本当の黒幕
甘くも毒々しい笑みを浮かべる女に、ジョーカーは殺気を孕んだ声をかけ続ける。
「クリフの君に対する想いを利用して、僕を地上へと落とさせた。その後は彼を上手く誘導し、惑星上に暮らす生物たちを使って《勇者》と《魔物の王》の
一旦言葉を区切ったジョーカーが、改めて女を見る。その視線はどこまでも冷たい。
「最近の君はそれがつまらなく感じてきたんだろう? だから、クリフという『駒』を僕たちに排除させた」
淡々と続けられるジョーカーの言葉。奴の言葉にも相当毒が含まれているようで、その殺気が収まる気配はない。
「クリフの体に注入されていたナノマシンを暴走させたのも、君の仕業だね? あのままクリフを放っておいたとしても、おそらく数日ほどで自壊したはずだ。もしも僕たちがクリフと戦うことなく地上へと戻ることを選択していたら──」
あの肉塊は放っておいても自壊したのか。だったら、わざわざ戦って倒す必要なんてなかったのではないか? だが、ジョーカーの口ぶりからすると、ここで倒しておく必要があったようだな。
「おそらく君は、肉塊となったクリフに更に手を加え、地上へ落としたのではないかな? 自壊することなく、他者を取り込んでどこまでも際限なく増殖する怪物……まさに《魔王》としてね」
なんだとっ!? この女、そんなことを企んでいたのかっ!?
あの肉塊を地上に落とされれば、とんでもない被害が出ていたに違いない。
ジョーカーの言葉を、にたりとした笑みを浮かべながら聞いていた女……えっと、ジャクリーンだっけか? 確かそんな名前だったはずだ。
「さすがはジョージ。何でもお見通しなのね」
「伊達に長い付き合いじゃないさ」
冷たい目を女に向けつつ、ジョーカーは一切油断していないようだ。
当然、俺たちもいつでも戦闘を再開できるように態勢を整えたままにしている。
「あなたの言う通りよ、ジョージ……私こそが、いわゆる『本当の黒幕』というやつね」
どこか腐臭を感じさせる粘ついた笑みを浮かべ、女が言う。
「クリフは、私の思った通りに踊ってくれたわ。でも、あまりにも思い通りだと、逆につまらなくなっちゃうのよね」
俺たちをぐるりと見回す女──ジャクリーン。俺たちに囲まれているというのに、全く動揺している様子もない。
もしかして、クリフォードが使っていたデンジ何とかという鎧を身に着けているから、俺たちを恐れていないのか?
それとも、他に何か理由があるのか?
何も考えていないだけ……ということはないだろう。そんなヤツがこれほどまでの陰謀を企んだりはしないだろう。
「クリフには飽きちゃったから、今度はジョージで遊ぼうと思ったんだけど……さすがにジョージは私の思った通りに動いてくれそうもないわね」
じゃあ、と続けた女はその腐った笑みを更に深めた。
「全員──────────死んじゃえ」
ミーモスの体が吹っ飛んだ。
一体何が起きたというのか? 思わず呆然としてしまう俺──いや、俺たち。
次に吹き飛ばされたのは、最も遠い位置にいたサイラァだった。
何が起きている? いや、何が起きているのかは分からないが、
あのジャクリーンという女だ。あいつ以外に俺たちを攻撃するヤツはいないからな。
だが、あの女の姿が全く見えない。俺や兄弟たちの目に追えないほどの速度で移動し、俺たちに攻撃を仕掛けてきているのだ。
それは分かっている。分かっていても対処できない。
ジャクリーンはただ単純に速く動いているだけだ。だが、単純なだけに対処の仕方も限られてしまう。
気付けば、目の前にジャクリーンの顔があった。相変わらず腐ったような笑みを浮かべながら。
「ほら、《魔物の王》さん。もっと抗ってくれないとつまらないわ。ハンデとして電磁アーマーはオフにしたから、がんばってよね」
俺は直感に従って後ろに跳んだ。その俺の腹に衝撃が走る。どうやら、ジャクリーンは俺を蹴り飛ばしたらしい。
自ら後ろに跳んだことで、受けた打撃は最低限に抑えられた。だが、意識が飛びそうになるほどの衝撃が俺の腹を直撃した。
もしも自ら後ろに跳んでいなかったら、腹を蹴り破られていたかもしれない。
