それは嫉妬



 ミーモスと別れた俺は、一人レダーンの町を歩いていた。

 ジョーカーはミーモスとアーバレンと共に、同盟に向けての相談を続けている。

 俺は、それら面倒そうなこと全てをジョーカーに一任し、こうして町の中を見て回っているわけだ。

 適材適所。うん、いい言葉だな。

 町中を一人で歩く俺に、レダーンの住民たちが様々な視線を向けてくる。

 好奇、恐怖、嫌悪など、実に様々な視線だ。まあ、仕方ないことではある。昼間の町中を、俺のようなゴブリンが堂々と歩いているのだから。

 だが、僅かではあるものの、俺を認めている様子の視線もある。そのような視線を向けてくるのは、やはり共にキメラどもと戦ったことのある冒険者や兵士たちだ。

「よう、ゴブリンの大将! あんたが一人で町中を歩いていると物騒じゃねえか? 手下はどうした?」

 と、中にはこんな感じで親しげに声をかけてくる者もいる。ちなみに、今声をかけてきたのは禿頭で大柄な冒険者だ。こいつとは何度も戦場で一緒に戦ったな。

「俺を一人じゃ町も歩けない子供と一緒にするんじゃねえよ」

「ははは、そうだったな! 大将を傷つけられるような奴は、そうそういねぇよな。でも、注意するにこしたこたぁねぇだろ?」

 確かにそうだな。こいつの言う通り、注意するにこしたことはない。

 いくらミーモスが俺たちは敵じゃないと公言しても、そう簡単に気持ちは切り替えられないだろう。

 俺は禿頭の冒険者に礼を言うと、そのまま町の中を歩く。目指すは町の外、俺の配下たちがいる場所。先程よりも更に注意を払いながら町の中をゆっくりと進む。

「あ! リピくんだ!」

 そんな声がして、声のした方へと振り向けば。そこには、両手一杯に花束やら包みやらを抱えたゲルーグルの姿があった。

「よう、ゲルーグル。歌はもう終わったのか? それに、その大荷物はどうした?」

「うん、今日の分はもう終わったわ。これはこの町のニンゲンたちがくれたの」

 どうやら、あれはゲルーグルの信奉者たちからの贈り物のようだ。最近、彼女は毎日のように町中で歌っているが、彼女の歌はこの町の住民たちにすっかり受け入れられている。

 いつ、キメラどもの襲撃があるか分からない。いつ、襲撃を受けて死ぬかも分からない。そんな緊張感と恐怖心が蔓延する中、彼女の歌は人々の心を支える柱の一つになっているようだ。

 そんなわけなので、彼女の信奉者は日を追うごとに増えている。そして、彼女の歌が終わった後は、信奉者たちはこうして感謝の気持ちを様々な形にしてゲルーグルに贈るのだ。

 聞くところによると、最初は幼い子供が野原の花を一輪、贈ったのが始まりだったらしい。その後、我も我もとゲルーグルに贈り物をする者が増えていったのだとか。

 もちろん、贈り物をするのは大多数が若い男だ。

「こうしていろいろな物をくれるのは嬉しいけど、食べられる物が少ないのよね。中には食べ物をくれるニンゲンもいるけど、クースの作ってくれる料理の方が美味しいわ」

 こういうところは、やはりゲルーグルも妖魔だよな。感謝の気持ちを物で表す、といことが理解できないようだ。

 もちろんゲルーグルには、信奉者の前でそんなことは絶対に言わないように言い含めてある。彼女自身はそのことをよく理解できないようだが、とにかく俺の言うことなので従ってくれている。

「リピくんは、もうニンゲンの皇子様との話は終わったの?」

「ああ、大筋はな。細かいところは、ジョーカーに任せてきた」

「そうなんだ。じゃあ、一緒に帰りましょう!」

 嬉しそうに微笑んだゲルーグルは、そのまま俺の隣を歩く。そんな俺たちに、やっぱりレダーンの住人たちは様々な視線を向けてくる。

 だが、その中には先程はなかったものも含まれていた。それは嫉妬ややっかみだ。見た目は飛び切りの美少女であるゲルーグル。そんな彼女と一緒に歩けば、若い男たちからそんな目を向けられるのは当然だった。しかも、彼女は今では町の有名人の一人だ。俺もかつては人間だったので、その気持ちはよく分かる。




 そうやってゲルーグルと取り留めもないことを話しながら歩いていると。

「あ! リピィさん!」

 再び俺を呼ぶ声がした。今度は誰かと思ったら──

「よう、クース。買い物か?」

「はい! 人里じゃないと買えないものって、やっぱりありますから」

 俺たちはミーモスを通じ、キメラ撃退の報酬としていくばくかの金銭を得ている。だが、妖魔である俺たちに人間の金銭など使い道がない。

 そこで、得られた金銭は全てクースに預けていた。彼女なら金銭の管理もできるしな。

 そしてクースはその金銭で、ダークエルフの集落では手に入れられない物をレダーンの町で買い求めているのだ。彼女が主に買い込んでいるのは、調味料とかその辺りらしい。

 当然、町の住民も俺たちとクースの関係は知っている。最初はクースを怪しんで敬遠していた住民たちも、今ではある程度打ち解けているみたいだ。

 それには、俺たちをある程度理解してくれている冒険者や兵士たちがクースを擁護してくれたからだろう。それに、最初の内はミーモスに命じられた近衛騎士が数人、クースの護衛をしたことも大きかった。今も、一人の近衛騎士らしき男がクースの傍にいる。

