墓標の街



 開いた扉の向こうから、俺たちのいる部屋に入ってきたのは過去のミーモスたち……すなわち、歴代の《魔物の王》たちだった。

 これまでに過去の俺、歴代の《勇者》が現れたのだから、過去の《魔物の王》が現れても不思議じゃない。

 竜人、オーガー、魔人、トロルにダークエルフ……多種多様な種族の妖魔、しかもそれぞれの種族の上位種ばかりであり、かつて俺が相対してきた《魔物の王》たちだ。

 俺の亡霊たちと同様、表情というものがほとんどない《魔物の王》たちの視線が、ひたと俺たちへと向けられている。

 ユクポゥとパルゥが得物を構えながら数歩前進し、その後に俺とミーモスが続く。

 最後尾には、ジョーカーとサイラァの術者たち。いつでも俺たちの支援に入れる態勢だ。

「みんな、もう一度言うよ。ここ……〈キリマンジャロ〉の中では、魔力がほとんど回復しない。ここの空気には魔力がほとんど排除されているんだ」

 その話なら、シャトルの中でジョーカーから聞かされた。ジョーカーの同胞たちにとって魔力は猛毒であり、その猛毒を彼等の住処であるここに持ち込まないようにするのは当然というものだ。

 よって、ここ銀月には魔力が存在しない。魔力が存在しない以上、使用した魔力の回復も極めて遅くなるというのが、ジョーカーから聞かされた注意点だった。

 とはいえ、ここにも僅かではあるが魔力は漂っているらしい。空気中の魔力を完全に取り除くことは、ジョーカーの仲間たちでもできなかったとか。魔力はウィルスとは違って、僅かながら自己増殖するから、とジョーカーは言っていたな。相変わらず意味は分からんが。

 まあ、ジョーカーのことだから、何らかの手は打ってあると思うが……こいつ、時々大きなポカをするからな。完全に信用するのは危険かもしれない。

 とはいえ、今はジョーカーを頼るしかない。

 奴の話によると、俺たちの体内にも魔力は存在するので、全く回復が見込めないわけではないらしい。

「だが、魔力がほとんど利用できないのは、《魔物の王》の亡霊たちも同様だろう?」

 敵である《魔物の王》たちから目を離すことなく、背後のジョーカーに尋ねる。

「当然、そんなことはクリフも承知しているさ。である以上、何らかの対処をしていると考えた方がいいね。なんせ、ここは彼らの本拠地なのだからね」

 なるほど、地の利は向こうにあり、ってことか。ならば、自分たちが有利になるように戦略を巡らせるのは当然だな。



【さて……では、歓迎の宴を始めようか!】

 その声を合図に、《魔物の王》たちが一斉に動き出した。

 その先頭を走るのは、竜人の上位種である飛竜人と、オーガーの上位種であるオーガー・ロードだ。いや、飛竜人は飛竜という名前だけに、走るのではなく宙を飛んで来る。

 二体の《魔物の王》と対峙するのは、我が兄弟たちであるユクポゥとパルゥ。二人はそれぞれの得物を構え、特に気負うことなく《魔物の王》に向かって走り出す。

 最初こそゆっくりとした足の運びだったが、徐々にその速度は上がりまさに疾風と呼ぶに相応しいほどになる。

 地を走るオーガー・ロードと宙をはしる飛竜人。疾走するパルゥと、壁や天井を使って立体的に跳躍するユクポゥ。

 そして、二体の《魔物の王》と兄弟たちが交差した瞬間、《魔物の王》の首が見事なまでに飛んだ。もちろん、交差した時に兄弟たちが首を刎ねたのだ。

 いや、見事というか、見事すぎるだろ、あいつら。ここへ来て更にまた強くなっていないか?

 最小限の魔力で身体強化を施しているとはいえ、かつて俺が苦戦した《魔物の王》を一撃で屠るとは……あいつらが味方で本当に良かったとつくづく思う。

「…………あの二人、本当に出鱈目だねぇ」

 兄弟たちの動きを見て、ジョーカーが呟く。見れば、ミーモスも呆れたような、驚いたような、複雑な表情をしていた。

 ん? サイラァ? あいつはぶちまけられた血を見て恍惚と……はしていなかった。

 なぜなら、倒された《魔物の王》たちには赤い血が流れていないからだ。俺の亡霊の時もそうだったが、連中の体には白い液体が流れているようで、その白い体液が斬られた首から噴き出していた。

 どうやら、それはサイラァの趣味ではないらしく、首を刎ねられて倒れた《魔物の王》を見ても特に興味を示してはいなかった。

【…………何者だ、そのゴブリンたちは? 複製とはいえ《魔物の王》を鎧袖一触にするなんて、君が何か手を加えた個体たちかい、ジョージ?】

 天井から聞こえてくる声が、驚きを通り越して呆れた様子でそう尋ねてきた。

「君のその質問に答える義理は僕にはないよね? クリフの好きなように想像するがいいよ」

【その余裕がどこまで続くかな? では、君たちが私の所に辿り着くことを祈っていよう。ああ、そうそう。私が今いるのは最高評議会会堂だ。ジョージならその場所を知っているだろう?】

