今! ここに参上っ!!



 暗闇が支配する遺跡の中を、俺たちは歩く。

 この遺跡には以前一度来たことがあるが、この辺りに来たことはない。

 そのはずなのだが、ジョーカーの奴は俺たちを先導してすたすたと歩いていく。

 そういや、こいつは一人でここを調べたことがあったっけな。その時、この辺りも調べたのだろう。

 そのジョーカーの後に続くのは、俺、ミーモス、ユクポゥ、パルゥ、そしてサイラァだ。

 当初に予定されていた顔ぶれで、これから敵の本拠地である銀月へ攻め込むわけだな。

「へえ……この遺跡にこんな場所があったのね。知らなかったわ」

「ゲルーグル様は、礼拝堂よりほとんど外へ出ませんでしたから」

 ただ、この場にいるのは俺たちだけじゃなかった。

 ここが本来の住処であるゲルーグルと、その側近であるジィムも一緒である。ゲルーグルにしてみれば、久しぶりの「里帰り」であるわけだ。

 ジィムはゲルーグルが俺たちと行動を共にしていた間も、この遺跡を塒にしているゴブリンたちを纏めてくれていたので、ゲルーグルとは久しぶりの再会である。

「ゲルーグル様がお元気そうでなりよりです。ですが……」

 ちらりとジィムの視線がゲルーグルに向けられる。いや、正確には彼女の腹へとだ。

「リピィ様との御子はまだのご様子ですな」

「そうなのよねー。リピくんってば、全然私に手を出してくれないの」

 どこか意味ありげな笑みを浮かべながら、ゲルーグルが俺を見る。同時に、ミーモスもにやにやしながら俺を見ていやがる。

「おやおや、なかなか女性に人気ではないですか、リピィは」

 こいつのことだから、レダーンの町で噂になっている、俺とゲルーグル、そしてクースやサイラァとのことは既に知っているだろう。

「ほっとけ。そういうおまえはどうなんだよ、帝国の第三皇子殿下?」

 帝国の第三皇子なんて立場に加え、その女性と見紛うような美しい容姿をしているミーモスだ。さぞモテるに違いない。

 それどころか、既に婚約者とかがいても不思議じゃないからな。

「その辺りのことは全て父上に任せています。皇子なんて立場の者に、自由恋愛なんて望めませんからね」

「まあ、そうだろうな」

 本当に婚約者でもいるのかもしれない。まあ、そんな色恋話も、全てはこれから向かう敵の本拠地を叩いてからの話だよな。




 真っ暗な遺跡の通路を歩くことしばし。

 俺たち一行はその部屋に到着した。

 しかし、俺たち妖魔は暗視能力があるから問題ないが、今は人間であるミーモスに灯りは必要なかったのだろうか? ここまでずっと真っ暗だったぞ?

 特に何も言わなかったってことは、人間でありながら暗視ができるってことだろうか?

 俺が人間だった時と変わらず気術が使えたように、ミーモスも《魔物の王》だった時の能力を引き継いでいるのかもしれないな。

 ジョーカーは……まあ、考えるまでもないか。こいつはいろいろと規格外だから。

 そんなことより、俺たちが到着した部屋はと言えば、だ。

 そこはかなり広い部屋だった。いや、もう部屋なんて呼べるものではない。なぜなら下手な練兵場よりも広い空間がそこにあったからだ。

 周囲は見たこともない金属で覆われ、空間の中央には何故か金属製の橋のようなものがある。そして、その金属の橋の一端には、やはり金属でできた箱のようなモノ。あれ、もしかして船か何かか? 先細りした楕円形に似たあの形は船に見えなくもないが、船にしては妙に平ぺったいな。

 しかもあの大きさ……一体、馬車何台分ぐらいあるんだ?

 白くて巨大な船のようなモノ。あれがジョーカーの言う銀月へと行くための手段なのだろうか? ということは、あの白い船のようなモノが空を飛ぶっていうのか?

