窮地
「地上の魔法という技術について、さんざん研究してきたわ。ほら、私たちには時間だけはあったからね」
と、ジャクリーンは腐った果実のような甘い笑みを浮かべた。
「魔法……というより魔力と呼ばれるウイルスを駆逐する研究は、もうずっと前から行ってきたことだし、それを応用すれば結構簡単だったわ」
そう語るジャクリーンは、右手を俺たちに見えるように掲げた。
「
くすりと嗤うジャクリーン。
だが、俺たちにとっては笑いごとじゃない。
理屈はイマイチよく分からんが、要するにあいつが触れる魔法は全て打ち消されるってことか?
なら、ヤツに直接触れることなく、効果を及ぼす魔法ならどうだ?
例えば、ヤツを取り囲むように炎の壁を立て、その熱でヤツを焼き殺すようなことならできるのではないだろうか?
これならヤツに直接魔法が触れることはないので打ち消されないし、いくらあいつが兄弟たち以上の身体能力を得ていたとしても、さすがに高熱は防ぐことができないだろう。
あ、ちょっと待てよ? あいつに触れないように炎の壁を立てたとしても、あいつの方から炎の壁に触れてきたら意味ないんじゃないか?
そもそも、この周囲に魔力はほとんど残されていない。人を高熱で焼き殺せるような魔法を行使することは、最早できないと考えた方がいいだろう。
となると……手詰まりか? おいおい、冗談じゃないぞ?
「あと……これも忘れては駄目よ?」
打開策を必死に考える俺に向けて、ジャクリーンが片目を閉じて見せた。
同時に、俺の肩を衝撃が貫く。こ、これは……先ほどもくらった遠方からの狙撃とやらか?
しかも、今撃たれたのは俺だけじゃない。ミーモスとサイラァ、そしてユクポゥとパルゥまでもが狙撃を受けたようだ。
それぞれ、手足などから血を流しつつ、周囲に鋭い視線を飛ばしている。
サイラァが残り少ない魔力で俺たちを癒やしてくれるが、それももう何回もできないだろう。
だが無慈悲にも、再度俺たちを凶弾が襲う。
俺、ミーモス、サイラァはまたもや手足を撃たれ、無様に地面に転がる。
兄弟たちはその常識離れした勘や反射能力で、ぎりぎり狙撃を回避していた。そして、なぜかジョーカーは狙撃されていない。
もしかして、あの女は同胞であるジョーカーを攻撃できないとか? もしくは、ジョーカーを攻撃したくない理由でもあるのだろうか?
いや、そうじゃない。この女はそんなヤツじゃないはずだ。
「どう、ジョージ? 仲間たちが次々に傷つけられていく様を見せつけられる気持ちはどう?」
ほらな。こいつは……この女はどこまでも腐っていやがるんだ。
そんな女に対し、ジョーカーはなにも言わずにただ女を見ていた。
こいつが何も言わない時は、何か企んでいるか何か仕掛けているかのどちらかだ。付き合いの長い俺には、それがよく分かる。
しかし、それは向こうも一緒だったらしい。
女の姿が一瞬消えると、ヤツはジョーカーに肉薄していた。そして、その右の拳がジョーカーの腹に突き刺さり、その体を後方へと吹き飛ばす。
「駄目よ、勝手に私から狙撃システムのコントロールを奪おうとしたら。それぐらい感知できないはずがないでしょう? 私を間抜けなクリフと一緒にしないで欲しいわ」
やはり、ジョーカーは何かを仕掛けようとしていたようだ。何をしようとしていたのかまでは、俺には分からなかったが。
「く…………っ」
腹を押さえてふらつきながら、何とかジョーカーが立ち上がる。
「…………や、やはり、僕たちがクリフと戦っていた様子も見ていたか……」
「当然でしょ?」
またもや目で追えないほどの速度でジョーカーに近づき、女はその胸倉を掴み上げた。
「あなたたちとクリフの戦い、じっくりと見せてもらったわ。結構、楽しめたわよ?」
唇と唇が触れあいそうになるほどに顔を近づけ、ジャクリーンが嗤う。
「あなたを殺すのは、最後ね? だって、それが一番楽しそうなんだもの」
「それは……光栄だね……っ!!」
ジョーカーが至近距離から繰り出した拳撃を、女はひらりと躱す。先程から思っていたことだが、こいつの身体能力はかなり高い。しかも能力が高いだけではなく、しっかりとした技術も体得しているようだ。
「……君も歴代の《勇者》と《魔物の王》の技術と経験をダウンロードしているのか……」
「うふふ……それも当然よね」
ううむ……あいつも例の……なんだっけ? 名前や理屈は忘れたが、過去の俺たちの経験や技術を得ているわけか。
道理で強いわけだ。つまり、あいつは俺やミーモスと同格ということだからな。
ジョーカーもあれで近接攻撃能力はそれなりに高い。武器を用いるのではなく、拳撃や蹴撃を使う体術を心得ているからだ。
もちろん、剣や短剣などもそれなりに使える。魔法しか能がないそこらの魔術師とは違うのだ。
そのジョーカーが、まるっきり子供扱いされていた。
ジョーカーが繰り出す拳や蹴りを、ジャクリーンは余裕で躱しているのだ。
あいつは……ジャクリーンは俺たちで完全に遊んでいやがる。
一体、ここからどう逆転する?
