供のように、ジャクリーンがその場で地団駄を踏む。そして、そんなヤツの様子を、ユクポゥは冷静に見つめていた。

「オレが下等生物? ふむ、確かに俺たちはおまえから見れば下等なのだろう。だが……そんな下等生物である俺に殺されるおまえは、一体何なのだろうな?」

 その台詞を聞いたジャクリーンが、はっとした表情を浮かべながらユクポゥを見る。

 だが。

 だが、その時既にユクポゥはそこにいなかった。

 槍の間合いまで瞬く間に踏み込んだユクポゥが、神速で繰り出したその穂先は。

「………………………………………………ぐぅふ……っ!!」

 間違いなく、ジャクリーンの喉を貫いていた。



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