脱落
射られた矢のような勢いで、ユクポゥとパルゥがクリフに迫る。
そして、二人の手元から迸るは、銀色の稲妻。
その標的となったクリフだが、なぜか避ける素振りも見せない。その身に鎧のようなものさえ着ていない奴が、兄弟たちの攻撃を受ければ一撃で命を刈り取られるに違いないというのに、だ。
しかし、俺の予想を裏切り、ユクポゥの槍とパルゥの剣はクリフの体に届かなかった。
まるで、その体の周囲に見えない壁があるかのように、兄弟たちの得物が弾かれたのである。
兄弟たちも一瞬不思議そうな顔をするが、すぐに攻撃を再開した。しかし、兄弟たちが繰り出す攻撃は全て弾かれてしまう。
「…………どういうことだ?」
「クリフの奴……電磁アーマーを身に着けているようだね」
でんじあーまー? 何だ、それは?
疑問が顔に出ていたのか、それともいつものように俺の考えを読んだのか。ジョーカーが解説してくれた。
「ジョルっちも磁石は知っているよね?」
「ああ、あの鉄にくっつく変な石のことだろ? それぐらい俺だって知っているぜ」
「要は、その磁石の超強力な奴をクリフは身に着けていて、その磁力でユクポゥくんたちの武器を弾いているのさ」
そういや磁石って鉄にくっつくだけじゃなく、磁石同士はなぜか弾き合うことがあるよな。かと思えば、ぴたりと磁石同士でくっつく時もあるし、本当に磁石って奴は不思議な石だ。
磁石のその弾き合う性質を利用して、自身に迫る金属……つまり、ユクポゥたちの武器を弾いているのだと、ジョーカーは説明してくれた。
もちろん、実際はそんな単純な話ではなく、もっと複雑でカガク的な技術を云々とジョーカーは話していたが、いつものように俺には理解できなかった。
「電磁アーマーは、その強力な電磁力で銃弾どころかレーザーさえ捻じ曲げるからね。いくらユクポゥくんとパルゥくんの攻撃が力強くて鋭くても、あの電磁結界を貫くのは難しいかな」
じゃあ何か? あのクリフって奴に攻撃は一切無効ってことか?
「ところが、そうでもないんだよね。電磁アーマーは極めて強力な反面、磁気を発生させる電極に大きな負荷がかかるんだ。それに、バッテリーの消費も半端じゃない。つまり──」
「詳しいことは僕たちには理解できませんが、要は畳みかけ続ければ勝機はあると?」
ジョーカーの話をミーモスが纏めてくれた。なるほど、要はクリフが無敵でいられるのは短時間だけってことだな。
「ミーモス殿下の言う通りなんだけど、それぐらいはクリフも理解しているはずだよ。防御一辺倒じゃ敵は……僕たちは倒せないってね」
ジョーカーがそう言った時だった。悠然と立つクリフの背後に、突然十数人の兵士らしき連中が現れたのは。
どうやら《勇者》や《魔物の王》の亡霊どもではないようだが、揃いの鎧のようなものを着た兵士たちが、素早くクリフの前に展開する。
「光学迷彩を施した伏兵か! しかも視覚的な迷彩だけではなく、熱と音波センサーに対する迷彩効果をも持たせた機械兵だと……? そんなモノまで用意していたのか!」
「君が知らない札を配しておくのは当然じゃないか」
珍しく焦ったような声を出すジョーカー。どうやら、伏兵を配してあったようだ。
その兵士らしき連中が装備しているのは剣や槍ではなく、おかしな形をした長い筒のようなもの。その筒らしきものを兵士たちは両手で構え、筒の先端を俺たちへと向けた。
「ユクポゥくん! パルゥくん! 一旦下がるんだ!」
珍しく焦った声を出すジョーカー。その指示に従った兄弟たちが大きく後ろへ飛び下がると同時に、兵士たちが手にしていた筒先が眩しく輝いた。
兵士たちが構えた筒先から迸った何条もの光が、飛び下がった兄弟たちの体を次々に貫いていった。
