最古の《魔物の王》
目の前に広がる巨大な塔が立ち並ぶ街。
今まで見たどんな街よりも広大で、整然としていて、とても清潔そうな街だ。
だが、そこに活気は全くなく、人の気配どころか動くものはまるでなかった。
そうだな、ここが不死者の支配する死の街だと言われれば、すんなりと信じられるだろう。
それぐらい、この町は静かだった。
「なるほど、墓標の街、か。ミーモス殿下の言うことは正しいよ。この街は今、人っ子一人いない無人の街だからね」
そう言ったジョーカーは、どこか寂しそうだった。ここはジョーカーの故郷らしいから、誰もいない故郷の街を見る奴の心境は、何となく理解できる。
そうか……ジョーカーも感傷に浸るようなことがあったんだな。
それはそうと、これからどこへ行けばいいんだ? 先程天井から聞こえてきた声は、どこかへ行けとか言っていたよな? その場所って、こっちでいいのか?
「さて……ここ、宙港から最高評議会の会堂まで、ちょっと距離があるね。本来なら、交通機関などを利用するところだけど、当然そんなものは動いていないだろうし……ん?」
ジョーカーが何かに気づいたらしく、視線を動かした。
俺もそちらを見てみれば、一台の馬車が……いや、馬車か、あれ?
見た目は馬車っぽいが、大きさは遥かに大きい。それよりももっと大きな問題は、あの馬車らしいものには車を牽く動物や魔獣の姿がないのだ。
あれ、一体どうやって動いているんだ? それに、ほんの僅かだが唸り声のようなものも聞こえるぞ? ひょっとして、車の内部に小型で力の強い魔獣でも入っているのか?
「どうやらクリフが無人電動車を回してくれたようだ。さて、もちろんこれが罠という可能性もあるけど……」
「ジョーカー殿、あれは一体何なのですか? もしや、この街に巣くう魔獣の一種でしょうか?」
「いや、あれは都市の中枢AIがコントロールする公共のバスだよ。人はいなくなっても、AIは稼働しているからね」
また、ジョーカーが訳の分からないことを言いだした。いい加減、俺たちにも理解できるように説明してくれないだろうか。
改めてジョーカーに聞けば、近づいてくる馬なし馬車は、乗り合い馬車のようなものらしい。いや、馬がいないので「馬車」ではないだろうが、生憎と俺は他に適当な言葉を知らないのであれのことは「馬車」と呼ぶことにする。
俺たちの目の前で停まった馬車は、ぷしゅうという空気の抜けるような音と共にその横腹にある扉を開いた。どうやら、乗り込めという意味らしい。
だが、素直に乗り込んでも大丈夫なのか? 先ほど、ジョーカーも罠がどうとか言っていたことだし。
悩む俺を他所に、兄弟たちはさっさと乗り込む。そして、並んでいる椅子に警戒する様子を見せずに座り込んだ。
…………うん、どうやら罠はないようだ。少なくとも、この馬なし馬車の中には、だが。
「まあ、クリフもこんな所に罠を仕掛けるぐらいなら、もっと他の手段を使うだろうね」
そう言ったジョーカーも、馬車に乗り込むと空いている椅子へと腰を下ろした。
残されたのは、俺とミーモス、そしてサイラァである。
まあ、サイラァは俺が命じれば罠だろうが何だろうが、文句を言うことなく乗り込むだろう。
俺とミーモスは顔を見合わせ、互いに一つ息を吐き出す。
「仕方ない、乗るか」
「そうですね。それしか手段はなさそうです」
一応、最後まで警戒しつつ馬車に乗り込む。
最前列の一番見晴らしのいい席を、ユクポゥとパルゥがちゃかりと占拠している。対して、ジョーカーは一番後ろの長い椅子の真ん中に座っていた。
座るのはどこでもいいか。
俺はユクポゥの後ろに座る。その更に後ろにサイラァが、ミーモスは狭い通路を挟んだ俺の右側の席、つまりパルゥの後ろだ。
俺たちが全員席につくと、それを待っていたかのように馬なし馬車が走り出した。
さて、この馬車は俺たちを一体どこへ運んでいくのやら。
ほとんど揺れを感じることもなく、馬なし馬車は走る。走っていてもここまで揺れを感じさせないとは、一体どのような造りになっているのか。
馬車も馬車だが、この道も道だ。
継ぎ目のない灰色の石が、延々と敷き詰められた綺麗な道。どうすれば、ここまで平坦で綺麗な道を造ることができるのだろう。
数多く起立する天を衝くような高い塔といいこの道といい、ジョーカーの同胞たちが極めて高い各分野の技術を持っていたのは間違いないだろう。
やがて、馬車は塔が立ち並ぶ区域を抜け、木々の多い場所へと差し掛かった。この街にもこんな場所があったんだな。
「ここは中央公園エリアだよ。確かに、ここから目的地である会堂は目と鼻の先だけど……どうしてこっちに来たのやら」
何? それじゃあ、やっぱり、罠だったってわけか?
