試練




 真っ暗なとこの世界を、俺たちが乗った空飛ぶ船……ジョーカーが言うところの「しゃとる」とやらはゆっくりと進む。

「いや、体感ではゆっくりかもしれないけど、これ、結構な速度で進んでいるからね?」

 先頭の座席に座っていたジョーカーが振り返り、俺にそう言った。相変わらず、俺の考えていることを読むよな、ジョーカーの奴は。

 そのジョーカーは、真っ暗な窓の外へと視線を向けると、真剣な表情で見つめる。

「ここまで……彼らの妨害は一切なし、か。まあ、クリフの性格からすると、ここで迎撃のミサイルを撃ち込むような無粋なことはしないだろう」

 ふむ……どうやら、ジョーカーは昔の仲間からの妨害を警戒していたらしい。確かに、普通なら俺たちを近づけないように何らかの手段で防衛するものだよな。

「それより、かなり近づいたよ。あれが僕たちの目的地……敵の本拠地だ」

 船の小さな窓の向こうに、巨大な「何か」が見えた。

 それが一体何なのか、俺にはよく分からない。だが、ジョーカーが「敵の本拠地」と言うからには、あれが銀月なのだろう。

「あれが……邪神が住まうと言われてきた、銀月の本当の姿なのですか……」

 俺の隣で、俺と同じように銀月を見ていたミーモスが呟いた。

「僕が考えていたようなモノではありませんね、あれは……」

 ああ、俺も同感だぜ、ミーモス。

「さて、そろそろドッキング・シークエンスに入るから、もう一度座席についてシートベルトを締めてね」

 え? あの複雑な帯をまた締めるのか? あれ、どうやって締めたらいいのか、よく分からないんだが。

 まあ、そこはまたジョーカーにお世話になるとするか。




 どんどんと近づいてくる銀月。

 地上からは見た銀月は歪な形をしていたが、こうして近づいてみると、その形は何と言い表せばいいのか悩む姿をしていた。

 全容は巨大過ぎてよく分からない、というのが正直なところだ。俺たちから見えているのは、銀月の一面でしかないらしい。

 ジョーカーによると銀月の全容を簡単に言えば、やはりその姿は巨大な船らしい。

 その船の一面を地上から見ると、普段俺たちが見ている銀月の形になるんだとか。だから、銀月は金月のように真円ではなく歪な形に見えるのだそうだ。

 全長がどれだけとか推力がどれだけとかジョーカーはいろいろと説明してくれたが、よく分からない数字を並べられても覚えきれないぞ。

 まあ、銀月が相当大きいことだけは、何となく理解できたからよしとしようじゃないか。うん。

 そうこうしている間にも、銀月はどんどん近づいてくる。

「ところでジョーカー殿」

「何だい、ミーモス殿下?」

「どうやって、この巨大な銀月の中に入るのですか?」

 うん、それは俺も疑問だ。俺たちが乗っている船の小さな窓から見える銀月は、全体が強固な壁に覆われているように見える。石なのか金属なのかぱっと見ただけでは分からないが、相当硬そうな壁なのは何となく分かる。

「その点は大丈夫だよ。銀月……〈キリマンジャロ〉のドッキング・ベイにこちらから信号を送れば、ゲート……中に入るための門が開かれるから」

「おい、ジョーカー。その門が開かなかったらどうするつもりだ?」

「それはないと思うよ。もしも連中が門を閉ざすつもりなら、とっくに何らかの迎撃があるはずだからね。おそらくだけど連中……いや、クリフは僕と直接決着をつけるつもりなのだと思う。そもそも、彼らがその気ならこの〈キリマンジャロ〉から直接ミサイルを撃ち込んで、大陸中を蹂躙することだってできるんだからさ」

 それをしない以上彼らにも目的があるのさ、とジョーカーは続けた

 なるほど。俺たちの敵は俺たちをあえて懐に入れるつもりってわけか。

 銀月は連中の本拠地だし、どんな罠が待ち受けているか分かったものじゃない。

 だとすれば、罠に詳しいギーンを連れてくるべきだったか? だが、ギーンを連れてくる代わりに外す奴がいないんだよな。

 まあ、ちょっとやそっとの罠なら、兄弟たちが強引に踏み潰すだろう。今の兄弟たちは、それぐらいのことはあっさりとやってのけそうだ。

 俺がそんなことを考えている間にも、船はどんどんと銀月に近づいていく。

 そして船の前方、銀月の壁の一部がゆっくりと開いていくのが見えた。

「うん、思った通り、ドッキング・ベイのゲートが開いたね。それにガイドビーコンもしっかりと出ている。クリフは僕たちを誘っているようだ。さあ、ジョルっちたち、覚悟はいいかい?」