 やはりミーモスは、クースが俺の仲間だと以前から気づいていたみたいだな。だからクースのために気を使って、後見人のような役割を買って出てくれた。

 いつの頃からか、この町の住民たちの中では、クースは妖魔との同盟の人質として俺たちに差し出された、どこかの貴族の令嬢だと噂されているらしい。

 皇子であるミーモスがクースの後ろ盾になっているし、近衛騎士が護衛をしているしで、そんな噂が立ったのだろう。

「私たち、これから仲間たちの所に帰るんだけど、クースも一緒に帰る?」

「はい、リピィさんとゲルーグルさんさえ良ければ」

 クースは護衛していた近衛騎士に頭を下げると、彼とは別れて俺たちと同行する。

 そして、俺に向けられる嫉妬の視線が更に強くなった。

 まあ、クースもゲルーグルほどではないものの、なかなか可愛い容姿をしているからな。ゲルーグルとクースという二人の美少女を連れていれば、嫉妬されて当然だろう。

 右側にゲルーグル、左側にクースと、まさに両手に花の俺。もちろん俺だって、こんな可愛い娘たちと一緒なのが嫌なはずがない。

 まあ、かつて《勇者》と呼ばれていた頃には、こんなことはいくらでもあったけどな。やはり、《勇者》という肩書は女性にモテるのだ。

 そうやって二人の美少女と共に、男どものやっかみの視線を集めながら──いつの間にか、俺に向けられる視線は恐怖よりも嫉妬ややっかみの方が多くなった──町中を歩いていると、前方になにやら人だかりを見つけた。

「あれ、何かしら?」

「何か、男の人がたくさん集まっているみたいですけど……」

 俺の左右を歩くゲルーグルとクースが、不思議そうに首を傾げる。

 確かにクースの言う通り、前方の人だかりはなぜか男ばかりだ。はて?

 疑問を感じつつも、俺たちは歩を進める。すると、前方の人だかりが突然二つに割れて、その向こうから一人の人物が現れ、ゆっくりと俺たちへと歩み寄ってきた。

「我が主、リピィ様。このような所でお会いできるとは、嬉しい限りでございます」

 そう言った人物は、その場で両膝を地面につけて、そのまま額が地面に触れそうなほど深く頭を下げた。

 こいつ、きっと心の中では、下げた頭を踏んで欲しいとか考えているんだろうな。それが分かるぐらいには、俺もこいつを理解できるようになってしまった。

 もちろん、人前でこんなことを堂々とするのはサイラァ以外にありえない。

「俺たちは仲間の所に帰る途中だが、おまえも一緒に来るか?」

「もちろん、ご一緒させていただきますわ、我が主様」

 頭を上げたサイラァが妖艶に微笑む。男であれば、その笑みを見ただけで男としての本能を刺激されるだろう。まあ、俺はこいつの本性を知っているから、ほとんど刺激を受けることもないが。

 左右にゲルーグルとクース、そして背後にサイラァを従えて、俺は歩き出す。

 当然、嫉妬とやっかみの視線は強くなった。特にゲルーグルの信奉者たちとサイラァの信者たちの視線は、それだけで俺を殺せそうなほどだ。

 もちろん、俺はそんなことは気にしない。こんなことは、過去にいくらでもあったことだし。




「ねえ、リピくん、一番最初はやっぱりクース?」

「ん? 何のことだ?」

「もちろん、リピくんの子供を生む順番に決まっているでしょ?」

 はい?

 俺の子供を生む順番?

 何だ、それは?

「だって、強いおとこを共有するのは、おんなとして当然じゃない?」

 ああ、そうか。人間とは倫理観が違うんだったな。妖魔の、それもゴブリンのおんなには独占欲とかはないのかもしれない。

 ある種の野生動物がそうであるように、ゲルーグルからしてみれば、強い雄を複数の雌が共有するのは当然のようだ。

 ある種の野生動物が強い雄を複数の雌で共有するのは、より強い子孫を残すために都合がいいからだ、とジョーカーが言っていたことがあったな。

「もちろん、私もその順番の末席に加えていただいております」

 と、背後から何か聞こえたが、よく聞こえなかった。聞こえないぞ、うん。

 右のゲルーグルが嬉しそうに微笑み、左のクースが恥ずかしそうに俯く。そして、背後のサイラァは……見たくもない。

 しかし、ゲルーグルやサイラァは分かるが、クースはどうなんだ? クースも俺の子供を生む気でいるのか?

 俺としては、彼女はごく普通の人間の男性と結ばれて、幸せな家庭を築いて欲しいものだが。何も、好き好んでゴブリンの子を生むこともないだろう。

 その辺り、一度ミーモスに相談してみるか? 皇子の紹介となれば、嫁ぎ先の一つや二つ、見つけられそうだしな。

 それもまあ、今の状況を切り抜けてからだ。




 なお、この時の会話が周囲の人々には聞こえていたようで、翌日から俺に向けられる視線は鋭さを増した。

 もちろん、その視線は嫉妬とやっかみである。

 確かに、今後は一人で町中を歩く時は気をつけないといけないかもしれないな。







~~~ 作者より ~~~

 現在仕事が多忙につき、来週の更新はお休みとさせていただきます。

 次回は、11月18日に更新します。


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