相談
「それで、賢者殿? 敵の大元を叩くという貴殿の作戦は分かったが、各地に現れる黒い怪物たちを無視するって訳にもいかねえぞ? その辺りはどうするつもりだ?」
バレン兄上が、どこかわくわくした雰囲気を纏いながら、ジョーカー殿に尋ねます。
「それに関しては、僕も考えているさ。できれば、僕の故郷の対空兵器を大量に導入したいところだけど、さすがにそれは無理だからね。製造するための材料と施設は何とかなるとしても、製造そのものが追いつかないだろうし、兵器を製造したとしてもそれを扱う者を育てている時間もない」
なるほど、ジョーカー殿の故郷の兵器ですか。
彼が我々よりも、様々な面で進んでいる文化や技術を持っていることは既に承知しています。その彼の故郷の兵器と聞いて、ちょっとばかり興味が湧くのは事実ですね。
「僕の故郷の……その、辺境にかつて存在した島国には、『目には目を、歯には歯を』って言葉があってね。今回はそれに倣おうかと思っているんだ。後は……そうだ、あれがまだ帝都に残っていたね。となると、一度僕自身が帝都に行く必要があるか……」
ジョーカー殿、帝都に何があると言うのですか? 何故か、とても嫌な予感がするのですが。
「なんだ、賢者殿は帝都に行くのか? なら、丁度いい。俺と一緒に帝都に行こうじゃねえか。ついでに、親父にも会ってくれ。賢者殿が一緒なら、あの白いのとの同盟も結びやすいだろう」
問題は、ジョーカー殿を本物と認めるかどうかですね。なんせ、賢者ジョーカーと言えば、六十年以上も前に活躍した人物なのですから。
「そうだねぇ。よし、一度ジョルっちに話しておくよ。その後は、アーバレン殿下と一緒に帝都に向かおうか。銀月に向かうのは、こちらの準備を全て整えてからじゃないとね。ナリ族長?」
「は、我はここに」
突然、ジョーカー殿の脇に小柄な人物が姿を現しました。どうやらダークエルフ……しかも、メセラ氏族のダークエルフですか。
更にジョーカー殿が「ナリ族長」と呼んだところをみると、このダークエルフが今代のメセラ氏族の族長のようです。メセラ氏族の族長は、代々「ナリ」という名前を襲名しますからね。
ですが何故、メセラ氏族の族長は覆面を被っているのでしょうか? メセラ氏族には、そのような風習はなかったはずですが。
「リーリラ氏族の集落と至急連絡を取り、グルス族長を呼んできてくれないかな? 『約束を果たせそうだ』と言えば、きっとグルス族長は飛んで来ると思うから」
「御意なり」
短く答えたメセラ氏族の族長は、そのままふっと姿を消しました。魔力が全然動いていないので、魔法を使ったわけではないようです。
相変わらずメセラ氏族のダークエルフは、不思議な体術を使いますね。何でも、幼少の頃より特殊で過酷な訓練を積み重ねることで、あのような驚異的な身体能力を得るのだとか。
どのような訓練なのか非常に気になりますが、訓練の内容は氏族の秘密であり、決して外の者には明かしてはならない掟なのだそうです。
僕も過去、何度もその秘密を探ろうとしたのですが、結局全て失敗に終わりました。
「お、おい……今のは何だよ? 突然現れて、突然消えやがったぞ?」
「ああ、あれは僕たちが抱える密偵の長さ。我らが密偵は、皇太子殿下の弟君が従える密偵にも決して劣りはしないよ?」
「俺の弟が……帝国の第二皇子が密偵を纏めていることまで知っているのかよ……大丈夫か、ウチの国?」
兄上の憂いはよく理解できます。ですが、こればっかりは相手が悪いですね。
おそらく、メセラ氏族よりも優れた密偵は、どこの国を探しても存在していないでしょうから。
ちなみに、ガルディ兄上が密偵を纏めていることは、帝国でも上層部しか知らないことです。
密偵とは、いわば帝国の「暗部」です。密偵は国を運営する上で必要不可欠な存在ではあるものの、「皇子」という立場の者が「暗部」を司るのは、やはり印象がよくありません。
たとえ真実はどうあれ、皇族には表向き常に清廉な印象を下々の者に与える必要があるものなのです。
もちろん、帝国に優れた密偵集団が存在することは、帝国貴族なら誰もが知るところです。ですが、それを纏めているのが第二皇子であることは、ごく一部の者だけが知っていること。
