黒幕
ジョーカーが会堂と呼ぶ建物に、俺たちは足を踏み入れた。
明るく、毛足の長い絨毯が敷かれた廊下を、俺たちは兄弟たちを先頭にゆっくりと進む。
その兄弟たちだが、ちょっと様子がおかしい。先程から体の動きが鈍いとか言っていたが、どうもそれが続いているようだ。
「おい、ジョーカー。ここ銀月には魔力がないらしいが、それって俺たちの体にとって何か害になるのか?」
「いや、そんなことはないよ? 魔力が僕たちにとって猛毒なのは確かだけど、魔力がない場所で君たちの体に悪影響はないはずさ」
周囲に魔力がないことで魔法の行使には多大な影響があるらしいが、肉体的には特に問題はないとのこと。
じゃあ、兄弟たちの不調の原因は何だ? どうして兄弟たちだけに不調が現れる?
俺やミーモス、サイラァには特に不調は現れていない。もしも空気中に毒でも混じっていれば、俺たちにだって影響はあるはずだろう。
それとも、先程戦った最古の《魔物の王》に毒でも仕込まれていたか? 最古の《魔物の王》と一番近い位置で戦っていたのが兄弟たちだからな。俺たちには影響なくても、兄弟たちだけ毒に侵されている可能性はゼロじゃあるまい。
「おい、ユクポゥ、パルゥ。本当に大丈夫なのか?」
手を握ったり開いたり、軽く飛び跳ねている兄弟たちに聞いてみる。
「ダイジョビ! 心配ない!」
「ちょと体が重いけど、平気だゾ!」
二人ともそれほど深刻ではないようだが、一応サイラァに解毒の魔法をかけさせておくか。《解毒》もここでは効果が落ちるだろうから、気休めにしかならないかもしれないが。
それでも《解毒》を使っておくにこしたことはないだろう。そう思い、後ろを歩くサイラァに魔法を使わせようと彼女へと振り向いた時。
突然、眩暈に襲われた。
頭の奥がつーんとして、思わず目を閉じ、歯を食いしばって眩暈を堪える。
「リピィ? どうしましたか?」
「リピィ様?」
その場に蹲った俺に、ミーモスとサイラァが駆け寄ってくる。
大丈夫、ちょっと眩暈を感じただけだ。実際、眩暈はすぐに治まったしな。
念のために兄弟たちだけではなく俺もサイラァに《解毒》をかけてもらい、俺たちは先に進む。
長く続く廊下をしばらく歩けば、大きな両開きの扉に突き当たった。
ここへ来るまでに、俺の眩暈は完全に治まった。一方、兄弟たちはまだ完全には復調してはいないようだ。
しかし、本人たちは特に問題ではないと言う。ここまで来た以上、彼らの言葉を信じるしかあるまい。
「さて、いよいよクリフと直接のご対面だ。ジョルっちたちも準備はいいかい?」
扉に手をかけつつ、振り返って尋ねてくるジョーカー。俺たちはその問いに無言で頷いてみせた。
「さあ、いくよ! ……と、この中に入る前にちょいと『仕掛け』を弄ってっと……」
再び例の透明な板を出現させたジョーカーが何やら作業らしきことをした後、奴は改めてゆっくりと扉を押し開いた。
扉の向こうは、幾つもの椅子がたくさん並んだ空間だった。
一番奥には一段高い舞台があり、その舞台に置かれた演台を基点として扇形にたくさんの椅子が並んでいる。
どの椅子も実に手の込んだ造りをしているな。奥にある演説台も、細かな彫刻が施してあり、あそこに立つ人物の身分が高いことを示しているのだろう。
その演説台の向こうに、そいつは立っていた。
「お帰り、ジョージ! そして、僕たちの
二十代後半らしき外見の、黒髪の男だ。思っていたより整った外見をしているな。もっと厳つくてがめつそうな顔をした奴だとばかり思っていたのだが、俺の予想は大きく外れたようだ。
ジョーカーの話ではもう一人いるとのことだったが、ここにいるのは一人だけ。なら、もう一人はどこにいるのだろう。
「あれだけたくさんの過去の《勇者》と《魔物の王》を揃えるのは、結構大変だったんだけどね? それをあっさりと倒された私の心境、分かってもらえるだろうか?」
「そんなこと、僕の知ったことじゃないよ。それより、これからどうするつもりだい、クリフ? 僕たちと、直接刃を交えるつもりかな?」
俺が見た限り、このクリフとかいう奴はそれほどの手練れとは思いない。体はそこそこ鍛えられているようだが、それでも精々が一般兵士程度だろう。
かと言って、魔法が使えるわけでもない。連中にとって魔力は猛毒らしいので、あいつは魔法が使えないはずだ。実際、地上に落とされたジョーカーが、魔法を使えるようになるまで相当苦労したらしい。
だが、あの自信はどこから来る? ジョーカーだけではなく、俺やミーモスたちに囲まれたこの状況で、戦う術のなさそうな奴が見せるあの自信はなんだ?
