閑話 帝都防衛戦 2



 杖を構え、ガルバルディは言葉を発する。

 白い蜘蛛たち──魔法生物アラクネ・シリーズに対する命令の言葉を。

「白き蜘蛛よ! 黒い怪物を捕らえ、殲滅せよ!」

 ガルバルディの周囲に展開していた白い蜘蛛たちのうち、大型タイプであるアラクネ・シューターが、その口から糸を吐き出した。

 吐き出された糸は空中で大きく広がり、空を舞っていたキメラ数体を搦め捕って地に墜とす。

 そして、墜ちた黒い怪物に小型種アラクネ・バンカーが瞬く間に群がり、その牙を突き刺した。

 アラクネ・バンカーの牙を介して、キメラの体細胞を崩壊させる酵素が注入され、黒い怪物の体が瞬く間に崩れていく。

 そして、それを見た騎士兵士たちから大きな歓声が上がる。

「か、怪物たちが瞬く間に……っ!!」

「第二皇子殿下が操る、あの白い蜘蛛は一体……?」

 そんな兵士たちの声が聞こえたのか、ガルバルディは手にした杖を再び高々と掲げた。

「この白き蜘蛛たちは、とある賢者殿より借り受けた魔法生物である! この魔法生物の蜘蛛たちは、黒い怪物を倒すために賢者殿が創られたものだ! 白き蜘蛛たちは我らが心強き味方であり、今はこの私……ガルバルディ・ゾラン・ゴルゴークが使役している!」

 第二皇子の宣言を聞き、兵士たちが再び歓声を上げる。

 この時を境に、追い詰められていたゴルゴーク帝国の兵士や騎士、そして冒険者や傭兵はその士気を上げ、再び黒い怪物たちと刃を交えていくのだった。




「ふむ……ジョーカー師の言われた通り、白い蜘蛛たちは私の命令通りに動いてくれるようだ」

 そう呟きながら、ガルバルディは手にした杖へと目を向ける。

 この杖こそが白い蜘蛛──アラクネ・シリーズに命令を与えることができる魔封具である。この杖を通して声で命令を与えることで、アラクネ・シリーズを使役することができるのだ。

 もちろん、杖さえ持てば誰でも命令を与えられるものでもない。ジョーカーによってある種のセイフティがかけられていて、予め音声登録しておいた者だけが、この杖を通してアラクネに命令を与えられるのだ。

 現在、この杖に音声登録してあるのは、国王と第一皇子と第二皇子の三人のみ。もちろん、それを行ったのは先日ジョーカーが同盟を締結するために、この帝都を訪れた時である。

「さて、ここ以外にも激戦区はいくつもある。次の地域へ向かうぞ」

「御意」

 配下である密偵たちに囲まれて、ガルバルディ第二皇子は次なる戦場へと向かうのだった。




 ガルバルディがアラクネたちを使役して戦場を駆け回るものの、戦況は完全に好転したわけではない。

 所詮ガルバルディ一人がアラクネ・シリーズを使ってキメラを倒したとしても、帝都は広く苦戦が続く戦場が多すぎるのだ。あまりにも攻め寄せるキメラの数が多すぎた。

 ジョーカーが創り出したアラクネは、あくまでも急造。キメラほどの数は用意できていない。

 そのため、キメラの猛攻を防ぐことは難しかった。

 今もガルバルディがアラクネを率いて転戦する一方、キメラに苦戦する戦場は後を絶たず、何人もの騎士や兵士が重傷を負い、最悪の場合は命を落としていく。

 特に、空を舞うキメラには手を焼くばかり。剣や槍が届かない上空から急降下して接近し、攻撃を加えては再び空へと舞い戻るキメラの戦術に、ゴルゴーク軍は苦戦を強いられていた。

「おのれ、黒い怪物どもめ……こちらにも、空を飛ぶ手段があれば……」

 まるで自分たちを嘲笑うかのように頭上を旋回するキメラを見上げ、騎士の一人が歯ぎしりをする。

 だが、どう足掻いたところで人は空を飛べない。また、帝国には精強な騎兵はいても、飛竜などを用いた飛空戦力は存在しない。そもそも、飛空戦力を持たないのはゴルゴーク帝国だけに限らず、飛空戦力を持つ国などこの大陸上には存在しないのだ。

