閑話 帝都防衛戦 3



「おい、ダークエルフ! 右から黒い怪物の一団が接近しているぞ!」

「分かっている! クロガネノシロの体をやや右に向けろ……人間の皇子! 行き過ぎだ! ちょっとだけ戻せ!」

「うるせぇぞ、ダークエルフっ!! もっと具体的な指示を出しやがれ!」

 クロガネノシロ・プロトタイプの操縦席コクピットの中で、アーバレン皇子とグルス族長の罵声が響いていた。

 人間とダークエルフは、本来敵同士である。そんな二人が狭い操縦席の中で一緒にクロガネノシロ・プロトタイプを動かしているのだ。互いが互いを罵り合うのは、当然と言えば当然だった。

 だが、それでも妙に呼吸が合うのか、二人に操られたクロガネノシロは、次々に黒いキメラを撃墜していく。

 当然ながら、二人がここまで自在にクロガネノシロ・プロトタイプを操れるのは、ジョーカー主導でみっちりと仮想訓練──シミュレーションを何度も繰り返した結果である。

 つまり、実際に操縦するのはぶっつけ本番もいいところなのだが、妙に勝負強い二人の操縦者は、特に問題なくこの巨大な魔像を操っていた。

 もちろん、キメラたちもクロガネノシロ・プロトタイプに果敢に攻撃を仕掛けるが、鋼鉄製の体を持つこの巨大魔像には、キメラの爪も嘴もほとんど効果はなかった。

 結果、帝都の空を覆わんばかりだった黒い怪物たちは、次々に巨大魔像に蹴散らされていく。

「敵の数がかなり少なくなったぞ! そろそろ、あれを繰り出す頃合いじゃねえのか、ダークエルフ?」

「ふん、貴様に言われるまでもない! 私もそれを考えていたところだよ、人間の皇子」

 アーバレンの言葉に、にやりとグルス族長が応じて、手元にある「でっぱり」の一つを押し込んだ。

「〈炸裂電撃〉、放電っ!!」




 クロガネノシロ・プロトタイプの頭部その側面──人間でいえば耳のある場所──から突き出した、「L」型をした突起部分。

 そこがきらりと輝いたかと思うと、激しく周囲に電撃をまき散らす。

 巨大魔像が放った激しい電撃は、帝国の兵士や帝都に暮らす人々、そして周囲の建築物には一切被害を及ぼすことはなかった。正確無比に、黒いキメラだけに襲いかかる。

 放たれた大出力の電撃は、周囲に群がるキメラを悉く飲み込み、噛み砕き、焼き尽くした。

 その時、魔像の周囲は神々しいまでに光り輝き、轟音が響き渡った。思わず目を閉じ、耳を塞ぐ帝国の騎士や兵士、そして冒険者や傭兵たち。

 彼らが再び目を開けた時、帝都の空は覆い尽くさんばかりだった「黒」から本来の「青」をほぼ取り戻していた。

「か、怪物が……あれだけいた黒い怪物どもが……」

「ほ、ほとんどいなくなった……?」

「あ、あの巨大な魔像が……黒い怪物どもを倒した……のか?」

 空を見上げ、キメラの姿が激減していることを確認した兵士たちは、大きな歓声を上げた。

 その歓声は徐々に、ゴルゴーク帝国の第一皇子を称える声に変わっていく。

「アーバレン!」

「アーバレン!」

「アーバレン!」

「アーバレン!」

 帝都の城壁近くに佇む巨大魔像。その偉容はまさに帝国の守護神であった。

 その魔像の頭部に、再び第一皇子が姿を見せると、歓声は更に大きくなった。

「帝国の勇士たちよ! 戦いはまだ終わってはいない! 全ての敵をこの帝都から消し去るまで、もう少しだけ奮戦せよ!」

 おそらく風系の魔法で声を拡声しているであろう第一皇子の声は、帝都中によく響いた。その第一皇子の声に押され、兵士たちは最後の力を振り絞って残敵を排除すべく最後の力を振り絞ってキメラたちへと挑んでいった。




 巨大な魔像が黒い怪物の群れを一網打尽にする様を、第二皇子であるガルバルディは地上から見上げていた。

「まったく……賢者殿は何てものを創っていたのだ……あんなモノが、この帝都の地下に眠っていたとは……」

 感心しているのか、呆れているのか。肩を竦めながらそう零したガルバルディは、鋭い視線で周囲を固める配下たち──近衛の格好をした密偵たち──を見回した。

「この戦いが終わり次第、帝都の地下を徹底的に調べろ。他にもあのように物騒なシロモノが眠っているかもしれん。あの『クロガネノシロ』とやらのように帝国にとって益となればいいが、帝国の仇になる可能性があるならば、早々に排除せねばならん」

