暴走狂化





 クリフォード側の機械兵たちが、一斉にレーザーガンを撃ち放つ。

 銃口から放たれた数条の光の線が、ジョーカーが支配を奪った元同僚へと襲い掛かった。

 だが、ジョーカー側の機械兵たちの前に、ぼんやりと輝く光の壁が出現し、殺到する光の線を弾いてその軌道を強引に変えた。

 そして、その光の壁が消えた直後、今度はジョーカー側の機械兵たちがレーザーガンを放つ。

 レーザーに対する効果的な防具を装備していないクリフォード側の機械兵たちは、体を撃ち抜かれて次々と倒れ伏す。

「さて、これで形勢逆転だね?」

 背後にサイラァ、そして前方に二体の機械兵──何回かの撃ち合いの結果、ジョーカー側にも被害が出ている──を配置したジョーカーが、全ての機械兵を失ったクリフォードに対して宣言した。

 そのクリフォードはミーモスとの応酬に追われており、旧友の言葉に応えることもできない。

 なぜなら、彼が手にする光剣──レーザーブレードの片方が使用限界に達したのだ。

 エネルギーが底を突き、レーザーを発信、磁気収束させる制御装置も熱限界を迎えたため、既に沈黙してしまっている。

 残されたもう一振りのレーザーブレードも、遠からず同じ運命を辿るだろう。

「その光剣は確かに恐るべき武器ですが、ジョーカー殿の言った通りの欠点があるようですね!」

 だん、と鋭く踏み込み、手にした剣を高速で振るうミーモス。

 彼にとって剣は一番得手な得物ではないが、それでも今代の《勇者》という称号は伊達ではない。彼が繰り出す剣閃は、速く鋭く、そして力強い。

 その斬り込みを、クリフォードは大きく後退して回避する。その動きは洗練されていて、とても戦闘の素人とは思えない。

 彼の体にインストールされた、過去の《勇者》と《魔物の王》の戦闘データと経験があるからこその動きだった。

 クリフォードが回避に専念している理由は、装備している電磁アーマーもまた、電極が過熱し過ぎて使用できなくなっているからだ。

「く……っ! いい気になるなよ、原住民が!」

 手にしていた使用限界が近い光剣を放り捨てたクリフォードが、新たに懐から引き抜いたのは拳銃サイズのレーザーブラスターだった。

 レーザーライフルに比べると小型なため火力では劣るが、レーザーをパルス状にして広域照射するレーザーブラスターは、射程距離は極めて短い反面、至近距離では恐ろしい威力と命中精度を持つ。