 急降下しながら兵士に襲い掛かる数体のキメラ。狙われた兵士たちも何とか反撃を試みるが、その反撃が届く前にキメラの鋭い爪が兵士の体を切り裂き、その命を刈り取った。

 中には、爪に引っかけられたまま、上空へと運ばれた哀れな兵士もいる。その兵士は上空で他のキメラに嘴で啄まれ、断末魔の絶叫を地上へと投げ下ろした。

 いくら前線の指揮官が声を張り上げて指揮を執ろうが。

 いくらガルバルディが転戦を繰り返して局所的に勝利しようが。

 帝国軍全体から見れば、それは些細なことでしかなかった。

 今もなお、黒い怪物によって空は埋め尽くされ、一人、また一人と帝国軍の兵士が倒されていく。

 兵士たちの士気は下がるばかり。戦線が崩壊するのも時間の問題かと誰もが考えた時。

 それは。

「『クロガネノシロ・プロトタイプ』、発進!」

 水の中から現れた。




 帝都のすぐ西側を流れるグラール大河。

 そのグラール大河から、それは現れた。

 見上げるばかりの巨体は鉄色に鈍く輝き。

 強靭なその体はまさに動く要塞。人のカタチをした移動要塞だ。

 全長は余裕で11ヤード(約10メートル)はあろうか。全身鋼鉄製らしきその巨体が一歩踏み出せば、それだけで地響きが生じるほどだった。

 全身に絡みついた水滴が陽光を受けて輝くその姿は、見る者によってはどこか神聖ささえ感じさせる。

 重々しい足音を響かせ、「それ」は大河から陸へと上がって帝都へと近づくと、帝都の空を覆う黒い怪物たちへとその太い両の腕を突き出した。

 そして。

 人間でいえば肘に当たる場所から轟音と豪炎を噴き出し、肘から先が飛び出した。いや、撃ち出された。

 撃ち出された腕は螺旋回転し、空を舞う黒い怪物をその螺旋に飲み込み粉々に打ち砕いていく。

 一度に数十体ものキメラを粉砕した巨人の腕は、再び巨人の下へと舞い戻る。

 グラール大河から突如現れた鋼鉄の巨人に、最初は新たな敵が現れたとばかり思った帝国軍だったが、巨人の肩に刻まれたその紋章を見て、そして、黒い怪物たちを次々に屠るその姿に、それが敵ではないことを悟った。

 巨人の肩に刻まれた紋章。それはゴルゴーク帝国の紋章に他ならなかったからだ。

 そして、鋼鉄の巨人が敵ではないことを示す、最大の証拠があった。

「我が帝国の勇士たちよ! 怯える必要はない! この巨人……いや、ゴーレムは敵ではない。なぜなら、このゴルゴーク帝国第一皇子、アーバレン・ゾラン・ゴルゴークが操っているのだからな! さあ、今こそ反撃の時! 我が操りし巨大魔像、『クロガネノシロ・プロトタイプ』と共に、我らが帝都からおぞましき黒い怪物どもを駆逐するのだ!」

 鋼鉄の巨人……いや、鋼鉄アイアン魔像ゴーレムの頭部で、ゴルゴーク帝国の第一皇子にして皇太子でもあるアーバレン・ゾラン・ゴルゴークが高々とそう宣言した。




 鋼鉄の巨大魔像──クロガネノシロ・プロトタイプ──の内部へと戻ったアーバレンは、とても不機嫌そうな視線に迎えられた。

「何か言いたそうだな、ダークエルフ?」

「当然だ、人間の皇子よ。この魔像……クロガネノシロ・プロトタイプは、決して貴様一人の物ではない。この私もまた、正式にジョーカー殿よりこの魔像の操者の一人に選ばれているのだからな」

