ジョーカーの秘策
ゆっくりと俺たちに近づいて来る巨大な粘塊──最古の《魔物の王》。
その大きさは、俺たちがここまで乗って来た馬なし馬車の倍ほどか。これ、以前戦った時よりも一回り以上大きくないか?
こいつと前に戦ったのはもう何百年も前なので、具体的な大きさはよく覚えていないが、以前よりも大きいのは間違いない。
こいつは物理的な攻撃が一切効果ない。普通の粘塊ならば多少は物理攻撃も通るものなのだが、この最古の《魔物の王》には全く効果がないのだ。
これまで俺たちは様々な敵と戦ってきた。強敵と呼ぶに相応しいような奴もいた。だが、そのほとんどをユクポゥとパルゥの驚異的な攻撃力で打ち破ってきた。
そのユクポゥとパルゥが全く意味を成さなくなる敵。連中も俺たちへの対策を練ってきたということだろう。
さて、こいつ……最古の《魔物の王》をどう倒すか?
普通であれば、魔法をこれでもかとぶち込んで倒せばいい。だが、ここは銀月──敵の本拠地だ。ここには連中にとって猛毒である魔力がほとんどない。
そのため、魔法を使ってもその効果は半減以下だし、使った魔力の回復もあまり期待できない。一応、俺たちの体内で僅かながら回復するのが救いだな。
ジョーカーに言わせると、普段の俺たちは空気中に存在する魔力を、呼吸と共に体内に取り入れることで魔力を回復させるそうだ。
そして、魔力は体内でも増殖する……とか言っていた。空気中から体内に取り込むことで魔力を補充し、体内に取り込んだ魔力が増殖することで更に回復する。
他にも食べ物を食べることで、そこに含まれる魔力を補充することもできると言っていたな。
何にしろ、俺たちが魔力を回復させるには、周囲に魔力が必要だ。そして、空気など周囲に存在する魔力を反応させることで、魔法はその効果をより発揮する。
だが、ここの空気にはほとんど魔力がない。一応、僅かながらここの空気中にも魔力は含まれているそうだが、俺たちが住んでいる場所に比べるとその量は相当少ないそうだ。
「魔力の完全除去を目指したのだけど、空気中から完全に取り除くことは不可能だったんだ。僅かでも魔力が残ると、そこからどんどん増殖するからね。今も継続的に魔力は空気中から除去されているから、ここの魔力は一定値以上には増えないのさ」
とも、ジョーカーは言っていたな。
要するに、現状で魔法を使っても、周囲に魔力が少ないことで威力が減衰するため、魔法で最古の《魔物の王》を倒すのは極めて難しいということだ。
武器は通じない、魔法も期待できない。
さて、どうしようか?
「おい、ジョーカー! こいつを倒す手段はっ!?」
俺は最古の《魔物の王》から目を離すことなく、後ろにいるジョーカーに尋ねる。
ジョーカーならば、何かいい案があるのではと思ったのだ。これまでだって、こいつの機転は俺たちを救って来たからな。
「しばらく時間を稼いでくれるかな? 何とか都市を統括するAIにアクセスしてみるから」
そう言ったジョーカーは何やら空中で両手の指を躍らせ始めた。横目でちらりと見てみれば、奴の手元には透明な光る板のようなものが見える。
あれが何かは不明だが、まあ、ジョーカーのすることだ。気にしなくてもいいだろう。
それよりも、奴に言われた通り、俺たちは時間を稼いでみよう。
「ユクポゥ! パルゥ! 奴に物理攻撃は効かないから、絶対に無理な攻撃はするな!」
「がってん!」
「がってん!」
俺の言葉ににやりと笑って見せた兄弟たちは、そのまま得物を構えて最古の《魔物の王》へと突進した。
おいおい、俺の話を聞いていたか?