「ははははは! さすがのその異常なゴブリンたちも、レーザーを避けきることは不可能のようだね!」
哄笑するクリフ。
体中を光に撃ち抜かれて床に倒れた兄弟たちだが、彼らはすぐに立ち上がった。どうやら、咄嗟に急所を外すことに成功していたらしい。
そして、兄弟たちの傷はすぐにサイラァが回復させる。彼女の命術は効果が減衰してもなお、ユクポゥとパルゥの怪我を見る間に治癒させた。
だが。
だが、兵士たちが持つ筒から再び光が撃ち出される。撃ち出された光は兄弟たちの手足を撃ち抜き、彼らは再度床に転がることを強制された。
そこへサイラァの命術が飛び、兄弟たちはすぐに立ち上がる。
「回復魔法、ね。地上の魔法技術は確かに興味深いが、僕たちに扱えない以上、無用の技術でもある。しかし、君はどうやって魔法を扱えるようになったのかな?」
探るような目で、クリフがジョーカーを見る。そんなクリフに対し、ジョーカーは冷ややかな目を向けていた。
「君に教えてあげる義理はないな。なんせ、僕が魔法を身につけざるを得なかったのは、他ならぬ君のせいなわけだし?」
「それもそうか」
肩を竦め、頭を数回横に振ったクリフの目が、立ち上がって得物を構える兄弟たちに向けられた。
「《勇者》と《魔者の王》という駒はもう不要だね。なんせ、新しくて優秀な駒が手元に来てくれたのだから。ところで、君はもう気づいているのだろう、ジョーカー?」
「先程ユクポゥくんたちを攻撃した時、あえて急所を狙わなかったことなら、当然気づいているけど?」
ジョーカーの言葉を信じるのであれば、先ほどの攻撃は兄弟たちが急所に当たらないようにしたのではなく、最初から急所を外して攻撃していたってことか?
それに、新しい駒だと? このクリフって奴、今度はユクポゥとパルゥを使って何かする気か?
「その異常なゴブリンたちを解析し、クローンを大量に生産すれば、地上など瞬く間に破壊し尽くすことができるだろう! 今もなお地上を蹂躙しているキメラよりも、彼らのクローンは優秀な兵士となるだろうからね!」
「地上を破壊することが君の望みであれば、核ミサイルでも撃ち込めば早いだろうに」
「ははは、そんなことをしたら、地上の連中が慌てふためく姿が見られないじゃないか! 君も知っている通りこれは僕たちの娯楽……暇つぶしなんだよ! あっという間に終わってしまったら、暇つぶしにならないだろう?」
クリフの言葉が終わると同時に、再び兵士たちが撃ち放った光が、ユクポゥとパルゥの手足を抉る。
だが、今度狙われたのは兄弟たちだけではなかった。
「あ……ふ……ぅっ!!」
兄弟たち以外に、苦悶の声を上げながら床に倒れる者がいたのだ。
「サイラァくん!」
「サイラァ殿!」
今までに聞いたことがないほど、焦った声を上げるジョーカーとミーモス。
俺の後方、最後尾のジョーカーを守るように立っていたサイラァが、口から血を吐きつつ倒れたのだ。
「はははははは! 敵の回復役を最初に倒すのはゲームの常識だろう? 何を驚くことがあるのかな?」
クリフが何か言っているが、俺はそれを聞いている余裕はなかった。
床に倒れたサイラァの体の下に、小さな赤い池ができつつある。よく見れば、彼女の薄い胸を覆う防具の一点に小さな穴が開き、そこからどんどんと血が流れ出ている。
化け物じみた身体能力を誇る兄弟たちでさえ、あの筒から撃ち出される光は避け切れないのだ。彼らよりも身体能力が大きく劣るサイラァが──それでも一般的な兵士や冒険者よりは優れているのだが──、あの光を避けられるわけがない。
おそらくだが、彼女が気づいた時にはもう胸を撃ち抜かれていたのだろう。
「くぅ…………はぁ…………ん…………」
口元を血で汚しながら、サイラァが苦し気な息を吐き出す。
ん?