「わりぃ、わりぃ。でも、あんたも族長という立場なら分かるだろ? 今はああ言った方が都合のいいことはな。そうだろ、ダークエルフの族長?」

「ふん……仕方ない。一時的に魔像の肩に帝国の紋章を刻んだことと合わせて、ここは譲ってやろう。それがジョーカー殿よりこの魔像を譲り受ける際の条件だからな」

「そういうこった。この魔像は俺たち二人がいないと動かせないらしいからな」

 そう言ったアーバレンは、グルス族長の横をすり抜けて己が定められた席へと座る。

「さあ、不本意かもしれないが、協力してもらうぜ、ダークエルフの族長?」

「いいだろう。だが、仕方なく協力することを忘れるなよ、人間の皇子」

 そう答えたグルス族長もまた、己の席へと腰を下ろす。

 前方にアーバレン、そして後方にグルス族長。それがジョーカーにより定められた指定の席である。

 もちろん、自分の方が後方に座すことになったグルス族長は、とても不満そうだった。だが、後席に座る者が攻撃を担当すると聞いた途端、その不満はあっという間に消え去った。

 ジョーカーにより二人に与えられた巨大鋼鉄魔像。それは以前にアーバレンによって倒された鋼鉄魔像、クロガネノシロの試作機である。

 音声で操作するクロガネノシロとは違い、プロトタイプは音声入力が上手く機能せず、直接人間が乗り込んで操縦する必要があった。それも、操縦と火器管制の二人が必要となる。

 ジョーカーが目指した魔像とは程遠いため、失敗作の烙印を押されたこのプロトタイプは、以前にジョーカーが潜伏していた帝都の地下に眠ったままだったのだ。

 それを今回、二人の操者を指定することで起動させた。帝都防衛という目的のために。

「よぉぉぉぉぉしっ!! んじゃ、改めて……クロガネノシロ・プロトタイプ、始動っ!!」

 ジョーカーに教わった通り、操縦桿を操作しつつ、両足でペダルを踏みこむ。実に複雑な操作が必要だが、アーバレンはすぐにコツを掴んだのか問題なく操縦できている。

 一方、後席で火器管制を受け持つグルス族長も同様であった。

「『螺旋剛翔拳』発射っ!! 続けて、『巨大竜巻』放出っ!!」

 魔像に内蔵された各種の兵装を、グルス族長は既に全て記憶している。

 巨大魔像の両腕が、再び切り離されてえぐるような螺旋運動と共に撃ち放たれた。同時に、魔像の口に該当する部分より強烈な風が発生、その風は瞬く間に竜巻にまで成長し、周囲を飛び交うキメラたちを次々に飲み込んでいく。

 螺旋運動を続けながら飛空する拳がキメラを打ち砕き、巨大な竜巻が黒い怪物を巻き込む。

「おい、ダークエルフ! 間違っても、帝都の建築物や人々に被害を出すなよ!」

「そんなことは承知している! 貴様、この私の技術が信じられないのか?」

「は! ほいほいとダークエルフが信じられるか! 賢者殿に言われて、仕方なく協力しているだけに決まっているだろ!」

「それは奇遇だな、人間の皇子! 私も人間を信じてなどおらんよ!」

 互いに憎まれ口を叩き合いながらも、アーバレンは魔像を巧みに操ってキメラを引き付け、グルス族長は適切なタイミングで各種兵装を使って黒い怪物を粉砕していく。

 そして、そんな巨大魔像の大活躍に、帝都で戦っていた騎士兵士、冒険者や傭兵たちは喝采を上げる。

「やれやれ。ようやく賢者殿が言われていた『あれ』が起動したか。まったく、兄上にも困ったものだ。本来なら、妖魔であるダークエルフと一緒にあんな得体の知れないモノに乗り込んでいい立場ではないだろうに」

 杖を使ってアラクネを操りながら、ガルバルディが肩を竦める。

「上空の敵は兄上に任せて、我々は地上近くの敵を掃討する! 皆の者、あと少しだけ奮戦せよ!」

 周囲にいる配下たちや、帝国兵たちに指示を出し、自身もまた白い蜘蛛と共に戦場を駆けるガルバルディ。

 巨大魔像がその強大な力を存分に揮ったことで、空を覆わんばかりだった黒い怪物は、少しずつだが確実に数を減らしていった。




~~~ 作者より ~~~

 現在、仕事が多忙中につき、来週の更新はちょっとお休み。

 次回は2月10日に更新します。

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