ユクポゥは地を這うような姿勢で射られた矢のように、そしてパルゥは周囲に存在する樹々を利用して立体的に、最古の《魔物の王》へと襲い掛かる。
ユクポゥの繰り出した槍が粘塊の一部を激しく吹き飛ばし、パルゥが一閃させた剣が最古の《魔物の王》の一部を斬り飛ばした。
だが、分離された体の一部は、それぞれがもぞもぞと蠢いて本体である最古の《魔物の王》へと再合流する。
これだ。これがこいつに物理的な攻撃が効かない理由だ。
ばらばらに斬り刻もうが、粉々に吹き飛ばそうが、再びこうして一つに戻ってしまうのだ。それゆえ、最古の《魔物の王》を倒すには、その体を焼き尽くすしかない。
「ミーモス、分かっているな?」
「ええ、承知していますよ!」
兄弟たちが再び斬り飛ばした最古の《魔物の王》の体の一部を、俺とミーモスで焼いていく。こうすれば、本体から分離させた体の一部が再合流することはない。
しかし、最古の《魔物の王》自身には極めて高い再生能力がある。そのため、奴を全て焼き尽くすには、本体を一気に焼くしかないわけだ。
それに、あまり大威力な炎術を用いると、周囲に生えている樹木に延焼する可能性もある。つい忘れがちになるが、ここは一応閉鎖されている場所だ。そんな場所で火事を起こすのはまずいだろう。
そもそも、今の俺たちにそれだけの火力はないのだがな。
「く……思ったより防壁が硬いな……クリフも僕が管理AIに割り込もうとすることは予測済みか……!」
指を宙に激しく舞わせながら、ジョーカーがぶつぶつ言っている。あいつが何をしているのかさっぱり分からないが、それでもあいつに賭けるしかない。
俺たちはジョーカーの準備が整うまで、時間を稼ぐことに専念するまでだ。
魔力を温存するため、俺とミーモスも剣を抜いて最古の《魔物の王》を斬り刻んでいく。いくら刻んでも元に戻ってしまうが、それでも時間は稼げる。
しかし、最古の《魔物の王》もただやられているだけではない。
巨体のあちこちから、酸性の液体弾を俺たちに向かって飛ばしてくるのだ。
その勢いはそれほど速くはないが、それでも無視できるわけじゃない。そのせいで攻撃に専念できず、どうしても手数が減ってしまう。
それに、最古の《魔物の王》の攻撃手段は液体弾だけじゃない。
その粘塊状の体から鞭のような触手を伸ばし、それを俺たちにぶつけてくる。加えて、その触手からも酸性の液体が滲み出るようで、まともに食らえば致命傷にだってなりかねない。
今も最古の《魔物の王》が、俺たちを狙って液体弾を撒き散らす。その液体弾を俺たちは必死に回避する。なんせ、ちょっとでも掠ろうものならそれだけで装備や衣服は溶かされ、更にはその下の皮膚までが焼け爛れるからな。
上体を逸らして迫る液体弾を回避した俺の足元を、地を這うように伸びてきた触手が狙う。
俺はそのまま後方へ跳び、空中でくるりと一回転して着地し、何とか液体弾と触手を回避する。
見れば、ミーモスも何とか躱せているようだ。ただ、兄弟たちが……な。
迫る液体弾を、あえてぎりぎりで回避したり、一度に何本も襲い掛かる触手をひらりひらりと避けたりと、何というかその、あいつら、絶対に遊んでいるだろ。
どれだけ液体弾と触手が襲い掛かろうが、その全てを笑いながら回避する兄弟たち。
あいつら、余裕ありすぎだ。俺やミーモスは結構ぎりぎりで避けているというのに。ミーモスなんて、兄弟たちの非常識ぶりにすっかり呆れ果ててしまったようだ。
そんな兄弟たちの一方、回避能力の高くないサイラァとジョーカーは、攻撃が届かない所まで後退していた。相変わらず透明な板の上で指を動かしているジョーカーを、サイラァが守っているようだな。
俺たちが最古の《魔物の王》の攻撃を避ければ、当然それらの攻撃は周囲の道や樹木にぶち当たるわけで。
液体弾が地面に着弾し、触手が木に巻き付いた途端、もわっとした煙が立ち上り、地面や樹木が溶かされていく。やはりこれ、相当強力な酸のようだ。
最古の《魔物の王》の巨体のあちこちから液体弾と触手が飛び出してくるので、その数が半端ない。さすがの兄弟たちも今では回避に専念……いや、相変わらず楽しそうに遊んでいやがる。
こうなると、俺たちに残された反撃手段はやはりジョーカーに賭けるしかないな。
「おい、ジョーカーっ!! まだかっ!?」
「んん……もうちょっと……よし! 障壁を突破した! 後は──」
どうやら、何とかなったらしい。具体的なことはよく分からんが。
「今、援軍を呼んだから、それが到着するまでもう少しだけがんばってくれないかな」
援軍? この敵の本拠地で、援軍など望めるのか?
次々に迫る液体弾を回避しつつ、俺とミーモスは視線を合わせる。どうやら、こいつも俺と同じことを考えているのだろう。
「ジョーカーのやることを、いちいち考えていたらキリがないぞ」
「それもそうですね」
うむ、ミーモスもジョーカーのことを理解してきたようだな。
その後もしばらく、俺たちは必死に最古の《魔物の王》の攻撃を回避し続けた。いや、兄弟たちは楽しそうに遊んでいるようだが。
「なんか、身体が思ったように動かないゾ?」
「いつもより動きづらいよ、リピィ!」
…………おいおい。あれで動きづらいとか言うのか? それに、兄弟たちが動きづらいっていうのは、それも周囲に魔力がないことが影響しているのか?
その辺りのことをジョーカーに聞いてみようと思った時。
それは──いや、それらは現れた。
見たこともない魔獣のようなモノが十数体、戦っている俺たちを取り囲むように現れたのだ。
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