進化



 残された二体の機械兵が、肥大化した肉塊となったクリフォードにレーザーを撃つ。

 撃ち出されたレーザーは肉塊の一部を焼くものの、焼かれた箇所はすぐに再生し、より大きな肉の塊へと成長する。

「この異常なまでの再生能力は、完全に治療用ナノマシンの限界を超えている。このままだと、クリフは遅かれ早かれ自壊するだろう」

「ジョーカー殿、あの肉の塊が自壊するまで、どの程度の時間がかかるでしょうか?」

「そうだねぇ、一日か二日か……ひょっとすると、十日ぐらいは保つかもしれない。そこは僕にも分からないなぁ」

 ジョーカーとミーモスが見つめる先で、既に人の形を保てなくなり、広い会堂を埋め尽くすほどに巨大化した肉塊がぶよぶよと蠢き、雪崩のように二体の機械兵を飲み込んだ。

 機械兵たちは肉の海に飲み込まれ、逃げることもできずに押しつぶされる。

「完全にクリフの意識もなさそうだ。こいつは僕と殿下の二人だけじゃちょっと手に負えないな」

 完全に回復していない──回復するつもりもない──サイラァは、戦力に数えるにはちょっと不安だ。それに、彼女は元々回復役としては極めて優れていても、攻撃力はそれほど高くはない。

 蠢く肉の塊となったクリフォード相手では、何もできないだろう。

「それはつまり……二人じゃなければ何とかなる、という意味でしょうか?」

「まあ……二人よりはマシかな、って程度だけどね。そんなわけだから──そろそろ、手を貸してもらえないかな?」

 そう言って振り返ったジョーカーの視線の先で。

 三体の魔物が不敵に微笑んでいた。



□    □    □



 おいおい、こいつは一体何がどうなっているんだ?

 ちょっと俺が……俺たちが意識を失っている間に、戦況はどうなったんだ?

 俺たちが戦っていたはずのクリフォードって奴がいなくなり、その代わり巨大な肉塊が鎮座していやがった。

 どのくらい巨大かっていうと、この広い会堂って建物の中をほとんど埋め尽くすぐらい大きい。

 あれ、一体何だ?

「む……アレ、敵か、リピィ?」

「敵なら倒さないとね、リピィ」

 俺の左右に並んだ見知らぬ妖魔……いや、こいつらが誰かなのかは分かっているのだが、その姿が初見なのである。

 右側にいるのは、オーガーかと見間違えそうなほどの巨漢。だが、オーガーたちほどの筋肉量はなく、かと言って細いわけでもなく、実に均整の取れた体形をしている。

 赤褐色の肌に、金色の髪の男。身長は7フィート(約210センチ)近くありそうだ。

 野性味のある風貌に、額には二本の角。口元からは牙が飛び出しているが、その顔つきは人間にとてもよく似ている。

 対して、左側にいるのはこれまた野性的な女だ。

 肌の色と髪は右側の男と同じ。身長も余裕で6フィート(約180センチ)を超えているだろう。

 男同様に均整の取れた体は、女性らしい曲線を描いている。特にその胸部はクースに匹敵するんじゃないだろうか。顔つきもかなり人間に近く、しかも相当な美女と言っていいだろう。唯一、額の真ん中から生えた一本の角が、彼女が人間ではないことを無言で物語っている。

 着ている鎧──二人とも結構ぱっつんぱっつんだが──と手にした得物で、こいつらが誰なのかはすぐに分かったが……いくら何でも変わりすぎだろ、おまえら。

「リピィ……だよな?」

「リピィ……だよね?」

 その二人が、俺を見つつ首を傾げている。

 ん? 俺は俺に決まっているだろう。おまえら、どうしてそんな不思議そうな顔をしているんだ?

 もしかして……俺も兄弟たちみたいに姿が変わったのか?

「うん、ジョルっちも結構姿が変わったよ」

 いつものように俺の思考を読んだジョーカーが苦笑を浮かべつつそう言った。

「ほら、こんな感じになっているよ?」

 ジョーカーが何やら魔法を使った。あれ? 魔法を使っても大丈夫なのか? ここって魔力が少ないんだろ?

「あ、それなら僕が何とかしたから。それよりほら、幻術を使って今の君の姿を映してみたよ」

 ジョーカーが示した俺の今の姿。うん……確かにかなり変わっているな。

 身長は6フィートには及ばないものの、5フィート5インチ(約165センチ)ぐらいはあるだろうか。以前は5フィート(約150センチ)ぐらいだったから、そこそこ大きくなっているか。

 それにクースよりは背が高くなったことがちょっと……いや、かなり嬉しいかも。

 体色は相変わらず白いな。だが、容貌はかなり人間寄りになっている。

 俺たちの先祖は、ジョーカーのかつての同胞だってことだから、これはいわゆる先祖返りという奴だろうか。

 ただ、兄弟たち同様角だけは存在する。ユクポゥと同じように額に二本。以前髪は頭部の真ん中だけに生えていたのが、全体的に生えているようになった。だが、やはり角があることで、人間に見間違えられることはなさそうだ。

