白い蜘蛛
「ふぉふぉふぉふぉ、我が愛する美少年を護るため、最強の妾が! 今! ここに参上っ!!」
そのぶっとい腕を組み、不敵に告げるハライソ。
その双眸に浮かぶ爬虫類に似た瞳孔を、地上から迫る過去の《勇者》たちへと向けた。
「ふむ……あれが魔術師の言っていた、過去の亡霊かえ? まあ、なかなかの顔立ちをした者もいるが、妾好みの美少年ではないの。顔の造形もさることながら、どいつもちと歳を取り過ぎじゃて」
下賤の者を見下すかのように《勇者》のくろぉんどもを睥睨したハライソは、ごそごそと懐から何やら取り出した。
どうやら、それは小さな姿絵のようだ。ハライソの掌に収まるぐらいの大きさなのに、凄く精巧な姿絵。
そういや、以前にもっと小さいのに同じぐらい精巧な姿絵を見たな。もしかして、ジョーカーたちの世界では、小さな姿絵を描くことが流行っていたのだろうか?
どうしてそんな所まで離れた場所から見えるかって? そりゃあもちろん、ジョーカーが何やら操作して、不思議な窓に映るハライソの手元を大きくしたからだ。
そこに描かれていたものは、間違いなくミーモスだった。やや憂いを孕んだような表情の奴の姿絵が、実に精巧に描かれていた。
思わずミーモスの方を振り向けば、奴も驚いた表情を浮かべている。
「い、一体いつの間にあのような精巧な絵姿を……」
「ああ、ほら、あの時だよ、ミーモス殿下。レダーンの町で僕と殿下、そして皇太子殿下と一緒にあれこれと相談した時があったよね? その時、写真を撮らせてくれって僕がお願いして、殿下も快諾してくれたでしょ?」
「あ、ああ、あの時……ちょ、ちょっと待ってください! その『シャシン』とやらが何かは分かりませんが、あの時はほんの僅かな時間でしたよ? あんな僅かな時間で、あれほどまでに精巧な姿絵が描けるわけがありません!」
ジョーカーとミーモスの間にどんなやり取りが行われたか不明だが、ミーモスにとっては納得の行かないことがあったようだ。
まあ、ジョーカーのやることだからな。そういうこともあるさ。
いまだ納得いかない顔をしているミーモスは放っておいて、俺は再び不思議な窓へと目を向ける。
そこに映し出されているハライソは、陶然とした双眸で掌の中の姿絵を見つめていた。
「いいのぉ……いいのぉ、この愁いを帯びた表情……美少年が浮かべると一層絵になるのぉ!」
うっとりと姿絵に見惚れていたハライソは、その視線を鋭くして迫る《勇者》たちを見る。
「この世に存在する美少年の敵は、全て妾の敵よ! 妾は敵に容赦はせぬぞよ?」
再び腕を組んだ不敵なハライソに、過去の《勇者》たちが突風のように迫る。
目にも留らぬ速度で剣を抜き、そのままハライソに斬りかかる数人の《勇者》たち。えっとあいつらは……ああ、もう、あれがいつの「俺」なのか考えるのも面倒だ。全て纏めて「過去の《勇者》」でいいだろう。
動く様子を見せないハライソに、過去の《勇者》の剣が迫る。その速度はまさに稲妻。あまりの速度にハライソは避けることさえできない。
そして、《勇者》の剣がハライソを捉える。頭、胴体、足を狙った《勇者》の剣が、ハライソの身体に食い込……まなかった。
まるで鋼の鎧を纏っているかのように、《勇者》の剣はハライソの体に弾かれたのだ。
ハライソは《勇者》の剣を避けられなかったのではない。避ける必要さえなかったのだろう。
「ふん、温いの」
剣を振ったまま、僅かとはいえ動きを止めた《勇者》たちを、ハライソがぎろりと睨む。
「では、今度は妾の番じゃの?」
と、ハライソはそのだぶついた頬をくいっと持ち上げた。
「地上の《勇者》はあのご婦人に任せるとして……ご婦人の正体に関しては、ひどく気になるところですが、それは後で説明してもらいましょう。ですが、空のキメラどもはどうします? あのご婦人といえども、地上と空の両方を相手にはできないでしょう?」
不思議な窓を見つめながら、ミーモスが尋ねる。
確かに、いくらハライソが俺たちの仲間の中で最強でも、過去の《勇者》を相手にしながら、空から迫るキメラを撃退するのは難しいだろう。
くろぉんとはいえ、《勇者》の肩書きは伊達じゃない。
それに、普通に考えれば空のキメラにこそ、空を飛べるハライソを当てるべきじゃないのか? それなのに、地上の《勇者》にハライソを割り当てたのは……間違いなくジョーカーに何か考えがあってのことだろう。
俺のその予測が当たっていたことを裏付けるように、俺たちを振り返ったジョーカーが親指をおっ立てた。
「うん、大急ぎだったからちょっと不安定だけど、何とか実用に漕ぎ着けられたよ。ほら、僕が以前に言ったよね? 『目には目を、歯には歯を』って」
んん? そんなこと言ったっけか? それとも、俺のいない所でそう言ったのか?
それはどうでもいいが、ジョーカーの奴、一体何をやらかした?
ジョーカーが机の上を操作すると、もう一つ不思議な窓が現れた。その窓に映るのは、白い巨大な蜘蛛たち。その数は、百体近いだろうか?