俺はその方法を何とか絞り出そうと、必死に頭を働かせた。
ジャクリーンに魔法は通じない。そもそも、周囲の魔力が枯渇して魔法を使うことも難しい。
かと言って、近接戦闘を挑もうにもヤツの身体能力は兄弟たちさえ凌駕しており、こちらの攻撃はほとんど通じない。
この状況をどう打開する? 俺もミーモスも狙撃を受けて負傷し、サイラァの命術も期待できない。
兄弟たちは今も狙撃を受け続けているが、その驚異的な能力ゆえに何とか回避を続けている。しかし、狙撃の回避に集中しなければならず、ジャクリーンにまで手が回らない。
今はジョーカーがジャクリーンの相手をしているが、ヤツに完全に遊ばれている。
「リピィ、遠方からの攻撃、どうにかならないか?」
狙撃に注意を向けつつ、ユクポゥが俺に尋ねてきた。
だが、どこから攻撃しているのかも分からない以上、俺にもどうしようもないのだが。
「じゃあ、ジョルっち。僕と交代してくれるかな?」
ジャクリーンに攻撃を仕掛けつつ、ジョーカーが提案する。どうやら何か考えがあるのだろう。
何を考えているのかは知らないが、今はジョーカーを信じるしかあるまい。
俺は傷の痛みを噛み殺し、ジョーカーの前に出てジャクリーンに剣を振るう。
「あら、今度は《魔物の王》さんが私の相手なの? ジョージが何を企んでいるのか知らないけど……いいわ、乗ってあげましょう」
どこまでも余裕を崩さないジャクリーン。こいつにとって、俺たちは所詮遊び相手でしかないのだろう。
「さあ、どうぞ? どこからでもかかってきなさい、《魔物の王》さん?」
「じゃあ、お言葉に甘えて──」
俺は剣を構えると同時に、いきなり剣を投擲した。
「え?」
さすがにこれは意表を突かれたのか、ジャクリーンが目を見開く。とはいえ、こんな子供騙しで打撃を与えられるはずもなく、驚きはしてもヤツは投げた剣を易々と弾き飛ばした。
だが、その隙に俺はヤツの懐に飛び込んだ。予備の武器である短剣を腰から引き抜き、ジャクリーンに向かって真っすぐに突き出す。
同時に、短剣を持つ俺の手にがつんと重い手応えが伝わってくる。
「今のはさすがにびっくりしちゃったわ。あなたって思いもしないようなことをするのね。さすがは《魔物の王》といったところかしら」
ジャクリーンが嗤う。俺が突き出した短剣は、ヤツの右腕を確かに捉えていた。だが、捉えただけだ。血が流れ出ることもなければ、痛がる素振りも見せない。
ヤツの体は完全な作り物らしいので、腕に短剣が突き刺さったぐらい何でもないのだろう。
実際、ヤツは平然と俺に向かって拳を繰り出してきた。大きく後ろに跳び退くことで何とか回避したが、狙撃を受けた傷のせいでその場に膝をついてしまう。
「あらあら、もう限界? もう少しがんばって欲しいわね」
立ち上がることができない俺に、ジャクリーンがゆっくりと近づいてくる。だが、ヤツが不意に足を止めると、今度はヤツが大きく跳び退く番だった。
それまでジャクリーンがいた場所に、ミーモスが勢いよく踏み込んで剣を振り下ろす。
「生憎ですが、僕たちは一人ではありませんので」
「今度は《勇者》様がお相手? うふふ、楽しみね」
ミーモスも足や腕から血を流しつつ、必死にジャクリーンへと攻撃を加えていく。
俺もいつまでも膝をついているわけにはいかない。傷の痛みを押し殺して、ジャクリーンへと肉薄する。
「へえ、《勇者》と《魔物の王》が同時に相手なのね」
俺の短剣とミーモスの剣。それがまさに鋼の竜巻となってジャクリーンを襲う。
並の相手であれば、瞬く間に斬り刻まれて絶命するだろう猛攻を、ヤツは涼しい顔で回避し続ける。
反撃してこないのは、決して余裕がないからではなく、ただ単にこの状況を楽しんでいるからだろう。
「ふーん……中々の攻撃だけど、それでもまだまだ私には届かないわね」
「じゃあ、僕も加わったらどうかな?」
「え?」
俺とミーモスの連携に、ジョーカーも加わる。
「おい、ジョーカー! 狙撃の方はどうなった?」
「そっちは無効化したよ。システムを乗っ取ることはできなかったけど、無効化するだけなら何とかなったから」
どうやら、狙撃を封じることに成功したらしい。
これで少しは光明が見えたか? 厳しい現状に変わりはないがな。
その時だ。
周囲に漂う残り僅かな魔力が、勢いよく移動するのを感じたのは。
その移動先は────ユクポゥとパルゥ?
あいつら、残りの魔力をかき集めて、何をするつもりなんだ?
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