 レーザーライフルとは色彩の違う光を放つ、レーザーブラスター。

 そのパルス状に広がった破壊の光が、ミーモスの全身を蹂躙した────




 ──────かに、見えた。

 だが、ミーモスのやや前方に出現した光の障壁が、クリフォードの放った死の光を完全に遮った。

「そんなに熱くなって一瞬でも僕の存在を忘れるとは、随分と君らしくないね。どうやら、そろそろ手札が尽きて焦ってきたのかな?」

「うるさいぞ、ジョージっ!!」

 ジョーカーの声に必要以上に反応したクリフォードは、ブラスターの銃口を彼へと向ける。

 だが、その引き金トリガーが引き絞られるより早く、下から掬い上げるようにして振られたミーモスの剣が、そのブラスターを弾き飛ばした。

 ────ブラスターを握っていた、クリフォードの右手ごと。

「ぐ──────────っ!!」

 クリフォードの体にインストールした緊急用の止血弁が、ただちに右手の出血を抑制する。そして、脳に伝えられる右手を失った痛みも、自動的にシャットアウトされる。

 そのため、右手を失ってもそれほど大きなダメージはない。だが、一瞬とはいえ脳に伝わった鋭い痛みに、クリフォードは右手を押さえながらふらふらと数歩後退する。

 右手の切断面から血ではない白い液体──強化筋肉を動かすための反応液──をぽたぽたと零しつつ、クリフォードはその場に膝をつく。

「そろそろ負けを認める気にはならないかな、クリフ?」

 膝をつくクリフォードに近づいたジョーカーが、どこか寂しそうな顔で彼を見下ろした。

「負けを認め、今後二度と地上に手を出さないと約束してくれれば……僕としても、幼馴染を手に掛けたくはないんだ」

「じょ……ジョージ……」

 あっけにとられたような表情を浮かべ、旧友を見上げるクリフォード。

 だが、その顔はすぐに醜く歪められた。

「ふざけるな! ここまできて、私に情けをかけるだと……っ!! 一体、おまえはどこまで私を見下せば気が済むというのだっ!!」

 怒りの形相を浮かべ、クリフォードは眼光鋭くジョーカーを見上げる。そこに、自分の負けを認める色は全く見えない。

 クリフォードは残された左拳を激しく床に叩きつける。何度も、何度も。

 その様子を、ジョーカーはただ黙って見下ろすばかり。

「……仕方がないね、クリフ。せめて……最後は僕の手で決着をつけるよ」

 そう言いながら、ジョーカーはクリフォードに向かって右手を翳した。

 その時だ。

 不意に、クリフォードの動きが止まったのは。




 大きすぎた怒りゆえか、それとも抑えきれない悔しさのせいか。涙さえ流しながら、何度も左手で床を叩き続けるクリフォード。

 その姿は、まるで癇癪を起した幼子のようでもあり、ジョーカーはそんな彼を見ていられない。

 せめて幼馴染であり、かつては親友であった自分の手で、そんな情けない彼の姿に終止符を打たんと右手を翳した。

 魔力が満ちた今の会堂内であれば、彼を楽にしてやることは難しくはない。それがたとえ、限界まで強化された人間であっても、だ。

 その時だ。

 それまで慟哭しながら床を叩き続けていたクリフォードが、突然その動きを止めた。

 突然の変化に、訝しそうに眉を寄せるジョーカー。その彼の目の前で、クリフォードの体に変化が生じたのだ。

 ミーモスによって切断された右手の断面がぶくぶくと泡立ち、そこから肉色の「芽」のようなものが生じる。

 同時に、クリフォードの全身にも変化が生じる。まるで風に揺れる水面のように、体中が波打ち始めたのだ。

 そして、彼が着ている仕立てのいいスーツ──見た目こそ普通のスーツだが、対弾対刃対熱に優れた極上品──が、内側から弾けるようにして破れた。スーツの内側から現れたのは、ぶよぶよとした肉の塊。

 それまで、クリフォードは極めて均整の取れた体形をしていた。その体が、瞬く間にぶよぶよと肥大し始めたのだ。

「こ……れは…………?」

 目の前で変貌を遂げるかつての親友を、ジョーカーは呆然と見上げた。見上げることしかできなかった。

 一体何がクリフォードの体に起きたのか。ジョーカーをしても、その原因が分からない。

 だが。

 ──おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!!

 と、クリフォード……「だった」モノが、咆哮を上げた時、ジョーカーは悟った。

 既に幼馴染にして親友だった男は、もうこの世にはいないのだ、と。

 目の前で咆哮を上げる肉塊は、かつて人間だった「ナニカ」だ。

 何らかの理由で人工的な筋肉や細胞が暴走し、精神を狂化させた、「ナニカ」だ。

 そして。

 肉塊に埋もれるように存在する双眸が……肥大化した巨体に比べてあまりにも小さな両の目が、ぎらりとジョーカーへと向けられた。

 ──おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!!

 一際大きな咆哮。

「ジョーカー殿っ!!」

 背後から聞こえる切羽詰まったようなミーモスの声に、ジョーカーは我に返る。同時に、頭上に迫った肉塊──振り上げられたなれの果て──にも気づいた。

 慌てて大きく跳び退き、ミーモスと肩を並べるジョーカー。直後、それまで彼が立っていた場所に巨大な肉塊が落下し、周囲に肉の破片を飛び散らせた。

「一体、あのクリフォードという男に何が起きたのですかっ!?」

 ずるずると這うように迫る肉塊……クリフォードの慣れの果てから目を逸らすことなく、ミーモスはジョーカーに尋ねる。

「具体的な原因は不明だけど、推測するにだね──」

 目を細め、迫る肉塊を凝視しながらジョーカーは自分の考えを披露する。

「彼の……クリフの体の中には、肉体修復用のナノマシンが封入されていたんだと思う。限界まで強化してある体とはいえ、機械化は最小限に留めていたはずだ。なら、強化されたバイオパーツの修復用に、ナノマシンを使うのは不思議なことじゃない」

 相変わらず、ジョーカーの説明は聞いていてもよく理解できない。だが、そのことには触れずに黙ってミーモスは彼の説明を聞き続ける。

「そして、そのナノマシンが暴走した……いや、暴走させられた、が正しいかな? どっちにしろ、本来治療用だったナノマシンが、必要以上にクリフの体を回復させ続けている。結果、限界以上に回復させられた各種細胞が、ああやって肥大化し続けている……ってことじゃないかな?」

 ジョーカーが見つめる先では、更に肉塊が大きくなっていた。その大きさは既に大型のトラックほど。更には、今なお肥大化は続いている。

「普通に考えれば、人一人分の体があんなに肥大化するわけがない。体が大きくなるにはそれ相応の『栄養』というものが必要だからね」

「『無』から『有』は作られない……からですか?」

「Good for you! さすがはミーモス殿下、理解が早くて助かるよ。であるならば、だ。最初からこのように変化するようにクリフの体とナノマシンに何らかの『仕掛け』が施されていたと考えるべきだろう。それも、クリフ本人が気づくことなく、ね」

 そんなことができるのは──と続けた時、ミーモスが再び口を開く。

 二人がこうして会話を交わしている間も、肉塊は更に肥大化し、既に腕なのか触手なのか分からなくなった器官を振り回し、ジョーカーたちを闇雲に攻撃し続ける。

 その攻撃を回避しながら、ミーモスは更に続けた。

「それで……どうやってあの怪物を倒しますか?」

「そうだねぇ……今なお再生し続ける細胞は、ちょっと斬りつけたぐらいじゃ意味はない。となると、僕と殿下二人じゃちょっと厳しいね」

「それはつまり……二人じゃなければ何とかなる、という意味でしょうか?」

「まあ……二人よりはマシかな、って程度だけどね。そんなわけだから──そろそろ、手を貸してもらえないかな?」

 この時、ジョーカーは初めて視線を肉塊から逸らした。

 そして、彼の視線の先では。




 大柄な魔物が三体、にやりと不敵な笑みを浮かべていた。








~~~ 作者より ~~~


 来週はGW(明け)休み!

 次回の更新は、5月18日の予定です。


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