「あれは……あれは、一体何ですか?」
かつて何度も《魔物の王》となったミーモスでさえ知らない、白い蜘蛛ども。もちろん、俺もあんな蜘蛛は初めて見るぞ。
「あれは僕が創った生体兵器さ! クリフの残したキメラの資料とまだ稼働可能な施設を利用して、対キメラ用に特化した生体兵器を創り出したんだ。まあ、急増だっただけに、稼働時間がキメラよりも更に短いのが欠点かな?」
詳しいことは相変わらず理解できないが、要するにあの白い蜘蛛は黒いキメラどもの天敵ってわけか?
不思議な窓の向こうで、ぞろぞろと姿を現した白い蜘蛛たちが、空に群がるキメラどもに向かって口から糸を吐き出した。
普通、蜘蛛って奴は尻から糸を出すものだが、あの白い蜘蛛は口から糸を吐くようだ。それだけ取っても、あの白い蜘蛛が普通の蜘蛛じゃないことが窺い知れる。
「メセラ氏族のダークエルフたちに、第二皇子殿下の配下たち、そして、王都の地下に潜む盗賊ギルド……動かせる密偵斥候の類を全て動員し、クリフが隠していた施設の幾つかを見つけ出したんだ。そこであの蜘蛛……『アラクネ・シリーズ』を創ったのさ! いやー、クリフがキメラの開発データを残してくれたお蔭で、意外と短時間で『アラクネ』を創れたよ。まあ、それも僕のこの優れた頭脳あってこそだけどね! でも、あの慎重なクリフが、わざわざキメラの研究データを残すかな? もしかして……」
何やら考え出したジョーカーだが、まあ、放っておこう。
それよりも、その白い蜘蛛……『アラクネ』とやらに注目だ。
よく見れば、『アラクネ』には二種類いるようだ。大型のものと、小型のもの。大型一体の周囲に、小型が数体控えている。その大きさは大型が猪ほどの大きさで、小型は家猫ほどだろうか。
その『アラクネ』──大型の方──が吐き出した糸が、空中で弾ける。糸は空中でまさに投網のように広がり、キメラ数体を纏めて搦め取った。
糸に翼の動きを封じられたキメラどもはそのまま地上に墜落する。だが、その程度で死ぬほどキメラどもはヤワじゃない。
地上に落ちたキメラどもに、今度は小型の『アラクネ』が群がる。そして、身動きの取れないキメラに次々にその牙を突き立てた。
キメラの巨体に比べて、小型『アラクネ』の牙はあまりに小さい。あれではいくら噛みついたとしても、致命傷には至らないだろう。
だが。
牙を突き立てられたキメラの体が、見る間にぐずぐずと崩れていく。
「『アラクネ・シューター』が網で空中のキメラを捕らえ、『アラクネ・バンカー』がその体の崩壊を促進する酵素を牙から送り込む。これこそが僕の創り出した『アラクネ・シリーズ』の戦法さ!」
自信満々でドヤ顔を向けてくるジョーカー。正直かなりウザいが、確かにあの黒いキメラ専用に創り出しただけあって、蜘蛛たちはキメラを次々に倒していく。
なるほど、この蜘蛛どもがいたからこそ、ハライソを地上に配置したわけか。
そのハライソはと言えば、数人の過去の《勇者》を相手に優位に戦闘を続けていた。
俺と同じ実力を持つくろぉんが数体だぞ? それと互角に渡り合うなんざ、いかに炎竜がでたらめな存在かよく分かるというものだ。
今更ながら、ハライソを仲間に引き入れておいて良かったと実感する。
まあ、仲間とはいえ、極めて扱いづらい仲間だがな。
それでも、あいつが敵ではないだけマシってものだろう。
今まさにハライソの脳天を割ろうと振り下ろされた剣を、奴は素手で受け止めた。もちろん、ハライソに傷は全くない。
そしてハライソは、そのまま剣の刀身を握り砕く。
「ふん、随分安物を使っておるな?」
いや、その剣、決して安物ではないと思うぞ? ただ、ハライソの奴が常識外れすぎるだけだ。
剣を握り砕いた手とは逆の手が、固定弩から放たれた矢のような勢いでくろぉんの腹に突き刺さる。
どごん、と生き物が出してはいけない音が周囲に響き、くろぉんは腹から白い液体をまき散らして地に沈んだ。
仲間の一体がやられたというのに、他のくろぉんどもは全く怯んだ様子を見せない。至極冷静なまま、仲間が倒れたことで生じた僅かな隙を突き、ハライソへと殺到する。
「我が愛する美少年は、これからとある使命を果たさねばならぬと魔術師が言っておった。くくく、『使命を背負った、決意ある美少年』……何とも甘美な響きよな。であれば、妾はその決意を秘めた美少年を必ずや護ってみせようぞ! それこそが、この世全ての美少年を愛する妾の使命よ!」
いや、ハライソの言っていることがよく分からない。あいつが自分で勝手に使命を背負い込んだってことは分かるが。
ハライソの戦い方は実に単純だ。桁外れな防御力で相手の攻撃を無効化し、反撃で強烈無比な一撃を叩き込んで仕留める。
どちらも竜という超越的存在が有する、防御力と攻撃力があればこそ。事実、ハライソは戦いが始まってから、全く移動をしていない。
例えるならば、あいつは山だ。それも内部に激しい熱を孕んだ火山だ。
どんな達人が山に向かって剣を振っても、意味なんてありはしない。多少の山肌を削ることはできても、その形を変えることはできないのだ。
「…………全く、君の配下は変わり種が多すぎですよ。規格外なゴブリン・キングたちといい、あのご婦人といい、ユクポゥ殿にパルゥ殿、サイラァ嬢だってそうです。どうやったら、このような者たちを集められるのやら」
呆れているか、それとも感心しているのか。
苦笑を浮かべながら、ミーモスが俺を見ていた。
いや俺だって、こんな連中ばかりを集めようとして集めたわけじゃないんだがな。
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