最終形態
「──────爆っ!!」
魔力を含んだ血が俺の声に応え、爆風と爆炎を生み出した。
ジョーカーが何やら細工をしたのか、周囲には魔力が十分にある。そのためか、俺の予想よりも爆発の規模が大きかった。
確か、あまり派手なことをしてこの船に穴が開いたらまずい、とジョーカーは言っていたが……今のは大丈夫だっただろうか? まあ、ジョーカーがやれと言ったんだ。おそらく大丈夫だろう。
実際、船の壁などに穴が開くことはなかった。この辺りはかなり開けた場所だからな。先ほどぐらいの爆発でも特に問題ないようだ。
ただ、この辺りに唯一あった建築物である会堂とやらが、爆術で完全に吹き飛んでしまった。まあ、もともと肉塊が巨大化したことでほとんど破壊されていたし、こちらも大して問題ではないだろう。
荒れ狂う爆炎の熱と爆風の圧力に耐えることしばらく。ようやく爆術の効果が治まった。
さて、ヤツはどうなった? さすがにあの爆発に飲み込まれて無傷ということはないだろう。
爆炎が晴れて視界が明瞭になった時、そこには相変わらずヤツがいた。
だが、その大きさは半分以下になっている。それでも、うぞうぞと蠢いているところから、死んだわけではないようだ。
「ジョルっち、もう一発行けるかい? あの規模の威力は今しか期待できないからね」
ジョーカーが言うには、今、この周囲には多量の魔力が存在している。だが、その魔力の濃度は一時的なもの。
どんな手を使ったか知らないが、ジョーカーはここ銀月に地上の魔力を持ち込んだらしい。現在その魔力はこの周囲一帯だけに留まっているためそれなりの濃度になっているが、すぐに風に乗って船の中に拡散してしまうらしい。
魔力自体は時間が経てばこの船の中でも増えるだろうが、今すぐに増えるわけではない。それにはそれ相応の時間が必要なのだ。
よって、魔力が濃密な今しか、各魔法はその威力を出せないとのこと。
そういうことなら、早目にもう一回ぶちかましておいた方がいいな。
俺は再び手首に牙を突き立て、そこから流れ出た血を空気中に撒く。ジョーカーも風を操って俺の血をクリフォードの周囲へと誘導し、ヤツの周りを俺の魔力で覆っていく。
そして、ヤツの周囲に俺の魔力が十分に満ちた時。
俺は再び鍵となる言葉を解き放った。
──────轟!
轟く爆音。吹き荒れる爆風。
爆術が再び荒れ狂う。先程以上の魔力を込めた二度目の爆術は、より大きな爆発を巻き起こした。
最初の爆術でヤツは半分ほどになったんだ。今度は完全に吹き飛んだだろう。
だが、油断はしない。先程から隣でジョーカーが、「『やったか?』と思った時に限って、本当に倒せたことなんてないんだよ」と言っているからな。
得物を構え、様子を見る。その時だった。辺りを漂う煙の中からソレが飛び出してきたのは。
その速度は極めて速く、油断などしていない俺でもソレに気づくのが精一杯。とてもではないが、ソレに反応することはできなかった。
だが、俺が反応できなかったからといって、他の仲間も同じだとは限らない。
素早く俺の前に立ち塞がり、手にした盾でソレを受け止めたのはもちろんパルゥである。
がつん、と重々しい音が、彼女の盾の表面で響く。
見れば、パルゥの盾の表面に白くて細長い小さな槍のようなものが突き刺さっていた。幸い、その槍のようなものは盾で食い止められ、パルゥ自身に影響はない。
「これは……骨のようだね」
どうやら、槍のようなものの正体は骨らしい。確かにあの肉塊も元は人間なのだから、その内側に骨があっても不思議じゃない。
その骨を矢か槍のように撃ち出したってことは、だ。
俺の予測は正しかったようで、ソレは晴れた煙の向こうから現れた。
大きさは人間よりも一回り大きいぐらいか。丁度、ムゥたちと同じぐらいの大きさに思える。
だが、その姿は人間とはとても思えない。いや、一部だけなら人間に似ていると言えなくもない。
その姿は巨大な頭だ。頭髪のない巨大な頭。その顔つきはどことなくクリフォードを思わせるが、似ているかといえばあまりそうとは言えないだろう。なんせ、その顔面には数えきれないほどの目や鼻、口が存在しているのだから。