俺は剣を抜きつつ、油断なくクリフって奴を観察する。
身に着けているのは、俺たちには見慣れない服のみ。上下とも同じ色と素材で作られた服で、その色は灰色……いや、銀だろうか? 単純に灰色と呼ぶには光沢があり、銀と呼ぶ方が相応しいかもしれない。
その銀色の服の襟元からは、黒い薄手の服が覗いている。
本当に見慣れない意匠の服だが、これがこっちでは普通なのだろうか?
武器の類は見当たらない。もちろん、上着の下に短剣を隠し持っている可能性はあるが、剣や槍などの得物は持っていないようだ。
ひょっとして、俺たちとは戦う気がないということか? まさか、ここへまで来て今更交渉などと言い出すとは思えないが。
果たして、奴の真意はどこにあるのだろうか。
「《勇者》に《魔物の王》、よくぞここまで来た。ここまで来た《勇者》と《魔物の王》は君たちが初めて……と言いたいところだが、歴代の《勇者》も《魔物の王》も中身は全部一緒だから、初めても何もないかな?」
「確かにそうかも知れないが、だが、初めましてと言っておこうか? まあ、それほど長い付き合いにはならないだろうがな」
「ええ、リピィの言う通りですね。僕もあなたとのお付き合いは今日限りにするつもりですから」
俺と肩を並べ、ミーモスも槍を構える。
俺と同じで、ミーモスもあのクリフって奴にはいろいろと思うところがあるのだろう。
「それに、おまえをここで倒さないと、地上がいつまでも落ち着かないままだからな。ここできっちりとカタをつけさせてもらうぜ」
「やれやれ。《魔物の王》は短気だね。もっとも、《魔物の王》だけではなく、《勇者》も同じ意見のようだし。しかし、《勇者》と《魔物の王》が手を組むなんて予想外だよ」
肩を竦め、頭を振るクリフとやら。俺とミーモスが手を組むのがそんなに意外だったのか?
「君たちにはある程度の思考誘導を施してあったんだよ。例えば、《勇者》と《魔物の王》が互いに倒すべき相手であると認識したり、《勇者》がゴブリンに転生した時に失意のあまり自死しないようにしたり、とかね」
もちろん、完全に洗脳などはしていないよ。それでは見ていておもしろくないからね、とクリフは続けた。
確かに、普通であれば人間がゴブリンに転生すれば、絶望のあまり自刃しても不思議じゃないよな。だが、俺はそんなことは微塵も考えなかった。
それに、ミーモスを……過去の《魔物の王》を、無条件に倒すべき相手であると考えていたことも確かだ。そう考えるように細工がしてあったということか。
どうやら、このクリフという男を倒す理由が一つ増えたようだな。
ミーモスも俺と同じ思いのようで、歯を食いしばりながら、鋭い視線でクリフを見ている。
「さて、そろそろ始めようか? 《勇者》も《魔物の王》もやる気満々のようだしね」
不敵に笑うクリフ。そっちもその気なら、一気に決めさせてもらおうじゃないか!
俺とミーモス、そしてユクポゥとパルゥは同時に床を蹴ってクリフに肉薄し、それぞれの得物を奴に向かって振り下ろした。
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