そんな帝国の秘密をジョーカー殿が知っていたことで、バレン兄上は不安を覚えたのでしょう。
「……ったく、賢者殿といいあの白いゴブリンといい、今代の《魔物の王》の勢力は侮れないな。しかし、六十年前は《魔物の王》と戦った賢者殿が、どうして今代の《魔物の王》に協力していやがるんだ?」
ジョーカー殿を鋭い視線で睨み付けながら、バレン兄上が呟きます。確かに、ジョーカー殿の今の姿と合わせて、どうしたって気になる点でしょうね。
「それに関しては、答えを控えさせてもらうよ。それを説明したとしても、到底信じてもらえないだろうしね。でも、今の僕は……いや、僕たちは帝国の敵ではない。それだけは事実さ」
「ふん……まあいいだろう。第三の勢力が現れたことで、それまで争っていた者たちが手を組んだ事実なんざ、歴史を振り返ればいくらでもあるからな」
確かに、兄上の言う通りです。共通の敵が現れたことで、敵対していた勢力が同盟を結んだ事実は過去にいくらでも例のあることです。
「それで、賢者殿はいつ帝都に向けて出発できる? 俺としては、明日にでも帝都に向けて出発したいところだ。何せ、今回の同盟に関して、少しでも早く親父に知らせる必要があるからな」
「それに関してはガルディ兄上の部下を先行させるにしても、兄上とジョーカー殿が帝都への到着が一日でも早いことは重要ですね」
やはり同盟を組むには、両陣営のそれ相応の立場にいる人物が交渉に赴く必要があります。できれば、今代の《魔物の王》であるリピィが帝都に行くのが最良なのでしょうが、彼はこのレダーンから動けないでしょう。
いくら彼の配下とはいえ、妖魔の知性はあまり高くはありません。指導者である《魔物の王》が傍から離れれば、暴走し始める妖魔は少なからず存在するでしょうし。
そんな妖魔に対応するためにも、リピィにはこのレダーンに残ってもらう必要があります。
同時に、僕もまたここを動くわけにはいきません。
《魔物の王》の軍勢を受け入れてはいるレダーンですが、それでも妖魔たちを敵視する者は少なくはありません。そんな者たちへの抑えとして、僕がここを動くわけにはいかないのです。
やはり今回の同盟締結は、バレン兄上とジョーカー殿に任せる他ありませんね。
「僕なら明日にも出立できるよ。ジョルっちに話を通すだけだからね。あ、ちょっと待って。一人、帝都に連れて行きたい人物がいるから、その人物がこちらに到着してからかな」
「ほう、賢者殿が帝都に連れて行きたい人物ね。そりゃまた、一体誰だ? もしかして、賢者殿の弟子である隣国のリーエン老師か?」
僕も最初はバレン兄上と同じことを考えましたが、すぐにその考えは違うことに気づきました。
先程、ジョーカー殿はメセラ氏族の族長に、リーリラ氏族の族長を呼ぶように伝えていたのです。であれば、ジョーカー殿が帝都に連れて行きたいのは、リーリラ氏族の族長のはず。
しかし、どうしてリーリラ氏族の族長を、帝都に連れて行く必要があるのでしょう? 何やら約束がどうとか言っていましたが。
「その人物は、すぐにこちらに来るだろうね。だから明日、帝都に向けて出発することはできると思うよ」
「うむ、承知した。では、そのつもりで準備を進めておくからな」
「では、先触れの使者を至急出しておきましょう。帝都までの道中、宿の手配などもありますから」
「おう、そっちは任せたぜ、ミーモス。なに、宿と言っても食事と寝床があればそれでいい。変に格式ばった高級な宿屋じゃなくても、庶民が使う宿だって文句は言わねえよ。というよりも、そういう宿の方がいいぞ。こういう機会に、庶民の暮らしに触れるのも重要だろうしな」
まったく、豪放磊落なバレン兄上らしいですね。
とはいえ、帝国の皇太子が利用する以上、一定以上の安全性は視野に入れねばなりませんし、兄上の供回りが泊まるだけの部屋数も必要です。となると、本当に庶民が使うような宿では、少々条件的に厳しいでしょう。
ある程度の格式と安全性と広さを持ちながら、庶民でも利用可能な範囲の宿屋。
おや?
これって、ある意味で最上級の宿屋を探すより難しくはありませんか?
もしかして、僕は兄上から無茶振りをされたのでしょうか?
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