その頭部の下──人間でいえば首に該当する部分から無数の手や足が生えている。その無数の手足で、巨大な頭部を支えて立っていた。
「じょぉぉぉ…………じぃ………じょ…………じ…………ぃぃぃぃぃぃ…………」
表面に浮かんだ無数の口が、何やら呟いている。
「おい、ジョーカー。あのクリフォードってヤツは、あんな姿になってもおまえのことが忘れられないようだぜ?」
「いやぁ、嬉しいなぁ。僕、大人気だねぇ」
そんな冗談を言い合っていると、ヤツの表面が所々でぼこぼこと泡立つように盛り上がった。
そして次の瞬間、泡が弾けると同時に再び骨の槍が俺たちに向けて撃ち出される。先程もこうして撃ち出したのだろう。
だが、今度は二回目ということもあり、回避することができた。ユクポゥやパルゥなどは、易々と得物で骨の槍を打ち払っているぐらいだ。
「しかし、今のクリフはどうなっているんだろうね? いくら細胞をナノマシンで急速修復しているとはいえ、あんな生物とは思えないような姿になるとは……ああ、そうか、魔力の影響か」
ナノなんとかでナニを急速に回復させた際、周囲に満ちている魔力を取り込むことで思わぬ方向へと変化してしまった、とジョーカーは言う。
魔力って奴は、ジョーカーの同胞を妖魔へと変える原因となったそうだから、それがナノなんとかと作用して、妖魔や魔獣でさえない全く別の怪物へとクリフォードを変化させた、ということらしい。
うん、今度は何となくだが理解できたぞ。
とにかく、今のヤツは単なる怪物、という認識で間違っていない。それだけ理解できれば十分ってものだ。
引き続き、クリフォード……いや、クリフォード
だが、既にそれは脅威とはならない。
魔法で張った障壁を貫くほどではないし、兄弟たちに至っては、易々と回避しているぐらいだ。
そして、迫る槍を回避しつつ、ユクポゥがヤツに肉薄する。
兄弟が持つ槍がくるりと翻り、その切っ先がヤツのいくつもある目の一つを貫く──その直前。
槍を体の前で回転させつつ、ユクポゥが後退した。
同時に響くのは、連続する激しい音。ヤツの表面で肉が弾け、そこから骨の槍とは別物の、小さな何かを破裂させるように撃ち出したのだ。
その撃ち出されたもののいくつかが、俺たちの方へも迫る。その威力は障壁を貫くほどではないものの、それでもかなりのものだ。並みの金属鎧程度なら、余裕で貫くだろう。
一体、今度は何を飛ばしたんだ?
「…………どうやら、これは歯のようだね。歯を散弾のようにばら撒いたようだ」
歯だと? そう言われて周囲を見回してみれば、確かに歯と思しき物が足元に散らばっていた。それも牙ではなく、人間の奥歯に似た歯だ。
「これって、至近距離からショットガンを食らったようなものだね。ユクポゥくんじゃなければ、避けようがなかっただろう」
確かに至近距離から歯を広範囲にばら撒かれたら、普通なら避けようがないな。それを無事に切り抜けるとは、さすがは我が兄弟、普通じゃない。
いや、無事とは言えないか。手足に回避しきれなかった歯が食い込み、そこから血が出ている。俺はサイラァに命じ、ユクポゥに治癒魔法をかけさせた。
サイラァの治癒魔法にだって限界がある。早めにヤツとの決着をつけるべきだろう。
治癒魔法によりユクポゥの傷が塞がる。その際、兄弟の体の中に残っていただろう歯が内側から押し出され、ぽろぽろと地面に落ちる。思っていた以上に食らっていたようだ。
「大丈夫だろうな、ユクポゥ?」
「もちノろんだ!」
にぃ、と牙をむき出しにして、自信満々に答える兄弟。どうやら、言葉通りに大丈夫のようだ。
「早めに決着をつける。当てにしているぞ」
「任せろ!」
俺とユクポゥは拳を打ち合わせる。新たなゴブリンへと進化したことで、以前よりも言葉遣いや仕草がかなり人間っぽくなったな。
もちろん、当てにしているのはユクポゥだけじゃない。パルゥもジョーカーも、そしてミーモスも当てにしている。
ん? どこぞの真性? こいつはいろいろな意味で当てにしちゃ駄目だろ。まあ、それでも信頼はしているがな。
さあ、いよいよこの戦いも大詰めのようだ。
長かった俺の因縁にも、最後の時が近づいてきていた。
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