援軍




 突然現れた、十体以上の見たこともない異形。

 軋むような金属音を立てながら、俺たちの方へと近づいてくる異形。あれはもしや、ここ銀月に棲息する魔獣の類だろうか?

 大きさは大型の犬や狼ぐらいか。平ぺったい体の上に、ちょこんと乗っているのは頭なのか? その頭らしき箇所からは、小さな……と言っても人の腕ほどの大きさの筒のようなものが突き出していた。

 八本ある足を忙しなく動かし、鈍重そうな外見からは想像できないほど機敏な動きを見せている。

 もしかして、あれがジョーカーの言う援軍なのか?

 おそらくそうなのだろうが、一応警戒しておくか。ひょっとすると、援軍は援軍でも敵の援軍かもしれないからな。

 だが、それは杞憂だった。俺たちへと近づいてきた異形の魔獣たちは、そのまま俺たちを素通りして最古の《魔物の王》へと迫って行ったからだ。

 異形の魔獣たちは頭部から突き出している小さな筒を、最古の《魔獣の王》へと向ける。

「ジョルっち! すぐに皆を下がらせるんだ。でないととばっちりを食らうよ!」

 いまだに宙に浮いた透明な板の上に指を躍らせるジョーカーが、真剣な表情で叫んだ。

 とばっちりだと? 一体、あの魔獣たちは何をするつもりなんだ? もしかして、超強力な破壊魔法でこの周辺一帯ごと最古の《魔物の王》を吹き飛ばすつもりじゃあるまいな?

 いや、それはないか。ここ銀月には魔力がほとんどないから、魔法は威力が著しく減衰する。そのため、魔法で周囲一帯を吹き飛ばすなんてことは不可能だろう。

 それに、下手に周囲を破壊すると、常夜の世界に吸い込まれてしまうと言ったのはジョーカー自身だ。

 では、あの魔獣たちは何をするつもり……いや、ジョーカーはあの魔獣に何をさせるつもりなんだ?




 最古の《魔物の王》は、迫る異形の魔獣を一切無視してひたすら俺たちへと攻撃してくる。

 その攻撃を何とか捌きつつ、俺たちはゆっくりと後退していく。

 あ、いや、違うな。兄弟たちは余裕で攻撃を避けていた。相変わらず、非常識な奴らだ。

 ん? だけど、ちょっと違和感があるな。確かに余裕で攻撃を回避しているようだが、いつもより動きが鈍く感じられる。これもまた、ここに魔力が少ないからだろうか。

 後でジョーカーに聞いてみよう。周囲の魔力が少ないことで、動きにまで影響が出るかどうかを。

 とはいえ、最古の《魔物の王》の攻撃を避けることには、特に問題ないようだ。最古の《魔物の王》も兄弟たちを最大の脅威と感じているのか、俺やミーモスよりも兄弟たちの方へ多く攻撃の手数を回しているようだ。

「んー……やっぱり、身体が少し重いナ?」

「うん、ワタシもちょっと重いかナ?」

 兄弟たちも兄弟たちで、先程も言っていたように自分の不調を感じているようだ。

 しかしこれ、今は問題になっていないようだが、後々問題になるかもしれないな。だが、今はまず最古の《魔物の王》を倒すことが先決だ。

 改めて最古の《魔物の王》へと意識を向ける。後退は何とか成功し、最古の《魔物の王》と距離を空けることに成功した。

「ジョーカーっ!!」

「オッケー!」

 たん、と一際力強くジョーカーの指が透明な板を叩いた。

 その直後、異形の魔獣の頭から突き出している筒から、一斉に水が噴き出した。

 噴き出した水は、当然ながら最古の《魔物の王》に向けられる。いや、あれ、ただの水じゃないな?

 なぜなら、異形の魔獣が噴き出した水を浴びた最古の《魔物の王》の動きが、明らかに鈍くなったのだ。

 どうやら、最古の《魔物の王》の粘塊状の体が凍り付いているらしい。

「あれはね、〈キリマンジャロ〉の統括AIが管理する火災鎮火用の消防ロボットなんだよ。統括AIにちょいと介入して、消防ロボットのコントロールを奪ったのさ!」

 親指をぐっとおっ立てながら、ドヤ顔で説明するジョーカー。得意になっているところ悪いが、おまえが言っていることは理解できないんだって。

 その後もジョーカーの奴は、消火用の普通の水ではなく、トウケツザイとやらを含んだ何とか言う液体を放水したとか言っていた。当然、そっちも理解できなかったがな。

 俺たちがそんな話を続けている間も、異形の魔獣……じゃなくて、何とかいう魔獣──いや、あれはどちらかというとゴーレムか?──は放水を続け、最古の《魔物の王》の体をほとんど凍らせてしまった。

