銀月へ至る手段
過去の俺──《勇者》スズトが振り下ろした刃が、俺の脳天を襲う。
力強さと速度を合わせ持った、必殺の振り下ろし。その刃が俺の脳天をカチ割る直前、スズトは振り下ろした剣を強引に止めて後方へと飛び下がった。
その直後、俺とスズトの間に割り込んだのは、一頭の馬。その馬──間違いなく、しっかりと調教された軍馬だろう──に跨っていた人物が、手にした槍を馬上で構えながらどこか楽しそうに呟く。
「らしくないですね。何をやっているのですか?」
馬上でにやりと口角を吊り上げているのは、もちろんミーモスだ。俺が使いに出したナリ族長から、地上の敵のことを聞いて駆けつけてきたのだろう。
「しかし、どこかで見たことのある顔ばかりですね」
ミーモスが馬上から周囲を見回し、そう言った。
「ああ、懐かしい顔ぶれだろ?」
「まったくです」
ミーモス巧みに手綱を操り、俺を庇うように位置取る。今の俺は剣を失って無手だからな。俺の剣は今もなお、スズトの腹に突き刺さったままだ。
よし、まずは俺の剣の回収を優先しよう。
ミーモスが跨る軍馬が、その場で足踏みをするように蹄鉄を鳴らす。そして、その直後にスズト目がけて突っ込み、馬上のミーモスは高さを活かして槍を突き下ろす。
だが、スズトはその突きを手にした剣で難なく弾く。
本来、馬上からの攻撃は防ぎづらいものだ。人間の上背よりも高い馬上から振り下ろされるため、勢いが増すからな。
だが、スズトはミーモスが繰り出す攻撃を全て問題なく防いでいく。うむ、さすがは「俺」だ。
いやいや、敵に感心している場合じゃない。
俺はスズトがミーモスの相手をしている隙に、奴の横合いへと回り込む。よし、ここからなら腹に突き刺さった俺の剣がよく見える。
馬上からスズトへと突きを繰り出しながら、ミーモスがちらりと俺を見る。何となくだが、奴が何を求めているのか分かるぞ。
俺はその推測に従い、魔力を編んでいく。
ジョーカーは魔力を生き物だと言っていたが、俺にはよく分からない。俺にとっては、魔力は俺の内側や周囲に常に存在し、利用するだけの存在だからだ。
きっと、その感覚は俺だけではなく、この大陸に暮らす者は全てそうだと思う。
それはともかく、俺は編み上げた魔力を解き放つ。解き放たれた魔力は俺の意思に従い、カタチを伴ってスズトを襲う。
具体的には、奴の足元の土が盛り上がり、そのまま足を包み込むようにして固まる。これで、一時的だがスズトは移動を封じられたわけだ。
突然下半身の動きが封じられれば、どんな達人だって隙ができる。今もスズトは下半身の動きを封じられ、大きく上体を前につんのめらせた。
もちろん、そんな大きな隙を見逃すミーモスじゃない。
彼は馬上からスズトの首の後ろを狙って槍を繰り出す。腹に俺の剣が刺さったまま動いているスズトを見て、胴体への攻撃は無効と読んだのか。
かと言って、頭部を攻撃するのも問題がある。頭には当然頭蓋骨があり、頭蓋骨というのはかなり硬い。しかも、頭蓋骨の丸みで槍の穂先が逸らされる可能性もある。
更に言えば、《勇者》のくろぉんたちは、その体が強化されている。頭蓋骨の硬さも普通以上かもしれない。
よって、致命的な一撃を繰り出すなら、首が最適と判断したのだろう。しかも、上体を前に倒したスズトの首は、馬上のミーモスからするとかなり狙いやすい標的だ。
もちろん、俺も黙って見ているだけじゃない。素早くスズトの懐に飛び込み、腹に刺さったままの剣を強引に引き抜く。
俺が剣を引き抜くと同時に、ミーモスの槍の穂先がスズトの首を貫いた。
そしてその槍が引き抜かれた瞬間、俺の剣が翻ってスズトの首を落としたのだった。
さすがのくろぉんも、首を落とされては動けないらしい。いや、黒いキメラは二つある首──グリフォンの首と、背中から生えたヒトの上半身の首──の内、一つなら落とされても動いていたが、このくろぉんはキメラとは少し違うようだ。
首の切断面から白い液体をまき散らし、スズトの体が地面に倒れる。
油断なく剣を構えたまま、しばらく倒れたスズトの様子を見る。ひょっとすると、まだ動けるのに死んだふりをしている可能性は捨てきれない。
なんせ、こいつらは「俺」だからな。実は、死んだふりからの奇襲は俺の得意技の一つなのだ。
だが、どうやらスズトは死んだふりではなく、本当に死んだようだ。
念のために体に剣を突きさしてみるが、まったく反応がない。よし、本当に大丈夫のようだな。
俺は兄弟たちの援護に回ろうと周囲を見回せば、既に他の戦闘も終わっていた。
ユクポゥもパルゥも、しっかりと敵を倒していた。まったく、こいつらはどんどん強くなっていくよな。
「助かったぜ、ミーモス」
「あなたこそ、最良の支援でしたよ」
軍馬から下りたミーモスと、互いの拳を打ち合わせる。
「しかし……」
ミーモスは眉を寄せながら、倒れたくろぉんたちを見回した。