「罠……というより、クリフの言うところの『試練』の続きなのだと思うよ」
そういや、天井から聞こえてきた声は試練がどうとか言っていたな。なるほど、試練はまだ終わっていなかったらしい。
俺たちが乗る馬なし馬車は、森の奥へと続く道を走る。そして、道なりにしばらく進んだところでゆっくりと停車して扉を開いた。どうやら、ここで降りろということらしい。
周囲に警戒しつつ、俺たちは馬車を降りる。周りは木々が適度に生えていて、鬱蒼とした雰囲気はない。足元にも落ち葉や枯れ枝はほとんどなく、誰かがしっかりと管理しているかのようだ。
だが、一体誰がこんなに広い森を管理しているというのか。ジョーカーの同胞は、もう奴以外には二人しか残っていないはずだ。その二人だけでこれだけ広い森を管理しているとでも? さすがにそれは無理だろう。
「ここ中央公園の管理は、今も都市統括AIがロボットを使って管理しているんだよ。住む人々がいなくなった後も、当時のプログラムがまだ生きていてこうして管理だけはされているのさ」
ジョーカーの奴、また俺の考えを読みやがって。もしかして、俺が気づかない内に何か細工でもしたんじゃないだろうな? 俺の考えていることが筒抜けになるようなヤツを。
と、割と本気でジョーカーを疑っていた時。
それは、木々の向こうからゆっくりと現れた。
「あ、あれは……」
「あ、あれはかつての僕……しかも、最古の《魔物の王》ですか」
俺とミーモスの目が、そいつに向けられる。
現れたのは、真黒な巨大な塊。そう、塊だ。
粘塊と呼ばれる魔物。それが歴史に残る最古の《魔物の王》なのだ。
「なるほどクリフの奴め、考えたね……ユクポゥくんとパルゥくんを警戒し、粘塊──いわゆるスライムを差し向けてきたか」
ユクポゥとパルゥ対策? そうか、粘塊には物理的な攻撃は効果がない。あれに打撃を与えるためには、熱か寒さしかないのだ。
つまり、どれだけ戦闘力が高かろうが、剣や槍では最古の《魔物の王》を倒すことはできない。
ユクポゥとパルゥを役立たずにする策略か。確かにこれは正しいと言えるだろう。
実際、過去にあの《魔物の王》と対峙した時は、相当苦戦したからな。
以前に最古の《魔物の王》と戦った時は、魔法をこれでもかとぶつけて倒したっけか。でも、生命力も極めて高く、そう簡単には倒せなかった。
結局、俺と仲間たちの魔力が尽きかけたところで粘塊に飲み込まれ、粘塊の内側から最後の力を振り絞って魔法をぶっ放して何とか倒したんだよな。
まあ、そのまま粘塊の内部で力尽き、結果的には相打ちに終わったわけだが。
今、俺たちの魔法能力は著しく低下している。そんな状態で最古の《魔物の王》を相手にするのは、これはかなり厳しい戦いになりそうだ。
だが。
だが、一つ忘れていないか?
「おい、ミーモス。あれはどこが弱点だ?」
そう、こちらにはミーモスがいる。かつてあの粘塊が自分自身だったミーモスならば、その弱点だって熟知しているだろう。
だが、ミーモスからは意外な答えが返ってきた。
「それが……初代の僕は、実は自我がほとんどない状態だったのです。一応、意識そのものはありましたが、粘塊の知能などたかが知れているわけでして……」
…………確かに、粘塊に知能などないよな。
ミーモスによると、彼の自我がはっきりしたのは二代目以降のことらしい。
俺は最初から人間だったから自分をはっきりと認識していたが、ミーモスの場合はそうじゃなかったわけか。
仕方ない。粘塊に知能を求める方が間違っている。
「………………さて、どうやってこの、最古の《魔物の王》を倒そうか?」
「はやり、魔法に頼るしかないですねぇ」
「やっぱり、そうだよなぁ……」
さて、魔法能力が著しく低下している現在、まがりなりにも《魔物の王》を倒すだけの魔法をどれだけ繰り出せるか。
これは思ったよりも厳しい戦いになりそうだな。
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