 俺たちの方へと振り向き、ジョーカーがにやりと笑う。

 そんなこと、聞くまでもないだろう? 俺たちの覚悟はとっくに決まっているさ。

 ジョーカーの奴に親指を突き立てて見せれば、ジョーカーも同じ仕草を返してきた。

 気付けば、俺の後ろで兄弟たちも同じ仕草をしていた。こいつら、気に入ったことがあるとすぐ真似するよな。

 そして俺たちが乗った船は、銀月の壁にぽっかりと開いた穴へとその船体をゆっくりと滑り込ませた。




 俺たちの船が銀月の中に入った。

 しばらくジョーカーが何やら作業をしていたようだが、やがて俺たちに向かって身体を締め付けている帯を外してもいいと言ってきた。

「ようやく『仕掛け』が終わったからね。いよいよ、敵の本拠地に乗り込むよ!」

 何やらごそごそとやっていると思ったら、また何かやらかすつもりなのか、ジョーカーの奴は。

 まあ、それはいい。ジョーカーが影で何か仕込むのはいつものことだし、それが起死回生の手段となったことは今までたくさんあったからな。

 それよりも、今はこの複雑な帯を外す方が先決だ。だが、俺を甘く見るなよ? 既に一度見たからな。もうこの帯を一人で外すことができるぜ。

 一人で帯を外し、周囲を見てみると、ミーモスも兄弟たちもサイラァも、皆自分で帯を外していた。

 ………………………………いや、別に悔しいなんて思っていないぞ。自分だけさらっと帯を外して、他の連中にドヤ顔決めてやろうなんて思っていないからな?

 さて、それはともかく。

 ジョーカーから、船から出てもいいという許可が出た。

「ドッキング・ベイ自体は真空だけど、正規の通路とその先にある待合室の中に空気があるのは確認できたからね」

 着心地の悪い変な服を脱いだ後、俺たちはジョーカーに先導される形で船を出て、そこから伸びる通路を進む。

 床も壁も天井も、見たこともない素材で作られているようだ。金属っぽいけど、どんな金属なのかは一見しただけでは判断できない。

 いくつもの扉を潜り抜けながら進んでいくと、広い部屋へと出た。その部屋の一面は一点の曇りもない水晶のように透明になっており、そこから俺たちが乗ってきた船が見えた。

 よく見れば、俺たちの船以外にも何隻か停泊しているようだ。中には、俺たちの船の倍ぐらいの大きさの船もある。

 ここから見える船、あれ全部が空飛ぶ船なのか? 空飛ぶ船なんてでたらめなモノが、こんなにたくさんあるなんて……本当にジョーカーが過去にいたという世界はとんでもない所だったんだな。

 呆然と船たちを眺める俺の隣では、ミーモスとサイラァも同じような様子で船を眺めていた。

 兄弟たち? あいつらは部屋の中をあちこち動き回っている。おそらく、何か食べられる物でも探しているのだろう。

「さて、そろそろクリフの歓迎がある頃だ。みんな、十分注意するようにね」

 と、俺たちを見回してジョーカーがそう言った時だった。

【やあ、《勇者》に《魔物の王》。ようこそ、邪神が座す銀月へ。それから……君にはお帰り、と言った方がいいのかな、ジョーカー?】

 突然、聞いたことのない声がした。声の出所を探ってみれば、どうやら天井から聞こえてくるようだ。

 もちろん、天井に誰かが貼りついているようなことはない。

 そう言えばこの天井、天井全体が光っているな。そのおかげで周囲は真昼のように明るいわけだが。

 その天井のどこかから、この声は響いている。

「そうだね、クリフ。ここは一応、ただいまと言っておくよ。ここは……この〈キリマンジャロ〉は、僕が生まれた故郷に違いないからね」

【そう、君の言う通りだよ、ジョーカー……いや、ジョージ。ここは私たちの生まれ故郷だ。それでどうなのかな? 生まれ故郷を追放され、数百年振りに故郷に帰ってきた心境は?】

「僕を追放した張本人が、そんなことを聞くのかい、クリフォード?」

 ざら、と、ジョーカーの周囲の空気が変化した。それは、奴から滲み出す怒りだろうか。

 いつもは飄々としているジョーカーが、これほど感情を露わにすることは実に珍しい。ってか、ジョーカーが明らかに怒ったところって、俺も初めて見るような気がする。

【ははははは! さて、定番中の定番で申し訳ないが、私と直接顔を合わせようとするのであれば、試練を受けてもらおうか】

 試練? ふん、まるで神のようなことを言うんだな、このクリフとかいう奴は。

 神々に会うために試練を受けるというのは、御伽話や神話によく出てくるまさに「定番」だ。

【さあ、諸君! 見事、試練を潜り抜けてくれたまえ!】

 天井からの声がそう言った時だった。この広い部屋に存在する扉の一つが勝手に開き、そこから数人の人間が現れた。

 いや、「人間」というのは不適格かもしれない。なぜなら。

「あ、あれは……か、過去の僕ですか……?」

 呆然とした様子で呟いたのはミーモスだった。

 そう。

 扉の向こうから現れたのは、かつて俺が戦った過去の《魔物の王》たちだったのだ。


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