苦し気?
いや、苦し気というよりは、悩まし気と言った様子だが……ああ、そうか。サイラァだからな。
俺もこれまで何度も修羅場を潜り抜け、倒れた仲間の姿を見てきた。だから、その傷が致命傷になり得るかどうかぐらいは大体分かる。
その俺の目に、サイラァが受けた傷は間違いなく致命傷と映っていた。撃たれたのは心臓の反対側の胸だが、吐く血の色から判断するに肺がやられたのは間違いあるまい。
それなのに、サイラァの奴は恍惚としていやがる。この場においても自分の性癖を隠そうともしないこいつは、ある意味で本当に凄いと思う。
だが、サイラァが致命傷を受けたのは間違いないわけで、ここで彼女を失うのはいろいろと痛いのは間違いない。
「ジョーカー! ミーモス! 何とかしてサイラァを助けろ!」
俺は叫びながら、湧き上がってくる怒りを何とか抑え込もうと努力する。戦闘中に怒りで我を忘れることがどれだけ致命的か、俺はよく知っている。
何だかんだ言いながら、俺はサイラァを仲間だと認めていたのだ。確かにアレな性癖の持ち主だが、それでもサイラァが俺たちの仲間であることは間違いないのだから。
「く……血が止まりません!」
「僕にも命術の適性があれば──っ!」
ミーモスもジョーカーも、命術の適性は持っていない。そのため、回復系の魔法はサイラァに頼り切りだった。そもそも、命術の適性を持つ者はそんなに多くないのだ。
「く……っ!!」
ジョーカーが手元に出現させた透明な板に指を走らせる。すると、部屋の壁の一部が開き、そこから怪しげなモノがせり出てきた。
「この部屋は本来、〈キリマンジャロ〉の首脳陣が集まる部屋だ。よって、もしもの時のために緊急的な生命維持装置があるんだ。とはいえ、あくまでも応急的なものに過ぎない。一刻も早く本格的な治療を施さなければ……」
焦った表情を浮かべるジョーカー。
だが、その何とか言う治療道具……治療道具だよな? それはここにあったものだろう? なら、あのクリフが細工をしている可能性もあるんじゃないか?
探るようにクリフを見つめれば、あいつは嫌な笑みを浮かべて俺を見ていた。
「ああ、生命維持装置に細工なんてしていないから、安心したまえ《魔物の王》……いや、《勇者》と呼ぶべきかな? 地上の原住民がどうなろうと、私が知ったことじゃないからね。本来、用があるのは君でももう一人の原住民でも、そして、そこで転がっているゴブリンの変異種どもでもない……まあ、ゴブリンどもは今後も役立たせてもらうけどね」
そう言ったクリフが見ていたのは、もちろんジョーカーだった。
「このまま機械人形たちに君たちを始末させてもいいのだが、どうせならこの私の手で始末してあげようじゃないか」
クリフが懐から何かを取り出しつつ、筒を構えた兵士たちよりも前に出る。
「〈キリマンジャロ〉の医療センターであれば、その原住民の女を救うことだってできるだろう。だが、その原住民が息絶えるより先に私を倒せるかな?」
おそらく、クリフは即死しないようにサイラァに傷を負わせたのだろう。これもまた、奴が大好きな遊戯なのだ。サイラァの命の炎が消えるよりも早くクリフを倒せという目的の。
クリフが手にしているのは、小さな筒だ。だが、その筒の先から光り輝く刃が現れた。
「光の剣……だと?」
「正式にはレーザーブレードって奴だけどね。まあ、君たちの認識なら『光の剣』が妥当かな?」
相変わらず、嫌な笑みを浮かべたままのクリフ。
そのクリフに一発入れようとして、俺は剣を構え──そして、地を蹴った。
クリフに猛然と肉薄し、その嫌な笑みを浮かべた顔面に剣の切っ先を叩き込む。
────はずだった。
だが。
俺の体はなぜか、急に力が抜けたようにその場に倒れ込んでしまったのだった。
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