「ふむ……どうやら、ジョルっちたちは無事に進化したようだね」

「進化……そ、そうか、リピィたちは進化のために動きが……」

 ミーモスが驚いた顔で俺を見ていた。まさか、俺もこのタイミングで進化が訪れるとは思わなかったがな。

「それで、俺たちはどんな種族に進化したんだ?」

「うん、それなんだけど……僕も君たちのようなゴブリンは見たことがないんだよね。魔力が枯渇しかけたところに、今度は一気に魔力が補充されたことで、予想外の進化を果たした……ってところかな? 僕にも確証はないけどね」

 ああ、俺たちはゴブリンのくくりからは逃れていないのか。かなり人間寄りの外見になったが、ゴブリンはゴブリンのままなんだな。

 あ、そういや、いつの間にかこの辺り一帯に魔力が充満しているな。どういうことだ? どうせまた、ジョーカーが何かやらかしたんだろうけど。

「種族に関しては、おいおい考えよう。それよりも今は──」

「ええ、のんびりと会話をしている暇はそろそろなくなりそうですよ」

 ミーモスの視線の先を追ってみれば、先程よりも更に大きくなった肉塊がいた。

 ジョーカーによれば、あの肉の塊はクリフォードの成れの果てらしい。そして、既に知能らしきものはないようだとか。

 だからだろう。俺たちがこうも呑気に会話をしていられたのは。

 今、クリフォードだった肉塊は、手当たり次第に会堂を破壊している。そろそろ、ここにいるのは危険だな。早々に脱出するとしようか。




 慌てて会堂から飛び出した俺たち。

 振り返ってみれば、会堂の天井をぶち破った肉塊の姿が見えた。ちょっと目を離しただけで、更に大きくなりやがったぞ、あいつ。

「で、ジョーカー。あいつをどうやって倒すんだ?」

「そうだねぇ。どうやって倒そうか?」

 お、おい、ジョーカーにも分からないのかよ?

「ここはやはり、クリフの回復能力以上の打撃を与え続ける……しか、方法はないんじゃないかな?」

 あの巨体を殴り続けろってか? そりゃ骨が折れそうだな。

「だが、やるしかありませんね」

 なぜか槍ではなく剣を構え、男前なことを言ってくれるミーモス。こいつがこういうことを言うと、凄くサマになるな。さすがは今代の《勇者》といったところか。

「そういうことだ。いいな、ユクポゥ! パルゥ!」

「がってん!」

「がってん!」

 ははは、姿は変わっても、兄弟たちは兄弟たちのままか。逆にそこが頼もしい。

 ユクポゥの槍が奔り、パルゥとミーモスの剣が翻る。そして、俺とジョーカーが魔術をぶっ放す。だが、俺たちの攻撃はヤツの表面を削る程度で、本格的なダメージとは言い難いようだ。

 その俺たちに対して、肉の塊が雪崩のように襲いかかってくる。

 既に人間の形を失ったヤツに残された攻撃手段は、こうやって体ごとぶつかることだけなのかもしれない。

 だが、その攻撃は単調で遅い。雪崩を回避しながらこちらが攻撃を加えるのは難しくはない。

 とはいえ、この肉の雪崩に飲み込まれたら、そのまま圧死は免れない。そこだけは要注意だ。

 肉の雪崩を回避しながら、俺たちはヤツを斬り刻んでいく。だが、やはりヤツの回復能力は半端じゃなく、俺たちがヤツの肉をどれだけ吹き飛ばしても、すぐに元に戻ってしまう。

「ジョルっち……盛大なアレ、行けるかい?」

「それはいいが、時間稼ぎと散布を任せるぜ?」

 どうやら、ジョーカーも俺と同じことを考えていたようだ。俺は前線を仲間たちに任せ、少し後退する。

「サイラァ」

「はい、ここに」

「任せるぞ」

「御意」

 俺の背後で跪くサイラァ。そういや、こいつもいつの間にか回復していたんだな。

 自分の手首に牙を突き立て、そのまま引き裂く。

 当然、勢いよく血が流れ出る。その流れ出た血を見てうっとりとしているどこぞの真性がいるが、それは無視する方向で。

 流れ出た血を口に含み、勢いよく周囲へと噴き出す。そして、噴き出した血はジョーカーが起こした風に乗って周囲にむらなく散らばっていく。

 それを繰り返すこと数回、これで準備は整った。

 手首の傷を凄く残念そうな顔をしているサイラァに治癒させ、俺は仲間たちに合図を送る。

「下がれ! 派手なのが行くぜ!」

 俺の合図に反応し、仲間たちが一斉に後退する。

 そして。

 そして、俺は鍵となるその言葉を解き放つ。

「──────爆っ!!」

 俺の魔力を含んだ血が俺の声に応え、周囲を爆風と爆炎に包み込んだ。



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