 最古の《魔物の王》がいくら無尽蔵の体力と生命力を有していようが、身動き取れなければ脅威ではない。

「いやぁ、クリフも僕が統括AIに介入することを予測していたんだろうね。かなり厳しいファイアウォールが設定されていたけど、そこはほら、僕って天才だからね!」

 ジョーカーの自慢はまだ続いていた。

 どれだけ自慢されても、奴の言うことはやっぱり意味が分からん。




 こうして、何とか最古の《魔物の王》の動きを止めることに成功した。

 とはいえ、最古の《魔物の王》は死んだわけじゃない。凍り付いて動きを止めただけで、この氷が融ければまた動き出すだろう。

 では、今の内に砕いてしまうか? いや、それも同じだろうな。

 砕いた後で氷が融ければ、再び一つになってしまうに違いない。

「今はこれで十分でしょ。氷が融ける前に、クリフが待つ会堂へ向かおうじゃないか。ここからなら、会堂まですぐだしね」

 確かに、ジョーカーの言う通りだ。

 今の内にここを通り過ぎてしまえばいいだけだな。

 あ、それはそうと。

「なあ、ジョーカー。魔力が少ないここでは、俺や兄弟たち妖魔の動きも鈍くなるものなのか?」

「んー……常に気術で身体能力を強化していれば、その効果が低下することで動きは鈍くなるだろうけど……」

 ジョーカーも首を傾げている。もしかして、兄弟たちの常識外れの身体能力は、無意識のうちに普段から身体強化を施していたからなのか? それならそれで、確かに理解できることではあるな。

「ひょっとして、リピィもどこか不調なのですか?」

 ミーモスが俺に問う。いや、俺は別に不調は感じていないぞ。

 となると、やはり兄弟たちは普段から身体強化を施していたのだろうな。

 しかし、不調はないかと聞かれると、何となくどこか不調のような気がしてくるから不思議だ。もちろん、気のせい以外の何ものでもないのだが。

 そうそう、ミーモスも特に不調を感じてはいないようだ。

「さて、それじゃあ、会堂へ向かおうか。さすがにクリフの試練とやらもこれで打ち止めだろうし」

 全く、そうであって欲しいものだ。

 これ以上、最古の《魔物の王》のような厄介な奴が出てこられても困るからな。

「でも、あの最古の《魔物の王》、もしもこの街にまだ住民がいたとするなら、凄く有効な利用方法があるよね」

 ん? あの怪物の有効な利用だと? 一体、何に利用できるって言うんだ?

「ほら、あのスライムって、有機物なら何でも消化しちゃうでしょ? だったら、有機ゴミの処理に極めて有効だよね。さすがに不燃ゴミの処理はできなさそうだけどさ」




 最古の《魔物の王》と戦った場所から、しばらく歩くと。

 俺たちの目の前に、一際大きな建物が見えて来た。

 とはいえ、周囲に全く建物がないわけではない。大小様々、そして背の高い塔が無数に立ち並ぶ中でも、その建物はとても目立っていたのだ。

 高さはそれほどではない。だが、横に広いその建物は、城か要塞のように堅固そうな造りの建物だった。

「これが最高評議会の会堂……さしずめ、ラスボスがいるラストダンジョンっと言ったところかな?」

 建物の正面に立ち、どこか懐かしそうにその建物を見上げるジョーカー。

 その時だ。建物の正面玄関と思しき、大きな両開きの扉がゆっくりと開きだしたのは。

「どうやら、ご招待ってわけらしいぞ」

「ええ、そのようですね」

 俺とミーモスが互いに顔を見合わせ、頷き合う。

 これまで同様、兄弟たちを先頭にして、俺たちは建物の中に足を踏み入れたのだった。




 この時、俺は気づいていなかった。

 俺の身体のどこかで、小さな異音がしていたことに。

 まるで、樹木の幹に小さなひび割れが生じたかのような、小さな小さな異音。

 後になって思えば、それは兄弟たちが感じていた不調と同じものだったわけだが、この時の俺はそれに気づかなかったのだ。

 そのことに俺が気づいたのは、クリフとか言う連中の親玉と対峙している最中のことだった。



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