「御意」

「賢者殿の言うことを信じるならば、あの魔像は兄上とダークエルフの二人が揃わねば動かんらしい。バレン兄上ならば何の問題もないが、ダークエルフがあの魔像を自由にできないのは朗報か。あ、いや、兄上も兄上でちょっと問題か……」

 あの、自由奔放なところのある第一皇子にあのような物騒なモノを自由にさせたら、一体帝国はどうなってしまうのか。

 兄の良識は疑っていないが、それでも目の前にあんな「玩具」があれば……そう考えるだけで、ガルバルディは頭痛を覚えずにはいられない。

「そういう意味では、兄上とダークエルフの二人が揃わねば動かんというのは……賢者殿の判断に感謝するばかりだな」

 聞けば、あのダークエルフはとある氏族の族長であるらしい。であれば、この戦いが終わった後、兄とあのダークエルフが顔を合わせることはまずあるまい。

 ならば、あの巨大な魔像が再び動き出すこともない。それはガルバルディにとっては、何よりも安堵をもたらすものであった。

「それを言えば、私が貸し与えられているこの杖も、戦いが終われば返却せねばならん。いや、いっそこの杖は返す前に壊してしまうか? そうすれば、あの賢者殿の言う今代の《魔物の王》に力が集中することを妨げることになるだろう」

 手の中にある杖を見つめながら、ガルバルディは誰に告げるわけでもなく呟く。

「やれやれ……あの賢者殿より与えられたものは確かに価値が大きいが、問題もまた大きなものばかりだな……」




「よし、これで俺たちの仕事は終わりだな。後は地上の連中に任せればいいだろう」

「であろうな。まあ……私としては、もう少しこの『クロガネノシロ』を動かしていたいがな……」

 以前の「クロガネノシロ」のように、腕輪を通して指令を与えるのではなく、自分が乗り込んで魔像を動かすのは、これはこれで心躍るものがある。

 できれば、この後もこの魔像を自在に動かしたいものだが、帝国の皇子であるこの人間と一緒でなければ、この魔像は動かせない。

 そのように、ジョーカーから聞かされている。何でも、自分と第一皇子、二人の魔力情報──ジョーカー曰く、「イデンシジョウホウ」というらしい──が登録されているからだそうだ。

「今回は世話になったな、ダークエルフ……いや、グルス族長」

 にやりと笑ったアーバレンが、右手を差し出した。

 そのアーバレンを、グルス族長はびっくりしたように見つめる。

「以前はどうあれ、今の俺たちは間違いなく戦友だ。俺は相手が誰であろうとも、肩を並べて共に戦った奴には敬意を払うことにしているんだよ」

「人間がダークエルフを戦友と呼ぶとはな……」

 呆れたような笑みを浮かべながら、グルス族長はアーバレンの右手を握り返した。

「私も君を戦友と認めよう、アーバレン皇子」

 人間とダークエルフ。帝国の皇太子と氏族の族長。本来であれば、出会うこともなければ言葉を交わすこともないであろう二人の間に、何らかの絆が生まれていることを、当の二人は確かに気づいていた。

 しっかりと握り合わされる、人間とダークエルフの手。二人は満足そうに笑みを浮かべると、自分の席へと戻る。

「さあ、賢者殿に言われた通り、待機場所に戻る……ん?」

「おや? まだこの『クロガネノシロ・プロトタイプ』に向かってくる敵がいたか」

 魔像の操縦席は、全周囲が見渡せるような仕掛けが施されている。それがどのような原理で見えているのか二人には理解できないが、ただそういうものであると受け入れていた。

 その風景──全周囲モニターに、魔像へと迫るキメラが数体映し出されていた。

「最後にもう一暴れしようじゃねえか、グルス族長」

「心得た、アーバレン皇子」

 アーバレンが魔像の体の向きを操作し、グルス族長が攻撃の態勢に入る。

「撃て、グルス族長!」

「おう、『螺旋剛翔拳』!」

 持ち上げられた魔像の両腕から、螺旋回転をする腕が撃ち出された。

 螺旋は周囲の空気ごと迫るキメラを巻き込み、瞬く間に砕き散らす。

 だが、それだけでは終わらなかった。

「…………あ」

「…………あ」

 操縦室の中に、二人の呟きが響き渡る。

 キメラを砕いた魔像の両腕が、そのまま帝都を囲む城壁の一部までも崩してしまったからだ。

「お…………おいいいいいいいいいいいいいいいっ!! 何してくれやがんだ、このダークエルフがっ!!」

「何を言うか、人間! 貴様が『クロガネノシロ・プロトタイプ』の体の向きの調整を誤ったからだろうが!」

「やっぱり、ダークエルフなんて信用ならねえ!」

「こちらこそ、人間なんぞ信じておらん!」

 魔像の操縦席に、互いを罵り合う声が響く。

 幸い、その声は魔像の外に漏れることはなく、帝国の兵士たちは巨大な魔像に熱い視線を向けつつ、残敵の掃討を続けるのだった。




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