「以前に過去のあなたが出てきたのですから、このような事態は想定しておくべきでしたね」
「まったくだ。ジョーカーの奴がこのことを想定していなかったとは思えないが……」
あいつ、意外と抜けたところがあるからな。ひょっとすると、《勇者》のくろぉんのことをすっかり忘れているのかもしれない。
「今後も過去の俺……歴代の《勇者》が現れるのかもな」
「ええ。もしかすると、過去の『僕』も現れるかもしれませんね」
確かにその通りだ。過去の《勇者》が現れたのであれば、過去の《魔物の王》だって現れて然るべきだろう。
俺とミーモスは互いに顔を見合わせる。このことについては、改めてジョーカーと相談する必要があるだろう。
ちなみに、兄弟たちは倒したくろぉんを食べようとして、盛大に吐き出していた。どうやら、このくろぉんはゴブリンにも食べられないようだ。
そうこうしていると、遠くからいつくもの蹄鉄の音が聞こえてきた。おそらく、先行したミーモスを追って護衛の近衛騎士たちが駆けつけてきたのだろう。
「さて、僕はそろそろ行きますよ。レダーン軍が負けているとは思いませんが、あまりあの町から離れているわけにもいきませんからね」
「そうだな。後でジョーカーと一緒にレダーンへ顔を出す。その時、今回の件に関して改めて相談するとしよう」
俺の言葉に頷いたミーモスが、颯爽と軍馬に跨った。いやはや、何ともこういう仕草が絵になる奴だ。一体、どこの王子様かと問いただしたい。
あ、こいつは正真正銘の皇子様だったな、そういえば。
手綱を当てられて、ミーモスを乗せた軍馬が走り去る。
さて、俺たちも一旦戻るか。ムゥたちが負けているとは思えないが、こちらもあまり放ってはおけないし。
俺は兄弟たちと共に、レダーンの町に向かって歩き出した。
「いやー、申し訳ないね、皇子殿下。例の《勇者》のクローンに関しては、すっかり忘れていたよ」
あはははー、と呑気に笑うのは、もちろんジョーカーである。
こいつ、やっぱり《勇者》のくろぉんのこと、忘れていやがった。
「そうは言うけどね、ジョルっち? 今、僕は凄く忙しいんだ。帝国との同盟の件やら、銀月へ向かう準備やら、対キメラ用の策やら……後は帝都に残してきたグルス族長と皇太子殿下に
「いや、仕方がないで済ましていい問題じゃないだろう?」
ん? 帝都からまだ戻らないグルス族長はともかく、皇太子に何を教えたって? 何か、凄く嫌な予感がするのだが。
どうやらその考えはミーモスも同じらしく、すっげぇ訝しそうな顔でジョーカーを見ているぞ。
そのジョーカーはと言えば、懐から取り出した鼠の使い魔に何やら呟いている。どうやら、使い魔を通してどこかの誰かと連絡を取り合っているようだが、誰とやり取りしているのだろうか。
今、使い魔を持っているのは誰と誰だっけ? 後でジョーカーに確認しておこう。
「でも、正直言って過去の《勇者》や《魔物の王》のクローンは、頭が痛い問題だね。過去の君たちって、常軌を逸しているぐらい強いからさ。一般の兵士や騎士じゃちょっと太刀打ちできないだろうし」
そうなんだよな。
自分で言うのもあれだが、過去の俺たちはかなり強い。伊達に《勇者》とか《魔物の王》とか呼ばれていたわけじゃないのだ。
俺たちのくろぉんと互角に戦えるのは、俺の配下の中でも兄弟たちは当然として、他はムゥやザックゥといった幹部連中ぐらいだ。
もちろん、ミーモスの配下の中でも、くろぉんとまともに戦えるのはごく少数だろう。
「銀月へ行くのがちょっと遅れるけど、そっちの対策もしないといけないかもねぇ。いやホント、頭が痛いよ」
指先で眉間を押さえながら、ゆるゆると頭を左右に振るジョーカー。
「おい、ジョーカー。あれこれと考えるより、ここは急いで敵の頭を叩いた方が良くないか? 逆にそっちの方が被害を抑えられるかもしれないぞ?」
俺がそう言えば、ジョーカーは腕を組んで目を閉じた。そして、しばらく考え込んだ後、目を開けると真っすぐに俺を見る。
「うん、そうかもしれない。ここはジョルっちの意見を採用しようか。幸い、《勇者》や《魔物の王》のクローンは、キメラほど数は用意できないようだし。おそらく、コスト面や培養時間の問題辺りがその理由だろうね」
そう決断したジョーカーがやおら立ち上がる。そして、俺とミーモスを見るとにやりと笑みを浮かべた。
「じゃあ、早速行こうじゃないか」
「行く……って、どこへ行こうというんだ?」
「当然、銀月へ行く手段が眠っている場所さ」
銀月へ行く手段が眠っている場所だと? 一体どこのことを言っているんだ?
思わず俺とミーモスが顔を見合わせていると、ジョーカーはこれまでにないほどのドヤ顔ではっきりと告げた。
「以前、ゴブリン・キングのゲルーグルくんたちが根城にしていた遺跡。そこに銀月へ向かうための手段が眠っているのさ」
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