「あらあら、《勇者》や《魔物の王》ってこんな程度なの? やはり地上の原住民は大したことないわね」
振り上げた蹴り足を戻しながら、ジャクリーンが嗤う。
だが、俺を攻撃したことで動きを止めたヤツに、ユクポゥとパルゥが一気に接近する。
ユクポゥの槍が奔り、パルゥの剣が翻る。だが、兄弟たちの電光石火の攻撃を、ジャクリーンはあっさりと回避した。
「あら、こちらの二匹はそこそこやるじゃない? でも──」
再びジャクリーンの姿が消えたかと思うと、ユクポゥとパルゥもまた吹き飛ばされた。
「──私の敵ではないわね」
圧倒的。
まさにそうとしか言いようがないジャクリーンの猛攻。
クリフォードを何とか倒した俺たちだったが、今は先程以上の窮地に追い込まれてしまった。
ジャクリーンの攻撃を受けた仲間たちだったが、誰一人として死んではいない。
どういうわけか、ヤツは武器を持たずに素手で俺たちに攻撃しているからだ。
この腐った果実のような女のことだから、俺たちを舐めているのだろう。もしくは、鼠を甚振る猫のごとく、俺たちで遊んでいるのかもしれない。案外、後者の方が正解の気がするな。
素手の攻撃とはいえ、その威力は
だが、サイラァが俺たちの怪我を魔法で癒やす。あいつにとって怪我はご褒美以外の何ものでもないから、この程度の打撃で行動が鈍ることもない。
あ、いや、別の意味で行動が鈍ることはあるな。実際、今も頬を赤らめてはあはあしながら命術を行使しているし。
とはいえ、俺たちが再び動けるようになったのは間違いない。
「ジャッキー……君のその動き……肉体を捨てたね?」
「ええ、その通り。私本来の体はもう限界だったもの。だから──」
再び、ジャクリーンが腐ったような笑みを浮かべる。
「──より強靭な体……
「だが、脳細胞の劣化は防ぎようがないだろう? たとえ完全義体に脳を移植したとしても、君の寿命は決して長くはない」
また、ジョーカーが俺たちにはよく分からないことを言っている。
だが、あのジャクリーンって女が何らかの方法で自分自身の体を捨て、別の体に憑依しているらしいということは、何とか理解できた。
そして、ヤツが決して不死の存在ではないことも。
それはつまり、ジャクリーンを倒すことは不可能ではないということでもある。
とはいえ、それは決して簡単なことではない。なんせ今のヤツは、兄弟たちさえ凌駕する身体能力を得ているのだから。
たとえ武器を所持していなかろうが、奴の手足が武器と同等の凶器そのものなのは間違いない。
だが……これならどうだ?
俺は炎の槍を十数本生み出し、それをジャクリーンめがけて射出した。
広域の爆術は、血の散布に時間がかかる。のんびりとそんなことをしていたら、ヤツは容易に効果範囲から逃げてしまうだろう。ならば、速度重視の炎の槍で攻めてやる。
そして、俺と同じことを考えていた者がいた。俺が炎の槍を生み出すと同時に、雷の矢を作り出して撃ち放ったのは──もちろんミーモスだった。
ここのところ、妙にあいつとは息が合うんだよな。
炎の槍と雷の矢。合せて三十本近い攻性魔法がジャクリーンを襲う。
「甘いわ」
だが、ヤツは迫る攻性魔法に恐れる様子もなく、ただ、にやりと嫌らしく嗤った。
そして。
迫る数十の攻性魔法を、手と足を用いて全て迎撃したのだ。いや、迎撃というよりは打ち消したというべきか?
ちょ、ちょっと待てよ、おい。
いくらなんでも、あれだけの攻性魔法を全て素手で打ち消しただと? そんなことがあり得るわけがない。
おそらく何らかの仕掛けが秘められているのだろうが、あれを防がれたら、正直手詰まりだ。
近接攻撃は躱される。
広域攻性魔法も逃げられる。
そして、手数優先の攻性魔法もまた、全て打ち消された。
では、こいつに勝つにはどうしたらいいというのだろうか。
~~~ 作者より ~~~
来週はちょっと諸理由からお休み。
次回は6月29日に更新します。
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