 嘘だろ? そんなこと、信じられるわけがない。そもそも、船ってものは河や海を渡るためのものであり、空を飛ぶものじゃないんだぞ。

 それに、あの船もどきには翼がないじゃないか。いや、一応翼……というか、胴体らしき部分の横腹後方に、平たい三角の板のようなモノがついてはいるが、あれ、絶対に翼じゃないだろ? 翼と言えば、鳥の翼や竜とか蝙蝠とかの翼が常識だからな。

 そして、俺たちが今いるのは、その大きな空間を見下ろせる高台にある小さな部屋だ。そこからその白くて巨大なモノを見下ろしている。おかげで、その船もどきがよく見えるわけだ。

 しかも、この部屋の中にあるのは見たこともないような物ばかりで、俺たちどころかミーモスまでもがぽかんとした表情で周囲を見回していた。

 おいおい、ユクポゥにパルゥ。その辺をいくら探しても、おそらく食い物はないと思うぞ。

「お、おい、ジョーカー……ここは一体どこなんだ? そして、あの船のできそこないのようなモノは何だ?」

「ここは亜軌道シャトルの打ち上げ場……の、管制室であり、ジョルっちの言う船のできそこないこそが、僕たちを銀月……〈キリマンジャロ〉へと導く過去の遺産、亜軌道シャトルさ!」

 と、ジョーカーは親指をおっ立てながらそう宣言した。

「本来ならこの管制室から亜軌道シャトルの打ち上げを管理統制するのだけど、今は人手がないからシャトルの操縦席から直接打ち上げを行う予定だよ。ああ、既に大気圏脱出用のブースターは装着されているし、燃料も入っている。ただし、燃料は余裕がなくて、一回分しかないんだ」

 相変わらず、ジョーカーの言うことはさっぱり理解できない。

 ただ、何となくだけど、銀月へ行く試みは一回しかできないことは分かった。それだけ分かれば十分だよな?

「残る問題は、シャトルの打ち上げ時に襲撃があるのはある意味でお約束だからね。その襲撃をどう撃退するか、かな?」

 ジョーカーの言う「お約束」とやらが理解できないのだが……だから、ミーモス。そんな顔で俺を見るなよ。俺にも分からないって言っているだろ?

 いや、ジョーカーの言うことを完全に理解できる奴なんて、それこそ銀月にいるというジョーカーのかつての仲間たちぐらいじゃないか?

「僕も敵の襲撃に関しては、できる限りの手を打ってはある。それに、僕たちの最強戦力もお呼び寄せておいたしね」

 なに? 俺たちの最強戦力だと? それってまさか、のことを言っているのか?

「さあ、いよいよ最後の準備だ! ジョルっち、それにミーモス殿下たちも、早速シャトルに乗り込むとしようじゃないか!」




 ジョーカーに案内されて、俺たちは例の船もどき……ジョーカーの言うところの「しゃとる」とやらの内部へと足を踏み入れた。

 なお、ゲルーグルとジィムには遺跡に戻り、遺跡周囲の警戒を頼んだ。ジョーカーいわく、「クリフはお約束が好きなタイプだから、絶対に襲撃がある」とのことだからだ。

 もちろん、ゲルーグル本来の配下であるゴブリンたちも、同様に警戒中である。

 とはいえ、ゲルーグルは支援専門だし、彼女の配下で一番強いジィムも、俺の配下の中ではそれほど強いってわけじゃない。

 ここのゴブリンたちだけで、果たしてあの黒いキメラに太刀打ちできるか疑問ではある。だが、ジョーカーが何か手を打っているようだし、も来るみたいだから多分大丈夫だろう。

「ジョーカー殿? この妙にごわごわして動きづらい服は、どうしても着ないとだめなのですか?」

 「しゃとる」とやらに入る直前、俺たちはジョーカーから変な服を渡された。体にぴったりした服なのだが、妙に硬くて着心地が悪い。それに、とても動きづらいぞ、これ。ミーモスじゃないけど、絶対に着ないとだめなのか?