「最高評議会の会堂? やれやれ、君はこの〈キリマンジャロ〉の支配者気取りかい?」

【支配者気取り……ではなく、正真正銘の支配者なのだよ、私はね。まあ、今の〈キリマンジャロ〉には二人しか住人がいないから、支配者も何もないだろうがね】

 ジョーカーたちの会話は正直、よく理解できない。だが、構わないだろう。ジョーカーが敵の居場所を知っていることさえ分かれば問題ない。

 それきり、天井からの声は聞こえなくなり、《魔物の王》の亡霊たちがじりじりと俺たちに迫る。

「魔力の温存を考えながら戦うように。ある程度の回復薬は用意してきたが、それも数に限りはあるからね」

 背後から聞こえるジョーカーの指示を聞きつつ、俺たちは迫る《魔物の王》たちへと得物を向けた。




 部屋に侵入してきた《魔物の王》を全て仕留めた俺たちは、連中が現れた扉の向こうへと足を踏み入れた。

 さすがにかつての《魔物の王》は強かった。対峙した時に感じたあの重圧と殺気、間違いなく過去に対峙した時と同じものだったぞ。

「過去の自分と戦うことがあるとは……何とも微妙な感じですね。君もこのような印象を受けたのですか、リピィ?」

「確かに、過去の自分と相対するってのは妙な感じだよな」

 俺も感じたことを、ミーモスもまた感じ取ったようだ。確かに、自分自身と戦うなんて、普通はあり得ないからな。

「リピィ様、先ほどの戦闘で実感致しましたが、やはりこの銀月の中では、魔法の効果が下がるようです。ご注意を」

 サイラァがどこか恍惚とした表情で告げる。こいつがこんなになっているのは、先ほどの戦闘で結構苦戦したからだ。俺もミーモスもそれなりに手傷を負って血を流した。

 その流れ出た血を見て、サイラァの奴は興奮しているのだろう。

 もちろん、負傷はサイラァの命術で回復させたが、その回復量が通常よりも少なく感じたのだ。

 これもまた事前にジョーカーから説明があったことだが、この銀月の中では魔法の効果が下がるのだ。これもまた、ここの魔力が少ないかららしい。

 実際、俺が戦闘中に使った魔法も、いつもより大幅に威力が下がっていた。

「ああ、それからこれも注意してくれるかな? この〈キリマンジャロ〉の中では、大規模な破壊魔法は使わないでくれ。どこかの外壁が壊れて宇宙に繋がりでもしたら、大惨事になるからね」

 ジョーカーの説明によると、壁に穴でも空いて先ほど俺たちが通過したとこの世界に繋がると、今いる銀月から常夜の世界に吸い出されてしまうのだそうだ。

 常夜の世界には空気がないし自由に動くこともできないので、吸い出されたら最後、二度とこの銀月には戻れないとのことだ。

「もっとも、ここでは魔力がない関係で、そこまで威力のある魔法は使えないだろうけどね。それでも、何らかの重要施設が破壊される……って、破壊されてももう問題なかったね。はははは」

 どこか、自嘲気味に笑うジョーカー。奴としても、自分の故郷を必要以上に破壊するのは気が咎めるのかもしれない。

 ここがジョーカーの故郷であるのは間違いないのだから。




 ジョーカーに指示されるまま、俺たちは通路を進む。

 途中、《魔物の王》の亡霊だけではなく過去の俺、すなわち《勇者》も敵として現れた。

 確かに《魔物の王》も《勇者》も強敵には違いないが、こう何度も戦うと徐々に対処のし方も分かってくるというもので、段々と効率的な倒し方も分かってくる。

 それに、連中は連携を一切してこない。そのため、個々がどれだけ強かろうが、ばらばらに攻めてくるだけではそれほど脅威ではなかった。

 それに、場所が狭い通路ということもある。通路の中では一度に対峙できる数が限られるからな。この辺り、迷宮や遺跡の探索でも同様だ。

 しかも、連中は魔法を一切使ってこなかった。全て武器を用いた戦闘ばかりだったのも、俺たちが有利に戦えた一因だな。

 ジョーカーいわく、奴の同胞たちには魔法を使う技術がないから、蘇った《魔物の王》や《勇者》の亡霊たちに、魔法を使う能力を与えられないのだろうということだった。

 迫る《勇者》や《魔物の王》を撃破し、しばらく通路を進めば、前方に扉が見えて来た。

 扉といっても、俺たちがよく知る木の扉や金属の扉ではない。透明な水晶をはめ込んだような、扉の向こうが見透かせるようなシロモノである。

 先程、しゃとるとやらを降りた場所にもあったが、あれ全部が水晶だとしたら、一体どれだけ大きな水晶から削り出したのだろう。しかも、扉だけでなく俺たちの前方の壁一面が、扉と同じ透明な材質で作られていた。

 そして、その透明な扉と壁の向こうには。

「…………これは…………」

「…………街…………ですか?」

 俺とミーモスが、並んでその光景を呆然と見つめる。

 透明な壁の向こうに見えているのは、巨大な塔が連なるような街が、どこまでも無限と思わせるほど広がっていた。

 だが。

「人の気配がまるでありません。これではまるで…………」

 命術という魔法を得意とするからか、それともその特殊な性癖ゆえか、サイラァは生き物の気配に鋭い。そのサイラァがそう言うのであれば、この街には……

「まるで墓標のようです」

 そうだな、ミーモス。俺も同じことを考えていた。

 人の気配がまるでなく……いや、動くものさえ存在しないこの巨大な街は、まるで街全体が墓標のようだった。


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