「これはシャトル打ち上げの時のGを軽減してくれる耐Gスーツだからね。もちろん、宇宙空間における生命維持装置の役割も兼ねている。シャトル内は空気も気圧も保たれてはいるけど、万が一の場合に備えておかないとね」

 つまり、どうしても着ないといけないってことだな。仕方ない、着るとするか。

 俺たちはジョーカーに手伝ってもらいながら、この変な服を着こんでいった。その際、防具の類は外されたけどな。

 ちなみに、防具どころか身に着けていた服全て──下着も含む──を脱ごうとした奴が約一名いたので、尻を蹴り上げておいた。

 もちろん、尻を蹴られて恍惚とした表情を浮かべていたのは言うまでもない。

 「しゃとる」の中に入った俺たちは、ジョーカーに指示されてそれぞれ椅子に座る。む? この椅子、絶妙な座り心地だな。柔らからず硬からずで、まるで体を包み込むようだ。

 そして、椅子に座った俺たちを、ジョーカーが順番に椅子についていた帯で固定していく。

 その帯というのが奇妙に複雑で、固定というよりまるで拘束されているかのようだ。実際、ジョーカーに手伝ってもらわないと、俺たちは自分でこの拘束から抜け出せないだろう。

 俺たちの帯の状態を確認したジョーカーは、いくつか並んだ椅子の一番前に座った。奴の前の机には全く分からない様々な物が埋め込まれている。うん、もう考えるだけ無駄だから、あれが何かなんて考えないぞ。

「さて、外の様子はどうかな?」

 ジョーカーが目の前の机に腕を滑らせ、何やら操作をし始める。すると、俺たちの前方に突然窓のようなものが現れ、そこに外の風景らしきものが映し出された。

 突然映し出された光景に、俺以外の連中もかなり驚いたようだ。

「これは……何らかの魔法で、離れた場所の風景を映し出しているのですか?」

「さすがはミーモス殿下、ご明察の通りだよ。まあ、詳しい説明は省くけど、殿下が言った通りのものだと思ってくれればいいよ」

 更にジョーカーが何やら机を弄れば、映し出された風景が様々に切り替わった。

 そして。

「やっぱり、来たみたいだね」

 最後に映し出された風景の中に、それはいた。

 空を覆わんばかりの黒い影。もちろんその正体は例の黒いキメラどもだ。

 更に地上からは、十人以上の人影がある。こちらも、どこかで見たことのある顔ぶればかりだった。

「大量のキメラに過去の《勇者》たちの連合軍……クリフの奴、きっちりとお約束を守ってくれちゃったみたいだね」

 映し出された風景の中には、キメラや過去の「俺」たちと対峙するゴブリンたちの姿も見えた。だが、いくら百体近いゴブリンでも、いくらゲルーグルの〈歌〉による支援があっても、普通種ではあれだけの数のキメラと《勇者》には歯が立つまい。

 ここは無駄な犠牲を出すことを避け、ゲルーグルたちには逃げるように指示するか?

 それとも俺たちも戦線に加わり、まずは迫る敵を撃退するか? そうしてからこの「しゃとる」で銀月へ向かっても遅くはあるまい。

「大丈夫だよ、ジョルっち。さっきも言ったよね? 手は打ってあるって」

 何とか椅子の拘束から抜け出そうともがく俺を見て、ジョーカーが苦笑しながらそう言った。そして、奴の指が不思議な窓に映し出された光景を指差す。

 そこには。

 空を埋め尽くさんばかりの「漆黒」を、「真紅」が駆逐する瞬間が映し出されていた。

 気づけば、呆然と立ち尽くすゴブリンたちの前に、一人の貴婦人がいる。

 いや、あれを貴婦人と言っていいものか、俺にははなはだ疑問ではあるが。

 でっぷりと太った体を真紅の煌びやかなドレスに包み込み、鮮やかな赤い髪を複雑に結い上げたその姿こそ、俺たちの最強戦力であるに他ならない。

「ふぉふぉふぉふぉ、我が愛する美少年を護るため、最強の妾が! 今! ここに参上っ!!」

 腕を組み、にやりと不敵に微笑むもの。

 それは、ハライソ──炎竜ハーライソンダーグールに他ならなかった。




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